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電波猫のお仕事  作者: おばば
石器時代編
14/128

14.電波猫と何?

 冬の寒さも厳しくなってきた。つい2週間ほど前にはチラホラと降る程度であったが、今ではどこを見ても濃淡こそあれ、美しく雪化粧を施されている。

 地表がどれほど冷えていても、湧き出る水の温度に変わりは無いのか、地下水がつくる池沼は雪中に零れた涙のようにも見える。雪を踏み抜かぬように、慎重に足を運びながら、ようやく私は黒々とした溶岩の前に辿り着いた。高さはおよそ2mほどであろうか、ゴツゴツとした巌は一段高い崖を成していて森の遠く向こうまで続いている。その表面は発泡し、いかにも脆そうに見える。すこし、選択を間違えただろうか、そう思いながらも、その岩の前でニャーニャーと鳴いては、その反射音からなるべく空洞の少ないところを探す。

 10分ほども歩いて、なんとか納得出来そうなところを見つけ出し、一跳して宙返り。尾の先から伸ばした魔力糸が寸分も違わず、巌を落とす。人の頭ほどの大きさの岩の中は、細かな長石がキラキラと光を反射する、実に緻密な物であった。余分な表面を落としてやれば、いよいよ玉じみた艶やかな石塊と相成った。満足そうに小鼻を鳴らすと、更に綺麗に4等分にして、其れ其れを網のように張った魔力糸で引き摺っていった。


 問題は「何」であった。トンチではない。あのルイオディウとかいう青年の話である。彼の所に足繁く通うこと、10日と少し。持っていった獲物を見せては、返ってくる語句を蒐集していった。狼しかり、狸しかり、或いは木、石、凡そ手に取る事の出来る物は大凡の所、名前が分かった。それは良いのだ。

 問題は私の語彙にちっとも名詞以外が増えない事である。

 そこで最初に戻る。見せることで名前は分かる。しかし目に見えぬ動詞や形容詞を学ぶ為には、「何」という言葉が必要不可欠なのだ。しかし、この「何」を引き出すのは存外に難しい。手に取れるということは、その辺にあるということでもある。多分見たことないだろう、と思い定めて持っていった所で、それが本当に見たことがないものかどうか、私には分からないのだ。いくつか候補になる語句は見当が付いているものの、今ひとつの所で絞り切れていないのが現状であった。

 雪原に残る足跡が何時になく深い。風呂敷のように広げた魔力膜の中で今日の獲物がグラリと揺らついた。ズリズリと引き摺るものだから、いつもの足跡とは違い、なにか蛇でものたくったような不格好な跡が私を追い掛けてきている。ともあれ、もう随分と慣れた道を歩いて行くと、程なく彼の塒に着いた。

 「ルイオディウ、トラ」

 間口に獲物を置いてそう呼ぶと、もう日も高いというのに寝ていたのか、髪に寝癖を付けながら彼は出てきた。そのままノソノソと獲物に手を伸ばそうとする彼の手を軽くはたいて、諫める。今日こそはと思い、準備してきた苦労を知るがよい。

 今日の獲物は狸、狐、狼だ。それぞれ一匹づつ、彼からよく見えるように並べてやる。そしてその前に、先ほど溶岩から切り出した石塊を魔力糸で細工した模型を並べる。

 「狸」

 狸の前に置いたそれは、我ながら愛嬌のある狸の模型だ。色こそ溶岩の黒一色であるが、ずんぐりとした短足、柔らかそうな尻尾、そして見方によっては犬にも見える、存外にシャープな顔つきまで再現した逸品である。その模型と実際の狸を尻尾で指しながら、もう一度。

 「狸」

 ルイオディウはこちらの意図を理解したのか、また始まったか、とでも言いたげな表情で言い返した。

 「そうだな、石で出来た狸だな。ドゥイ ヤイオ トゥエクン ティアウス?」

 ドゥイ ヤイオは相手に対する代名詞なのは何となく察しているので、トゥエクン ティアウスのどちらかが、何かの動詞なのであろう。その謎が解けたらと想像するだけで、探究心がくすぐられる。

 次は狐だ。同じ溶岩から切り出されたにも関わらず、狸とは違う細身のシルエットは、以下略。物のついでと狼の模型も並べてみる。またそれぞれを指し示して。

 「狐と狼」

 「そうだな、狐と狼だな。バアエティ ウス ティアウス ムンバ グエトゥン?」

 またしても聞き馴染みのない単語がボロボロと出てくる。早くその言葉の意味を教えろと押し倒してしまいたい欲求をこらえて、最後の模型を取り出した。

 それは虎である。動物模型ではない。我らが皇国の修辞を凝らした虎の一文字。かつての家で私の首からぶら下げていた物を記憶を頼りに造ってみたものだ。流石にこんなものを見たことはないだろう。雪上に置いた虎を尻尾で指し示して、これは何というのか、と催促する。

 「バアエティ ウス ティアウス?石か?」

 これか、これが探し求めた「何」か。大事なピースが嵌まったことで、これまで蓄積されていた会話のログが整理されていく。弾かれて出てきた文法に乗せて、直近の疑問をぶつけてみる。

 「トゥエクンは何?」

 今まで仕草だけで問い掛けてきたことを思えば、なんたる前進だろう。余りの感動に失禁しそうだ。

 「トゥエクンは石や木でエムイティアンディを、」

 そこまで言ってから、ルイオディウは言い淀んだ。

 「トゥエクンする」

 答えになってない。私が言葉を覚えられないのは、こいつが馬鹿だからな気がしてきた。

 まだまだ先は長そうだな、と思わず空を見上げた。曇天のなかで小雪がはらはらと舞っていた。視界の隅でもう良いだろうか、と獲物に手を伸ばすのを見逃してやりながら、ほろりと笑みが溢れる。何事も進捗があることは良いことだ、ソレが例え牛の歩みのようであっても。

 笑みと一緒に溢れた呼気が、辺りを小さく白く染めて、やがて風に吹かれて散っていった。



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