16.電波猫と葬列
薄暮れの森の中、ゆるりと歩く人影が5つ。のんびりと歩いている訳ではない。ただ、背負った悲しみに押し潰された心が、その足を縫い止めているのだろう。
末尾を歩く女の腕に、枯れ木と見紛う程の痩躯が抱えられている。性別すらも定かで無いほどに痩せ衰えたその四肢。顔に僅かに残る印象は、その体を抱き留める女の物とよく似ている。あどけなさの残るその体からは、既に熱が失われて久しい。
葬送の列か。
残雪に陽光の残りが反射して、仄明るい森のなか、一行は粛々と進む。
30分程だろうか、傾いた太陽がいよいよ身を隠す頃合いになってようやく、彼らは足を止めた。
疎らに残る雪から覗く地面には、不自然な膨らみが幾つも見えた。茂る木々の幹にも、薄らと泥が跳ねた跡が残っているのは、このような葬儀が、頻繁に行われているからかも知れない。
3人の男たちが、枝で、或いは平たい岩で、地面に穴を掘っていく。真っ赤な指先のヒビ割れから、サラリとした血が流れて、残雪を斑に染めていく。
太陽が沈みきり、大きな月が顔を出した。
月光の中でも、なお深い穴を掘り終えると、男たちは何かを話し合う。その内の一人が、子供を抱いた女に近寄ると、何かを諭すように、話し始めた。
「………さぁ、準備が出来た。兄貴たちは墓石を集めに行ってくれる。その間に済まさなくては、狼に荒らされてしまう」
だから、もう埋めてやろう。そう続けなくてはいけないと、彼も分かっているのだろう。部外者の私でさえも、続く言葉を理解出来た。
にも関わらず、それが終ぞ発せられないのは、彼の胸中が女のソレと同じだからかも知れない。
固く結ばれた唇が開かれることはなく、ただ、なにか胸の内に荒れ狂う感情を飲み下すような、嚥下の音が響いた。
それまで静まり返っていた女が、思い出したかのように泣き出した。その音は大きくはない。ただ、細く、どこまでも響いていきそうな、哀切に満ちていた。
見れば、女の四肢も枯れ木の様だった。
言葉無く、女の傍に佇む男が困ったように、もう一人の女に目を向けた。
月下になお深い皺が刻まれたその姿は、まるで巌を彷彿とさせる。
男、もしくは女の親であろうか。老婆は女の肩を抱くようにして立ちながら、女の耳元で何かを呟いている。赤児をあやすように、トントンと背を打ってやりながら、もう一方の腕で、遺体を抱きしめる女の腕をさすっている。
女は一際強く遺体を抱きしめ、その後に諦めたように力を緩めた。ゆるゆると穴に向かう女を、老婆と男が付き添い、ゆっくりと穴の中に遺骸を納めた。足下からゆっくりと土を掛けていけば、掘ることに比べて、余りにもあっさりと全てが埋まってしまった。
少し離れた所で様子を窺っていたのだろう。男の兄という二人が戻ってきて、土饅頭の縁の方から石を積み上げていった。
やがて出来た簡素な墓の前で5人はしばらくの間佇んでいたが、やがて去って行った。
一部始終を盗み見ていた私は、その後を追った。
歩くに連れて、集団は散けて行く。男の兄達を先頭に、やや遅れて男と女、最後尾を老婆が歩いている。
丁度、先を歩く男女、恐らく夫婦であろう、から老婆が離れた所で、声を潜めて話しかけた。
「突然すまない。一つ聞きたいことがあるのだが、よいか?」
老婆はゆっくりとした歩調を更に緩め、夫婦から距離をとった。今尚、哀しみにくれる夫婦はそれに気付かぬ様子だった。
「このような老骨に何のご用かな?」
やがて、完全に足を止めてから、老婆は問い返した。その所作に、諦めと覚悟を見て取って、やはり話しかけて良かったと私は思った。
「斯様な所を盗み見てしまったことを、まずは詫びよう。故意では無かったのだが、つい気になってしまった」
そこで、私は息を止め、ややあってから問うた。それは自分でもため息のような声音だった。
「ご婦人は既にお気づきと思うが、獣たちが狙っている。一人、殿を歩かれるのは自らを贄とするためか?」
スッと息を呑む音がした。そこには僅かな恐怖があった。僅かな、自分の命が掛かっているにしては余りにも僅かな恐怖だった。
「あの子らはまだ若いですから、これから何人も作りましょう。明日まで置くのは可哀想と、娘が泣くので、こうして連れてはおきましたが、夜の森は駄賃なしでは入れぬ異界ですので」
だから、自分が喰われる間に子らを逃がそうと言うのだろうか。老婆の迂遠な物言いは、ルイオディウの直裁さとは正反対で、意図を読み取るのにも苦労する。
「山神様にはこの老いぼれ一人で、お目こぼし願いたく存じます」
そう言うと、老婆はその場に膝を付いて頭を下げた。
「………山神など、私はそんな大層なものでは無いよ。事情は大凡、把握した。私は貴女を襲う気は無い。ここの獣を押さえておくから、早くお帰りなさい」
明日、少し頼みたいことがあると、最後に言い残して、私は老婆の元を後にした。
老婆はしばらくの間、膝立ちになっていたが、私が去ったと思ったのか、ようやく立ち上がると、集落の方へ歩いて行った。
歩く度に、爪先が僅かに震える様を見てしまえば、子を思う母の心とは、命よりも重いのか、とふと思った。
彼らが去った後に、まだ新鮮な肉の匂いに釣られたのか、狼たちが集まってきていた。痩せ衰えた四肢に鞭打つようにして、地面に鼻をこすりつけ、僅かな臭跡を探している。
常ならば、獲物とばかりに狩尽くす所だが、肋の浮いた彼らを見れば、そんな気も失せた。
声帯を魔力で補強して一声鳴けば、それは雷声となって轟く。
余りの声量に腰を抜かしたか、小柄な一頭がひっくり返る。
それの首根っこを咥えながら、やや大柄な一頭が逃げ去っていった。
こちらを威嚇する狼の瞳に、先ほどの老婆の姿を幻視する。
「………愚かなことだ。母を失う子の痛みも知るまいに」
人のそれに似せて形作った魔力膜による声帯からは、嗄れた声がした。




