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電波猫のお仕事  作者: おばば
鉄器時代編
102/128

102.神獣と嫦娥

「………そんなことがあったのだ。非道いとは思わんか?里長は私のことを金蔓か何かのようにしか思っておらんのだ」

 夏の終わり。日に日に秋めいてくる中で、私は朝雲の所に遊びに来ていた。

 遊び。遊びである。なんと甘美な響きであろうか。

 田は中干しも終わり、後は機を見て刈り取るのみである。人のようにチマチマと刈り取るなら大変であろうが、私の場合は魔力鎌を一閃すれば終わる。そんな訳で、今日は遊びに来ている。

 将棋盤を挟んで朝雲に延々と愚痴を溢す。

 ちなみに春陽は、教育の訓練と言う名目で、他の者に預けた。やれ、お襁褓の替え方が分からぬやら粥の硬さはこれで良いのか、と騒がしいが知ったことでは無い。半年間の練習の成果を見せて貰おうでは無いか。

 朝雲が、煙管を口に運ぶ。薄く紅をさした唇が、緑味を帯びたガラスの吸い口を捉えて吸う。ゆっくりと煙を吐き出すと、駒の一つを取り上げて、指す。

 妙手だ。

 流石といえば良いのか、此方の罠を躱した上でジリジリと炙るように攻めてくる。もしかしたら紫月などより余程、強いのでは無いだろうか。

「………トラも大変でしたね」

 まるで心の籠もっていない労いを受けた。

 なぜであろうか、そこはかとない怒気を感じる。

 努めてソレに触れないようにして、次の一手を指す。

 この将棋というのは面白い。かつて私と春陽がやっていた駒遊びから派生した物であることは、一目見て分かった。駒の種類が絞られて、配置も固定されている。その上で地形効果もない。

 その様にいえば劣化版とも言えるが、単純化された分だけ、力押しの様なやり方が出来なくなっている。つまり、必勝法が無い。私と紫月が一度、"本気"で解析したので殆ど間違いないだろう、つまり、時間制限をかけてやれば、私でも人に負けかねない。

 今の所、朝雲に負け越している事が良い証拠だ。定跡を溜め込むまでは、もう暫く掛かりそうだ。

 囲碁の方も同じである。ちなみに紫月はどうしても囲碁のルールが理解出来ない様だった。曰く、石で境したとて、それで自分の土地になるというのはどの様な理屈なのだ、だそうだ。確かにそう言われると説明が難しい。私も初級者であるので、余計にそうである。いつか、朝雲に聞いてみようとは思っているが、今の所は将棋の解析に忙しいので、予定は未定である。

「ガラス細工の具合はどうだ?」

 今日の土産に持ってきたガラス製の吸い口について尋ねる。

「ようござんす。使い心地もよいですし、見目も麗しい」

 そうか、と短く返す。

 やはり、怒っている。

 もはや確信に近い。

 しかし、何故であろうか。理由が分からない。

 とりあえず、こう言う時は逃げるが勝ちである。

 この一局が終わったら帰ろう、と心に決める。

 何とか勝ちを拾って、それでは、と立ち上がったところであった。

「………ところでトラ?」

 艶然と微笑む朝雲。かつての豊かな黒髪は無いけれども、手入れを欠かさぬ白い肌、やや長めに切り揃えた黒髪、白魚の様な指先が、如何にも美しい。見た目だけでは天女の様である。今のように微笑みを浮かべていると、そんな印象は一層、高まる。

「………どうしたのだ?そういう天女の様な微笑みは意中の男の為に取って置いた方が良いと思うぞ。では私はこれで………」

 そう言って席を立って部屋を出ようとしたところである。

 ガッシ、と音がしそうな程の力で私の尻尾が掴まれる。

 思わず悲鳴を漏らす。

「待ちなさい。貴女の愚痴に付き合ったのです。今度は私の話を聞くのが筋と言うものでしょう?」

「分かった!分かったから離せ!毛が、毛が抜けて痛い!」

 そんな訳で朝雲の話を聞くことになったのである。



 目の前に茶が出される。一つ頭を下げて口をつける。やはり熱い。

「………それで、話とは何なのだ?」

 掴まれた尻尾をこれ見よがしに舐め上げて労りながら、そう聞いた。

「まったく、貴女というヒトは。何ですか、あの教科書とか言うものは?少し読めば分かります、あれは万巻記を書き直したものでしょう?」

 流石である。抵抗することも無駄であろう、素直に応じる。

「基本的にはそうだ。しかし、子供向けに書き直したつもりであったが?」

 首をかしげる私に朝雲は、大きく溜め息をつく。大仰に額に手を当てて、此方を薮睨みである。

「貴女、本当に知らないのですね。あの弥源とか言う男の責任なのかしら。とにかく、あの内容は都でも碩学と呼ばれて持て囃されている様な者しか知らないようなモノです。それを万人に、しかも子供向けに、というのはどんな目的ですの?」

 ああ、なる程。少しだけ、朝雲の疑問が理解できる。仕方なし、始めから説明しよう。

「その万巻記な。あれは元々、私が梅、お主らは梅雪君と呼んでいるのだったか、まぁアレが15歳くらいの時に書いてやったものなのだよ」

 当時を思い出す。梅はとりわけ好奇心と負けん気の強い奴であった。そう言えば目の前の朝雲もそうである。そうと気付けば、何となく二人が似ているような気がしてくる。

「大層に珍重されているようだが、アレの中身は只の辞書なのだ。そんなに有り難がるようなことは何も書いてない。恐らく、難解に思えるのは、結果だけが書いてあって、ソレに至るまでの過程を省いて書いてあるからであろう」

 そこまで一息に言ってから、茶を飲み下す。少し冷めて丁度よい塩梅である。ふぅ、と息をつくと、続きを促すような朝雲の視線。仕方なし。

「だからな、私としてはアレくらいは子供でも知っておいて貰わねば困るのだ。そうで無くては、到底、次の目的には辿り着けない」

 次の目的?、朝雲が鸚鵡の様に聞き返す。

「ああ、そう言えばお主らには伝えていなかったな。この地を豊かにし、人を育て、学びを深め、技術を高める。その先の目標は月に辿り着く事だ」

 ズズズ、と茶を飲む。最初からこれくらいの温度で出してくれれば飲みやすいのにな、と思った。喋り過ぎて喉が渇く。茶を飲みきって、朝雲にお代わりを頼もうと視線を上げる。その先には。

「………貴女って本当に、いえ、流石にそろそろ慣れました」

 そう言う、憮然とした朝雲がいたのである。

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