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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
105/128

105.神獣は外堀から攻める

 何故なのか、と里長に問うのは容易い。

 然して、答を得るのは難しい。それが私の出した結論である。

 教室とはある種の隠語でもある。私と弥源とで交わした約束の端緒である。その目的は、この里全体の教養向上と、果てには月に辿り着く為の一手である。その恩恵は凄まじい、と思う。現在、稼働している工房の効率も上がる上に、私しか使えぬインフラの使用も出来る。それに加えて、新たな産業の創出にも繋がる。

 長期的に見れば、利点しか見当たらぬ。私と弥源はそう判断した。それを阻むとは、どの様な了見か。それが分からなければ、かの女狐を躱すことは難しかろう。

 然して問題点は最初に戻る。素直に訊いた所で、答えてくれるとは思えないのである。故に、私は外堀から埋めることとした。


 既に深夜と言って良い時間。一つの家屋から、まだ灯りが漏れている。その一軒に近づいて、戸をたたく。

「弥源、いるか?」

 トントンとリズミカルに叩くと、ガタガタと音がして家主が戸口に顔を出した。頬と額に赤い痕が付いているを見るに、また机に突っ伏して寝ていたのであろう。寝ぼけたような声音で私に問う。

「………御神。この様な夜分に何用ですか?なにか火急の事態でも?」

 言葉を繋ぐに連れて、目に力が戻ってくる。恐らくは、なにか問題が起きたのでは無いかと、緊張しているのだ。

 痛々しいのう。

「いや、問題は無い。ただ今回の浮民の数は多かったからな、事務処理も大変であろう。私で良ければ手伝おう」

 そう言って、返答も待たずに室内に滑り込む。

 文机を中心に山積した書類を見る。その内の一枚、丁度、机にのっていた物をみる。なる程、戸籍の作成が終わっていないのか。では、此方は。

 魔力尾を複数展開。片っ端から書類を開き、視覚情報を起動した演算回路に流し込む。持ってきた筆を墨で塗らす。それらを展開した魔力尾で掴むと、弥源の書式に倣って書類を作っていく。呆然と立ち竦む弥源はそのままに、15分ほどで一万人分の戸籍簿が出来上がる。

「次のこれは、春からの人員配置か?」

 問えば、首振り人形のように首肯する。

「そうだな、農地を割り振るのは希望者を優先して、四肢障害のある者や肉体労働に適さない者たちは工房などに割り振るか。工房の人手の不足分は、ああ、この書類か。本人達の希望書はこれだな。ではまず仮組みしてみようか」

 持ってきた筆を墨で塗らして、白紙に書き込んでいく。その動作は演出に過ぎない。視覚情報を簡易催眠に投げ込んだ瞬間には、最適解に近い内容が提示されている。高々、数万人の調整など、探査系のカウント処理に比べれば、圧倒的に簡単である。

 ものの30分ほどで青写真が出来上がる。

「どうだ?農地は充分だと思う。反面、工房は種類も数も足りていない。本人達の希望も、手作業が良いくらいで漠然としている。どんな種類の工芸品なり加工品を作るかは、次の会合で諮るとしても、春までには建て増しが必要だろう。あとは孤児達であるな。これは早急に孤児院が必要だろう。前に言っていた学校と併設しても良いと思う。親の居る子は家から通えば良いし、孤児には寮を宛がおう。教師役は私の巫女達がいるし、里の老人らから助力を願っても良い。教育に関する資金は私が出す。後は、農地とは別に牧草地を拓いて、畜産を始める事も考えた方が良い。とはいっても」

 たった今、話したことを紙に書き留めて弥源に押しつける。

 相も変わらず呆然としている弥源の頭を魔力尾で撫でてやる。

「頑張ったな。しかし、なんでも一人で抱え込むな。こんな量の事務処理を人一人で行うなど、無理だ。まぁ、とりあえず暫くは、ゆっくり休め」

 そう言って、書類の山の中に布団を敷く。脱力している弥源を布団に押し込んで、家を出る。

「しっかり休めよ、おやすみ」

 そう言って戸を閉めた。


 それから暫くした朔の日の前日。私は弥源の家を訪ねる。

「おーい、弥源やーい」

 トントンと戸を叩いて見ると、室内でガサガサと音がする。はーい、とも、ふぁーい、ともつかない寝ぼけた顔で弥源が出てくる。少し癖のある髪は寝癖に塗れているし、日の高い時分であるのに寝間着のままである。

 その姿に呆れてしまいつつも、安心する。

「明日の会合の前に相談したいことがある。入っても良いか?」

 むにゃむにゃと目を擦り乍らも、手招きをするので後を付いていく。

 先日、訪れた時に山積していた書類は無くなっていた。恐らくは集会所の事務室に運んだのだろう。それはつまり、弥源が事務仕事から解放された事を意味している。

 相変わらず物の少ない殺風景な部屋である。部屋の中央に置かれた文机には、前に私の書いたメモとともに、アレコレと書き込まれた地形図が置いてある。しげしげと見てみる。

「集会所を移すのか?」

 一際目につく一つを取り上げて聞いてみる。

 生欠伸を噛み殺しながら弥源は近付き、私の対面に座り込む。

 如何にも眠たげな様子で答える。

「………移す、と言うよりも新設に近いですな。何せ今の集会所は浮民達の仮宿兼病院に近い有様で、集会所としての機能は殆ど残っておりません。それに、先日の御神のお言葉で気付いたのですが、行政の為の施設、つまり郷府を組織しても良い頃合いかと思いまして」

 玄関脇の水瓶から水を汲み取り、茶碗に注ぎながら弥源は答える。一息に飲み干すと、また汲む。そうしている内に目が覚めてきたのか、話す内容も明晰になってくる。

「今のこの里の人口は三万に少し足りない程度です。通常であれば三千から五千人ほどの官吏がいても良いのですが、それだけの人材が居ないことが困った点ですね。警邏すら侭ならない」

 ふぅ、と一息ついて、私の対面に座る。

「さて、御神。お話とは何事でしょうか」

 此方に向き直る弥源の顔には既に寝ぼけた雰囲気は無い。完全に覚醒したようだった。

「私の話とは、その人材についてだ。前にお主の記憶を読んだときに、今の世の官吏の程度は知れている。それに較べれば、遊女達、いや、私の巫女達と言うべきか。彼女たちの方が余程、使えると考えているが、どう思う」

 私の言葉に、弥源は頷く。

「それは間違いないでしょう。しかし、彼女たちは"出来すぎる"のです。アレだけの美貌、教養の深さ、看護の技術。どれ一つとっても一級品です。故に官吏にするには惜しい。彼女たちにはもっと彼女たちの能力を活かして頂きたい」

 なる程、惜しい、とは良く言ったものだ。

「なれば如何する?官吏は外から募るか?」

 私の言葉に、弥源は肩を竦めると、冗談めかして。

「どうもしませぬ。何故ならこの里には御神が居られる。故に検非違使は必要ない、法務にしても行政にしても、現段階では里の合議で回っております。ですので、この間のような作業を除けば、この里には官吏は必要ないのです。ただ」

 そこまで言った弥源は言葉を切る。此方に向ける視線を細める。その目は如実に語る。この状態は長くは続かないと、何故なら。

「浮民の数が、元々の里人の数を超えた。合議は長くは続かぬ、だろう?」

 お互いに溜め息まじりに問題を再確認する。ここに移った浮民達。今はまだ自分たちの事で手が一杯なので大人しいが、その内に郷の方針にも関わることとなる。その時、この里は変わる。変わらざるを得ない。それが人を受け容れるという事だから。

「………かつての梅雪君は、そうして分裂した群から人々を他の土地に導く事を繰り返したと聞きます。都では梅雪君に従った者を勇猛と讃え、この里では梅雪君を連れ去った蛮族と呼んでおります。今となっては、どちらが正しかったのかは分かりませぬ。しかし、御神ならばどうされますかな?」

 簡単だ、と一蹴する。弥源が目を丸める。

「分裂させなければ良いのだよ。つまり、毎年の様に人が入り込み、或いは立ち去る、その不安定な状態で固定する。そうすれば決定的な分裂は起こり得ない。何故なら、流動的な状態が常態化すれば、不満を持つ者がいても勝手に居なくなる。結局、ココに残るのはココが居心地が良いと思う者たちだけになる」

 さて、と前置きをする。

「そのためには何が必要だと思う?」

 そう問い掛けた後で、私も水を貰っても良いかな、と訊く。弥源が予備の茶碗をくれたので、自分で水を入れて持ってくる。

 ズズリ、と水を啜りながら、弥源を見る。深く思案に耽っている。それを見ながら思う。

 やはり人と言う生き物は面白い。こんな、自分の生きている内に起きるかどうか分からない事ですら、真剣に考えられるのだから。

 どれ程そうしていたか。唐突に弥源は顔を上げて、天井を仰ぐ。

「………御神。降参です………」

 その姿をみて、もう一口、水を啜る。

「方法は幾つかあるのだ。だが恐らく、今のご時世で一番効率的なのは、人自体に価値を付与する。つまりは教育だ」

 そこで一旦、言葉を切る。弥源に視線で問い掛ける。続きを考えてみろ、と。

「………どの国でも欲しがる人材を育てる国を作る。そうなれば、不満を持つ者は他の国でも十分に暮らしていける自負と能力を持つ。また自己の研鑽の為に、常に若い人々がこの国を訪れる。そう言うことですか?」

「………まぁ、40点くらいかな」

 辛いですな、と弥源は溢す。それを見て、思わず笑みが零れる。

「まぁ、良いでは無いか。私の答えが100点である保証も無い。とりあえず、お主の40点に賭けてみよう。さて、それでは教育に力を入れるとしたら、何が必要か、一緒に考えてみよう」

 侃々諤々と話を進める。

 懐かしい。

 まるで遙か昔に春陽と家を作って居た頃のようだ。そして今回は城どころではない。国を作ろうとしている。

 そんなことに、年甲斐もなくワクワクしてしまうのだった。

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