107.神獣と弥源の国崩し
魔力膜で鎧った体躯に、木材や石材を山と積む。多重展開した魔力尾が、コマンドされた通りに作業を進める。それらは、降り積もった雪をどかし、地面を整地し、或いは建物の基礎を打ち込んでいく。音も無く、建材を加工しては組み上げていく。ものの数十分で、巨大な館が組み上がる。
内部を改めれば、伐採から既に二年少しを経た木材は、充分に乾燥して、生木の香りは強くは無い。これならば明日からでも使えるだろう。脳裏に描いた設計図を参照して、細部を調整しては、次の建設予定地に向かう。腹の下に括られた春陽が、はあ、とも、ほお、とも言えぬ不思議な歓声を上げる。飛ぶように移り変わる景色を指差しては、時折、速い速い、と意味の通じる言葉を放つ事が、とても喜ばしい。
既に里に造設予定だった建物の普請は終わっている。今は、耕作地を走り回っては、次の春からの移住者の住処を作っている。何せ数が数である。一万数千戸に及ぶ建築など、人の手だけでは何年かかるか知れたものではない。耕作地を拓いた時の図面に従って、居住地に家屋を普請していく。申し訳ないが、外観も内装も殆ど同じである。そう言うところで己を主張したいのであれば、越した後に、自力で何とかして貰おう。
日に数千戸の家屋を新造して、適当な空き地で寝る。そんな生活を暫く過ごす。遠く見える泰山に虎のような黒白の縞が浮き出る。残雪の中から紅梅の香り。進む季節が私を焦らせる、しかし。
「あーーー、もう!何とか間に合わせたぞ!」
弥源の家の床に横になって、ゴロゴロと転がりながらそう叫んだ。最近になって歩くようになった春陽と遊んでいる弥源が言う。
「御神。ご苦労様でございます」
「だぁーー!誰のせいだと思っているのだ!あんな滅茶苦茶な建設計画を立てよって」
私の愚痴に、弥源は口元を苦く歪める。それでも微笑みを崩さぬ様からは、まるで。
「………それでも、御神ならば成せると信じておりました故に」
読むまでも無く、直裁に口に出す。
その声に衒いは無い。心根から私を信じている様が伝わってくる。そんな態度に毒気を抜かれかける、いつもならソレまでであるが、今回ばかりはそうもいかない。
「それで、此度の件で私の"貸し"は幾らになった?」
自然と目を細める。予想した質問であったのか、台帳を開くこともせずに、答える。
「金で大河4億ほどですな」
「………………払えるのか?」
「無論、払えませぬ」
故に、と弥源は居住まいを正す。
「御神、どうか無利息、無担保、無催促でお貸し下さい。私の計算では300年ほどで完済出来ますので」
深々と頭を下げて、弥源はそう言う。別にそれはそれで良いのだが。
「しかし、300年となればお主も生きてはおるまい。誰が払うのだ?」
その様な経緯を経て、里には"講"という制度が導入された。これは一種の共同基金である。里に住む者が各々に金を出し合う。家を建てたり、嫁を娶ったり、葬式を事なったりと、急に金が必要になった際には、この講から金を借りられる。借りた分は、少しずつ返す。人が借りる場合には、最長で10年までと定められた。とは言え、である。
「今の所、ワシへの借金が300年分あるとは」
溜め息混じりにそう言えば、弥源は苦笑しながらも答える。
「とは言え、総額で見れば、であります。受け容れた浮民達の様に土地に家屋にと支払いが多い者もいれば、もといた里人の様に多少は少ない者もおります。街道の整備費用などは、講とは別に税から払うこととすれば、もう少し圧縮できるかと」
弥源の言い方に疑問を感じた。いや、これはワザとかな。少し気になったので突いてみる。
「………それで、完済までの間に、米の値段を下げる、もしくは上げて返済するつもりか?」
つまりはインフレもしくはデフレである。講は貨幣であり、税は米である。どちらかをインフレさせてやれば、結果的に私への支払いは早く終わる。拓いた耕作地の面積を考えれば、弥源の狙いは米の暴落であろう。
「御神が米を欲しがるとも思えません。お渡しするときには紫金剛、えーと、魔晶石ですか、に替えますよ」
「それで、都を含めて国中に米を溢れさせて、国を崩す、か?」
私の問いに、弥源は浅い笑みを浮かべ、しかし何も語らなかった。




