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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
109/128

109.神獣と電車

 カタン、カタン、と小気味よい音がする。

 春も近い晩冬。まだ残雪の残る田園を、電車が走っていく。

 心地良い日差しが背に当たる。開け放たれた窓からは、車内の子らが発する嬌声が聞こえてくる。やれ、誰それの髪型が可愛いだの、誰それの隣に座りたいだのと姦しい。走行中はベルトを付けろと何度も言っているのだが、それでも守るものは少数である。

 困ったものである。

 走る車体の屋根に寝そべって、腹を陽に晒す。

 片耳を車体に押しつけてみれば、子供達の声に交じって、ベルトを付けるように促す親達の声もする。それでも子らの声量に圧し負けてしまっているのは、仕方が無い事なのかも知れない。

 それに比べれば、私の春陽は大人しいモノだ。私の子供であるという特権を十全に主張して、手に入れた玩具に夢中である。その姿は電車の先頭、運転席にある。ブカブカの帽子を被り、真剣そのものの表情で操舵を握っている。実はそれは見掛けだけの、正におもちゃであって、実際の動作は自動で管理されている。それを知っていても尚、毎日毎日、飽きずに運転手ごっこに興じているのだから、子供いうものは面白い。


 昨年の秋の事だ。5年に亘って免除されていた飽つ海の税を、弥源が都に納めた。その米の量は、国中に広がっていた飢餓を潤してあまりあった。私たちが国中を回り、対価を得つつもばら撒いた米よりも、尚、その量は膨大であった。その結果、今のこの国は米が余り、米以外の様々な資源が足りていない状況だ。しかしそれは私たちが、鉱石などの金属資源に替えた後の事である。この郷に限って言えば、仕入れた金属資源に物を言わせて、様々な改革が為された。その一つが、眠っていた水力発電所の稼働だ。精錬した銅や鋼から部品を組み上げ、郷の一部で使っている。

 今、走っている電車もその一つだ。拡大した田畑に伴い、住居も散っていった。それらの小さな集落を繋ぎ、郷の中心地にある学校までの送り迎えや、収穫物の運搬に使っている。複線で繋げて往復を密にした為、最も遠い朝霧達の住居まででも30分程で中心地まで行ける上、5分間隔で次の電車がやってくる。

 電気の恩恵は凄まじい。之までは保管が困難だった作物も、冷凍、冷蔵が可能になって、冬場でも食うに困ると言うことが無い。病院でも血清の保管や、薬剤の精製にと、実に有効に作用している。弥源が税を納め、この郷の事が国中に知られた。それによって増えた移民達の健康診断に、治療に、或いは新たに宛がう農地への移動手段として、あらゆる面での効率化が進んだ。

 今や、この郷の人口は都すら超えて、尚も拡大している。農地を求める百姓の次男や三男、この活気を逃すまいと集まる商人や職人たち。そして、従来通りの行く場所を持たない浮民達。ありとあらゆる背景を持つ人間が、日々、出入りを繰り返している。それは、かつて私と弥源が描いた青写真、そのままのようであった。

 

 郷の中心地に瓦葺きの大きな建物が見えてくる。郷の子供にとっては学校であり、或いは親無し子達の家であり、学びを求める全て者の為の研究機関である。人はそれをトラの学び舎、と呼ぶ。郷の中心部に入ると、あたりは喧噪に包まれる。食い物屋の屋台が建ち並び、両替商やら細工師やらが路傍に店を開き、それでも足りぬとばかりに行商人たちが声を張り上げる。活気があるのは良いが、最近では物盗りなどもあると聞く。都市機能を分散させるなり、商業地区を新たに宛がうなり、なにか対策が必要な時期が来たのかも知れない。また、弥源が眠れない日々が来るかも知れない、そうなったらなにか手伝ってやろう。

 学校前の駅に電車が止まる。子供たちが学校に向かって駆けていく。なにか他の用事があるのであろう、親達は子らを見送った後に、三々五々に散っていく。最近は農閑期に工房で働く者も多くなった。あの親達の幾人かもその様な口かも知れない、或いは、只の買い出しか。

「では、春陽もいってらっしゃい。楽しんで学ぶのだぞ」

 運転席に帽子を投げだし、駆け出した春陽の背に声を張り上げる。分かってるよー、といつもと同じように返事を返す。見る見るうちに大きくなる。学校での友達も多いようだし、元々が賢い子だ。心配は無い。しかし、少しずつ私に依存しなくなる姿を見ると、喜ばしい反面、少し寂しい気持ちにもなるのだった。

 春陽の姿を見送った後、ゆっくりと今日の目的地に向かう。行き交う人々に踏まれないように、気を付けながら。


 パチリ、と駒が音を立てる。

 紫煙によって靄掛かる室内で、朝雲と盤を挟む。

「………そろそろ、学び舎の卒業生も使い物になってきたのでは無いか?」

 脇息に凭れる朝雲は見るからに疲れている。元々が色白なことも相まって、白磁めいた硬質な白さが見て取れる顔色は、見ているだけで痛々しい。白粉でも隠しきれない隈だけが、その顔が人形のそれでは無いことを示しているようだった。

 やはり疲れているのだろう、反応が何時になく鈍い。それでも進める駒に迷いが無いのは流石と言うほかない。

「この里の拡大は急速に過ぎる。朝雲達に任せている学校と病院の運営は、一部の監督役を残して、新人を大量に採用する事で対応する。遅くとも次の冬には、今の状態から完全に移行させたい。これが私と弥源の意向だ」

 私の言葉に朝雲が緩く視線を上げる。私の目を真っ直ぐに見詰めながら、煙管に口を付ける。ふぅ、とも、はぁ、ともつかぬ、溜め息めいた呼気と共に、紫煙を吐く。細く伸びて、やがて渦を巻く様に崩れていく。それを呆と見送ってから、朝雲は口を開いた。

「………それで、その監督役、とやらでは無いものは何をさせられますの?」

「好きにすると良い」

 間髪入れずに回答する。ゆっくりと噛み砕く様に、私の言葉を聞く。その顔が、じわりと驚愕の表情に変わっていく。それを見届けてから、私は言葉を継ぐ。

「今まで、お主らには大変、世話になった。お主らの代金は完済された。これからは好きに生きよ。今のように病院や学校で働きたい者はそうすれば良い、待遇は必ず良くすると約束する。それに、今の里は仕事に困ることは無い。お主達の才覚を活かして、郷司の補佐をするなり、工房で働くなり、或いは接客の経験を活かして街道で宿やら食い物屋やらを商うのも良いと思う。いずれにしても、お主達は、もう自由だ。そしてその自由を得るために私は協力を惜しまない」

 ゆっくりと、噛み締めるように言い聞かせる。朝霧が私の言葉を理解した事を確認して、最後にこれだけは伝えなくてはいけないと思っていた言葉を伝える。

「今まで、ありがとう。お主達はお主達のものだ。もう誰にも、何にも縛られずに生きよ」

 私の言葉に、朝雲は表情を変えなかった。

 ただ、目尻から一筋の涙がこぼれ落ちたのみだ。

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