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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
110/128

110.神獣は斯様に人を試す

「………私はてっきり、お主が真っ先に出て行くと思っていたのだかなぁ、学園長殿………」

 溜め息混じりにそうこぼして、盤上の駒を進める。

 学園長殿、改め、朝雲は唇に浅い笑みを湛えながら、それを嘲笑う。

「良い女子と言うものは自分を安売りしないものでありんす。ここの俸給に比べれば、いまさら飯場の主人などとてもやってられません」

 ふふふ、と喉の奥を鳴らすように笑う。その顔色は一時に比べてれば随分と良い。学園長とは管理職であり、それなりに激務である筈なのだが、かつての様に現場と管理を掛け持ちするよりは楽なのか、或いは生来の気性に合っているのか。どうであれ、幸せそうで何よりである。

「しかし、朝雲といい、里長といい、この時代の女子は銭が好きだな。そう思わないか、郷司殿?」

 そう話を振ってみれば、弥源は苦い笑みを浮かべて応える。

「………まぁ、女子は着物から簪から、色々と金の使い途が多うございます。それに比べれば、男衆などは精々が酒か煙草、あとは飲み食いですからな。この里で売買春が禁じられている事も大きいのかも知れませぬが………」

 売買春、の言葉に朝雲が僅かに柳眉を逆立てる。それを視線で咎める。

「………そう、目くじらを立てるな。人が皆、腹を空かせるのと同じように、男は皆、女を抱きたがる。それを抑えているのだ、少しは許してやれ」

 そう言えば、未通女であるまいし、分かっております、と返す。それでも吐き出す紫煙は苛立つ様に揺れている様を見れば、未だに咀嚼しきれない思いがあることが見て取れる。

 仕方なし、個人の念を解かすには、朝雲が郷に来てからの5年というのは短すぎるのかも知れない。

「さて、前置きはこれぐらいで良いだろうか。多忙な二人の時間を貰ったのは理由がある」

 盤上の駒を一掴み。詰みの一手を指し、朝雲との対局を仕舞いとする。それを見た朝雲が、諦めるように溜め息をつく。

「今の里は不安定な状態で安定している。移民は増え、農地も拡大している。工房では新たな産業が次々と産み出されている。つまりは、食うにも困らぬし、職にも困らぬ。そう言う状態だ」

 私の言葉に二人が肯く。

「学校教育が功を奏したため、長子以外の子らも食っていける。既に里を出て、他の地で職を得た者も少なくない。そこでだ、私はこの教育をもう一押ししたいと考えている」

 そこで一度、言葉を切る。既に二人には私の願いというか目的というか、兎に角、月を目指すと言うことは伝えてある。その事だろう、と暢気に茶を啜りながら、私の次の言葉を待っている。なる程、話が早くて助かる限りだ。

「まず優先して貰いたいのは、正確な暦の作成だ。最終的には太陽の黒点観測から太陽暦の作成を行って貰いたいが、その前段階として月と星々の観測から、太陰暦を作って欲しい」

 二人が僅かに眉をひそめる、互いに目配せし、結局、弥源が口を開いた。

「御神、しかしそれは既に御神の書に記述があるのでは?」

 その問いに、間髪入れずに応える。

「結果だけを見ればそうだ。しかし、アレにはその根拠となる観測記録が無い」

 そこまで言って、私は嗤う。

「つまりはこういう事だ。私が授けた知識の全てを、人の手によって追試して欲しいのだ。そうで無くては、いつまで経っても、人は私に追いつけぬ」

 私の言葉に二人が絶句する。

 その二人をそのままに、私は更に重ねる。

「暦の作成など、序の口に過ぎない。数式の証明、正確な地図の作成、動植物に関する情報の収集と整理、医療や芸事に至るまで、それこそ全てを、人の、お主達の力で進めて欲しい。そして」

 我ながら何たる不遜か。思わず笑みがこぼれる。

「私を超えてくれ。そしてその時、その智と力でもって、私を月に連れて行ってくれ」


 それから3年が過ぎた。

 朝雲達は良くやってくれた。学院には専従研究機関として、天象院、地象院、人象院の三院が創設され。また、数々の問いに懸賞金が掛けられた。研究者を募るべく、凡そ考えられる全てが為されたと言って言いだろう。

 然して、その間にその知を認められた者は一人としていなかった。あらゆる実験に耐えうる建造物が用意されて、毎年、郷を左右するほどの予算が組まれても、それらを使い熟すと認められる者は終ぞ、現れなかった。

 その設立すら、間違いであったのでは無いか。そう、憚る事も無く囁かれる時分になってから、漸く、一人の女子が入試を突破した。

 その者は齢僅か八つ。その名を春陽という。


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