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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
103/128

103.神獣は失敗しない、事も無い

 秋虫の鳴く頃である。鈴の音にも似た声が耳にも涼しい、そんな季節がやって来た。遠く西の海に向かって茜色の夕陽が落ちていく頃、弥源達が帰ってきた。

 驚くべきはその列の長さである。五つの街道から順に帰ってくる隊商は、その全貌が計り知れない。思わず弥源に駆けよって声を掛ける。

「お疲れ様。此度は豊漁だったようだな」

 垢まみれの顔を、里人から受け取った手拭いで拭きながら、弥源が答える

「ええ、浮民のいない街、というものを私は初めて目にしましたよ。足の悪いものや幼い者は荷台に載せ、頑健な者は歩いてでも着いてくると言っておりました。それ程までに、食うに困らない生活というモノを彼等は熱望しているのです」

 一息に言い放つ。その言葉は自分の行いへの自負と自信に満ちている。

「して、どれ程の人が集まった?」

 私の言葉に弥源が破顔する。

「いやはや、それが何とも。一万までは数えていたのですが、それ以上は分かりませぬ!」

 カカカと大笑いしながら、そんな事を嘯いた。


 弥源の言うとおりと言うべきか、集まった人々の数は優に一万を超えて、恐らくは一万と六千程に届く。弥源達は一仕事を終えて、サッパリとした顔をしているが、その他の里人は大忙しである。昨年よりも早い帰郷であり、稲刈りも終わっていない。とは言え、夜冷えのする中に、彼等を寝かせる事も出来ぬ。飯やら寝床の用意、昨年と同じく健康診断と戸籍の作成もある。そんな訳で、である。

「………………御神。お力添え頂けますか?」

「もっちろん大丈夫だ!」

 あの里長が私に頭を下げる。私は大満足である。

 集会所をまた増築し、鍋釜を造り上げ、稲刈りを手伝う。

 炊事だけは手出しを断られたが、北の耕作地から作物を運び込み、配膳を手伝う。湯の用意が間に合わないと言うので、厨に魔力膜で鞴の様に空気を送り込み、火炎を立ち上らせる。ガンガンと薪を継ぎ足せば、数千人分の風呂すら沸かせる。

 そうやって次々に人を受け容れては集会所に送っていく。

 行列が解れて、皆が寝床に入る頃には、月の出る時分になっていた。


 寝こけた春陽を連れて、自分の畑に向かう。昼間は里の手伝いに追われてしまった。月の出ている間に、自分の田畑の世話をしなくては、それに。

 思わず、ニヤリと口角が上がる。

 私の"巫女"達にも是非とも働いて貰おうではないか。

「………それで、ワッチらが連れて来られたのですの?」

 翌朝、集会所に連れてこられた朝雲達が、呆れた顔をして、そう漏らす。

「その通りだ。のう、里長や。私の巫女達は読み書き算盤に、簡単な健康診断と看護も出来る。子守やら炊事もお手の物だ。どうじゃ、助けになるであろう?のう?」

 里長はニッコリと微笑む。

「………御神のご厚情には言葉もありませんわ」

 微笑む裏側で、ギリギリと噛み締められた奥歯から音が聞こえる様である。私は大変、満足した。

「さて、朝雲達の差配は里長殿に任せる。私の田畑からの収穫物は、いつもの蔵に収めておいた。里の備蓄で足りなければ好きに使え」

 そこまで言って、一息つく。大きく息を吸って、覚悟を決める。

「私は私にしか看られない重病人の相手をする。基本的に余人が入ることは禁じる。恐らく、アレはこの里を滅ぼしかねない病だ」

 そう言えば、朝雲達は元より、里長までが息を呑んだ。


 水疱瘡、風疹、日本脳炎、結核、狂犬病、などなど。病棟の中は感染症の見本市の様な有様である。清潔なカーテンで病室を区切る。感染力の強い病の者は個室に隔離である。この日のために作り溜めた薬剤を投与し、場合によっては、魔力爪で外科的に処理していく。輸血液が足りない事が難儀ではあるが、そこは魔力様々である。魔力糸であれば縫合は殆ど一瞬である。出血が少ないことは良い。本人の回復も早い、焼き捨てる衣類も少なくて済む。何よりも。

「待って、待って下さい!俺はまだ死にたくない!!」

「だから!これは治療だと言っておるだろう!サッサと寝ろ!」

 何をされているのか分からない病人を無理矢理失神させる事に、これ程に都合の良いモノも他に無かろう。

「本当に私の足は治るのでしょうか!?」

「直すと言っているだろう!サッサと寝ろ!」

 無数に伸ばした魔力爪、魔力尾で様々な手術を行いながら、扉越しに差し入れられる飯を配膳し、薬剤を投与し、死にかけた者がいれば半ば無理矢理に叩き起こす。大丈夫、基本的に肺と心臓が止まらなければ、人は簡単には死なない。その二つに絞れば、魔力膜で人工的に動かすことは出来なくも無い。頗る痛いだけである。

 目の前で騒いでいた患者の骨を接ぎ直し、神経系を接続する。添え木を付けてやり、布でグルグルと固定する。移動式の寝台に、軽傷病室への移送許可の判を押し、その後の処置について簡単に追記する。骨が付くまで安静にしておく以外に処置は無いが。

 蹴り出すように、病棟を移動させる。あの手の外傷患者がここにいても感染力のリスクが高まるばかりで良いことがない。サッサと蹴り出すに限るのだ。

 そんなこんなで一月程は嵐の様な毎日を過ごす事になる。


「………済まんな。少し血を貰うぞ」

 そう言って、静脈から血を抜く。

「………私は死ぬのでしょうか?」

 気分を出しているところに悪いが、事実を告げる。

「否、お主が死ぬ可能性は頗る低い。もう殆ど完治に近い。いま、血を抜いたのはお前の血から血清という薬を作るためだ」

 そう言えば、絶望した様な表情が困惑したものに変わる。

 まぁ、そんなものである。


 三月程経った。

「さて、感染症の患者の処置は殆ど終わりだ。上手いことに血清も充分に採れた。来年からはもっと手早く治療出来るだろう」

 小雪の舞い始めた初冬の事である。治療に専念するため、と今まですっぽかしていた会合で、そんな事を告げる。

 唖然とした皆の顔を見るのは痛快である。

「………御神。それは彼等の病が治ったと言うことで良いのでしょうか?」

 里長が常に無く怖ず怖ずと問う。

「うむ。ほぼほぼ完治と言っていいだろう。あとは体力の回復を待てば、他の者たちと同様に働ける。ただ、今回は怪我人も多かったからな、修復不可能な者には義肢を与えたが、農作業は辛かろう。工房などに口を利いて遣ってくれると助かる」

 俄に静かになった会合の場に、弥源の声が静かに響く。

「………御神の資産の再計算が必要ですな」

 如何にも頭が痛いと言う様に、弥源は額に手を当てた。

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