曲直瀬道三
京の大病院には、何時も何時も患者であふれていた。
近隣の国や遠くの国からも、重い病気にかかえた患者が苦労しながら来ていた。
蔓延的なベット不足で、第2病棟・第3病棟が建設中であった。
そして、新たな治療法を学ぶ為に、多くの医者候補が訪れていた。
2階のガラス張りから、手術中の光景を見ながら曲直瀬道三が唸っていた。
「ここまで医学が進んでいたのか、わたしはもっと恥ずるべきであった」
「先生、わたしも同じ考えです」
曲直瀬道三は、田代三喜に出会い医学を志して、長い経験を積んで来た人物だ。
漢方医学にも精通して、自分なりにも医学で『医聖』と称される程だ。
それなのに、医学の奥深さを70代になって知ることに、そして呆然としてしまう。
「曲直瀬先生、この腹痛の患者には、どのような漢方が良いでしょうか?」
「あなた方の医学には感服しています。わたしのような者が出ることはないでしょう」
「何を言っているのですか? 漢方には漢方の良さがあります」
「そんなバカな・・・・・・」
そして曲直瀬道三は、ここ京病院で働くことになった。
「これが漢方だと言うのか・・・」
「これは、アンデス地方に生えている『バカン』です。熱を下げる効果にすぐれてます」
「なんと見た事もない薬草か・・・」
「薬草なら、こちらのオーストラリアの原住民が栽培している『バヤイカ』がお勧めです。なんでも効く薬草で有名ですよ。朝鮮人参の10倍の効用です」
漢方庫には、1万以上の漢方薬が貯蔵されていた。
普通に覚えるだけで大変なことだった。
しかし、効用別に分けられていて、整理・整頓・清潔に管理されている。
レントゲン室で、男が遺体となった男を撮っていた。
曲直瀬は、なぜこのような事をしているのか疑問に思っていた。
人体を透かし見るレントゲン写真にも驚いたが、何故死んだ人間なのだ・・・
そんな疑問を感じると聞きたくて堪らなかった。
「何故に、死んだ者を撮るのですか?」
「あ、曲直瀬先生でしたか・・・この方は肝臓がんで亡くなった方です。レントゲン写真で癌がどのように写るのか調べています。新しい技術なので色々な写真が必要です。これを見て下さいうすらと濁ってます・・・なんの病気か分かりますか?」
「成る程、しかし癌は治らない病気のはず。撮っても意味がありますか?」
「意味はあります。癌は早期発見で治る病気です。定期検査で早い段階で見つけて取りのぞけば治る。なので写真が色々と必要です。見て分からないではダメなんです」
「え!そんなバカな・・・癌が治るなんて」
「嘘はいいませんよ。わたしの恩師がそのように言ってます」
「その恩師は・・・」
「本郷先生です」
なぜに、曲直瀬道三なる人物が俺の所へ来ているのだ。
突然に「弟子にして下さい」と土下座をしてきた。
最初は丁寧に断ったが、毎日、毎日来ては頼み込むのだ。
10日も過ぎると、こっちが音を上げてしまう程だ。
しかし、やさしく丁寧に教える時間はない。
こっちにも仕事を大量に抱え込んでいたからだ。
行く先々に連れまして、合間に教えるしかなかった。
曲直瀬道三は、後に様々な本を書いていた。
『薬性能毒』『百腹図説』『正心集』『指南鍼灸集』『弁証配剤医灯』『黄素妙論』『雲陣夜話』
それは海外でも翻訳されて、医学の礎となった。
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