第6話 吐露 Ⅳ
「――警察局の到着は、思ったよりも早かったです。匿名の通報だったにも関わらず、三日ほど後には俺の家を特定していました」
聖が通報したのは、あくまで児童養護施設の方だ。そこで遺体を発見して、児童を保護してから犯人とその家を特定するにしては、早すぎる対応だ。
「警察局の方に何か他の情報提供をしたんですか?」
「いえ。していません。ただ、近所の方が俺の車を目撃していて、その特徴を伝えたみたいです。……中央区は車が普及していますが、全員が乗っているわけではありませんので」
中央区は東極内では一番発展した都市だが、同時に最も小さい区でもある。生活に必要な施設はまとまっており、利便性に長けている。そのため、自動車を買わない区民も多い。
『しらゆり園』は中心地から少し離れたところにある施設だったが、普段は滅多に車が停まらなかったようだ。よって、犯行時間の長い間停まり続けていた聖の車はかなり目立っていたらしい。もしかしたら乗り降りまで見られた上で、とっくに通報されていたのかもしれない。
「特定された、ということは、家に乗り込んできたってことですよね? それから聖さんはどうしたんですか?」
「もちろん、大人しく捕まるつもりでした。あの四人以外に危害を加えるつもりは、毛頭ありませんでしたから」
「つもりだった、ということは、上手くいかなかったのでしょうか」
「はい。“俺は”、捕まるつもりでした」
「……もしかして、澪さんが?」
「ええ。警察局員が来るまでの間、ただ普通に接したのですが、その、酷く懐かれてしまいまして」
聖はそこで微かに眉根を寄せた。彼としては計算外だったのだろう。嬉しいような、困ったような、複雑な表情だ。
澪は、局員に囲まれて連れて行かれかけた聖を助けようとしたのだという。
「変な話、ですよね。澪は被害者で、俺は殺人犯。保護されるべき人が抵抗して、逮捕されるべき人が大人しい、なんて」
「確かに、普通とは立場が逆ですね。……でも、澪さんの気持ちも分かります。酷い扱いを受けてきた後に、とても優しい人が現れたら、誰だって付いていきたくなりますから」
「…………。やはり、手ひどく扱うべきだったのでしょうか。俺には到底出来なかったでしょうけれど」
「うーん……どうなんでしょう。それはちょっと自分にも分からないです。警察に保護されたからといって、幸せとは限りませんし」
そもそも、保護した子供は局で面倒を見るのではなく、また別の養護施設に預けられる。聖が犯行を行った所のような施設はそうそうないと思いたいが、万が一悪質な施設に預けられてしまったら目も当てられない。例えまともな施設だったとしても、そこでの扱いが澪の傷を癒すかどうかは不明である。
弑流から見て、今の澪は聖と居て楽しそうだ。十分幸せそうに見えるし、聖以外には懐かない。懐きたくもないと言わんばかりの態度である。今まで彼が受けた扱いを考えれば当然か。
「聖さんは丁寧で優しい方ですから、澪さんも聖さんに助けられて良かったと思います」
「そう、でしょうか?」
「はい。とは言っても、自分の推測でしかありませんが」
「それでも、そう言っていただけると、気持ちが軽くなります」
彼は微かに口角を上げて目尻を下げる。
弑流の中では、聖の人間像が大きく変わったわけではなかった。方法はかなり間違っていたが、結果的には救われた子供も多い。最初に”五人殺した”と聞いた時はショックを受けたものの、聖の本質はずっと変わっていなかった。娘、もしくは義理の息子に対する愛情だ。
殺人を正当化してはいけない。それは理解した上で、聖を責める気にもならなかった。
しかし、救い出した子供が式神だったとは何という偶然だろうか。
「そういえば、聖さんは澪さんが式神だと、いつ知ったんですか?」
「ああ、それは、局員が俺を逮捕しに来たときです」
「ということは、先程仰っていた、澪さんが貴方を助けようとした時ですか」
「そうです」
警察局員が玄関に乗り込んできたとき、聖はまるで友人を迎え入れるかのように中に入れたという。抵抗らしい抵抗もせず、大人しく手錠をかけられた。元々自殺するつもりだったのが、計画が狂って引き延ばされたため、それ以上の延長は御免被る状態だったのだ。また、澪を早く引き渡せば、正当に保護されて病院にも掛かれる。聖の中では最善の選択だった。
だったのだが。そこで想定外が発生した。それが澪の抵抗だった。
聖を確保したことで、安堵と同時に被害者である彼を保護しようとした局員に、あろうことか刃を向けたのだという。彼は聖と数日過ごす内に、家にある物についてしっかりと把握していた。聖が玄関で問答している内容を聞き、キッチンから刃物を取り出していたのだ。
「本当に驚きました……。これで何もかも終わると思っていたのに、悲鳴が聞こえて振り返ると、保護しに行った局員が首に刃物を突き付けられているのですから」
その局員もまさか子供に殺されそうになるとは思ってもみなかっただろう。その油断しきった人間を相手に、澪は押し倒して刃を突き付け、『その人を放せ、でなければこいつを殺す』とコテコテの悪役台詞を吐いたそうだ。
あまりのことに聖も局員も呆気に取られ、その場はしんと静まりかえった。
「俺は思わず局員よりも先に、『そんなことはやめなさい』と声をかけました」
「なんか、完全に立場が逆ですね……。さっきも言いましたけれど」
困り顔の聖に制止された澪は、局員を刺す代わりに聖以外に仙術を使った。
「その時です。彼が人間ではないと知ったのは」
全ては一瞬のことで、全員が状況を把握する前に局員達は蚕の糸で絡め取られていた。その場で自由だったのは聖と澪だけだったが、それが澪の仕業であると理解するには時間を要したという。
「部屋の中が急に蜘蛛の巣になったのかと錯覚する光景でした。誰もが今起こったことを理解できない中で、澪だけは平然とこちらに走って来ました」
彼は聖の腕にしがみつき、この世の終わりのような顔で必死に”逃げよう”と訴えかけてきたらしい。
「正直なところ、ほんの少し心が揺らぎました。それほど彼が必死だったんです。その時はまだお互いの名前すら知らなかったのに、です」
二人で過ごした数日間、澪はほとんど感情を露わにしなかった。突然訪れた”普通の生活”に困惑していたのか、慣れなかったのか、ただ聖が与える物を享受していた。無表情というわけではなく、反応が薄い状態だった。
それが、その時は目を見開いて犬歯を剥き出し、恐怖に駆り立てられるように聖の腕を引っ張ったのだ。
澪にとっては、自分を救い出して優しくしてくれた聖は救世主に近い存在だったに違いない。それを引き離されそうになって、局員の方が悪に見えていたことだろう。
聖が真に悪人だったなら、願ってもない展開だ。助けた子供を手懐けて形勢逆転させ、窮地を脱することができるのだから。……だが、そういうつもりのない彼からすれば、またも計画が狂うことになる。
「俺は結局、澪を気絶させました」
「……えっ! き、気絶ですか……?」
「はい。本当は、あれ以上傷を負わせたくなかったのですが。あのままだと、“被害者”から“犯人の一味”になってしまうところでしたので」
聖の計画では、澪は当然大人しく保護される予定だった。そうすれば聖に攫われた被害者として扱われ、待遇も良くなる。ところが、彼が予想外に反抗してしまったため、下手をすれば聖側の存在だと思われてしまい、牢に入れられる危険があった。
それを防ぐには、澪を黙らせる以外になかったのだ。
「澪に眠ってもらった後も、仙術は消えませんでした。消す方法も分からなかったので、ナイフで糸を切って局員を助けました」
「……なんというか、そこで助ける辺りが聖さんらしいですね」
「その、助けないと逮捕してもらえないので、そうしただけです」
軽く頭を掻いて、照れくさいような困ったような表情を浮かべた。
自分が犯した罪から逃げない彼だからこそ、今はこうして警察局の一員となっているのだろう。
「……でも、その後のことは俺の想像とは違いました」
「それは、捕まった後のことですか?」
「ええ。一生牢屋にいるものと思っていたので。最高審議長は随分変わった方なのだな、と」
自分がやったことを全て素直に話した聖は、自分が当然終身刑になると思っていた。人を一人殺しただけでも重い罪に問われることがあるこの国で、五人も殺害したのだから当たり前だ。
ところが、現実はそうではなかった。
「審議長は、俺を三年だけ牢屋に入れました」
審議では聖だけでなく、『しらゆり園』の劣悪な環境に対しても焦点が向けられた。園の庭からは約七人ほどの骨が発見され、中には聖の娘もいた。骨の遺伝子を解析するほどの技術が東極にはないため、華宮にわざわざ送って解析してもらったのだという。
全面的に聖だけが悪いと言い切れないところが争点になったようだ。擁護側には子供を持つ母親などが多く立ち、『子供に酷い仕打ちをした施設側が悪い』との意見も多く出た。
そうした意見を擦り合わせた結果、三年の投獄とその後の社会貢献が罰として決定した。
「社会貢献?」
「はい。まさに今、こうして警察局で働いていることです。罰ですから、一切お給料は頂いていません」
「えっ……!? 無給なんですか?」
「ええ。調査部創設から一ヶ月後に配属されたんですが、その日から一円も頂いていません」
「…………。えっと、それは、生活は大丈夫なんですか?」
「局には寮がありますし、食事と日用品の代金は申請して受け取っていますから大丈夫です」
「そ、そうですか……。まあでも、罰としては妥当……なんですかね?」
「分かりません。ですが、俺は満足しています。牢屋で無為に時間を過ごすより、誰かのためになる方が良いですから」
恐らくは、聖の人柄も見てこの刑にしたのだろう。今後も事件を起こす可能性のある人間には、この刑は危険すぎる。無給の仕事に従事させられることを除けば、釈放とほぼ変わらない待遇だからだ。真面目にコツコツ働いてくれる彼に与えるものとしては、最も良い選択だと言える。
「審議長さんのことは存じ上げませんが、色々と見て判断してくださる方なんですね」
「そうですね。本当に公正な方で、批判側と擁護側、それぞれの意見をしっかり聞いておられました」
俺の話は以上です、と締め括って、聖は一度口を閉じた。
一通り聞き終わった弑流は、物語を一冊読み終えた気分になった。彼に妻や娘がいたこともそうだが、上辺だけではなく聞いてみないと分からないことは山ほどある。ひとまず聞きたいことを詳しく聞けて満足だった。
「そういえば、調査部に派遣されたのには何か理由があるんですか?」
「ああ、はい。それは――」
言いかけたところで、休憩室の扉がノックされた。口を噤むと同時に扉が開き、リチャードが入ってくる。ノックも立ち居振る舞いも控えめで、彼が二人の会話内容を察しているのは見て取れた。
「取り込み中のところすまない。署員全員の署名が必要な書類があってね。ただの人数確認書類なんだけど、今日中だから今お願いしたいんだ」
「……分かりました。では、俺が署名している間、弑流さんに『何故俺が調査部に入ったのか』を説明していただけると助かります」
「ん? ああ、その話か。分かったよ。……それはね、弑流君。聖君の家に突入した局員の中に、私とシャルルがいたからだよ」
「あっ、そうなんですか? ええと、でも日にち的にはまだ調査部になる前ってことですよね」
「そうだね。その頃は私はまだ現場部の署員で、シャルルは入局したてだったよ。走り屋だったシャルルを逮捕したのは私だったから、その流れで一緒の現場にいてね」
「あの、もしかして、澪さんに刃物を突き付けられたのってお二人の内どちらかだったり……?」
「うん。シャルルだよ」
「…………。お怪我とかは大丈夫でした?」
「聖君が止めてくれたから大丈夫だったよ。そして、仙術からも助けてくれた彼を悪人だとは思えなくてね。審議長からどこかの部署に配属させて欲しいと打診された時、新設だけど名乗り出たんだ」
「なるほど……」
「その場にいた現場部以外に聖君のことを知っている人はいないから、他は『殺人鬼を同じ部署になんて冗談じゃない』って感じでね。それこそ、昨日のあの人のように」
「……あの方も、本当のことを知ったら態度を変えるでしょうか?」
「どうだろうね。でも、あの人は全部知った上であの態度なんだと思うよ。事件が事件だけに、聖君の立場も考えてあまり口外しないようにしているけれど、あの人は聖君の名前もやったことも知っていたから」
「そう、ですか」
「弑流君の言いたいことも分かるよ。だけどね、人間はそれぞれ違う考え方を持っている。君は聖君の人となりを知った上で殺人の話を聞いたから、聖君のことを信じられるのだろうけど、逆はそうもいかない」
殺人鬼だという印象が染み付いている中で、殺人の理由や動機を聞いたとしても、なかなか考えは変えられないのかもしれない。弑流も、聖が“良い人”として染み付いていたため、殺人犯だという事実をなかなか受け入れられなかった。自分が信じたいこととは逆のことを突き付けられた時、人は信じたい方を優先するのだろう。
聖の署名が終わり、弑流も署名した。
「弑流さんは気にかけてくださっていますが、俺としてはあの方が正しいと思います。同じ局員であるあなたを、元殺人犯から守ろうとしたのですから」
「聖さんはそれで良いんですか?」
「そういう目で見られることはしたので、それで良いんです。幽さんのように操られていたわけでもなく、自分でそうしたので、後悔も何もありません。差別されても甘んじて受けます」
そう言う彼の瞳はしっかりと前を向いて力を湛えていた。諦めてその立場にいるのではなく、自らその立場にいるのだと、そう言っているようにも思えた。




