第3話 吐露 Ⅰ
午前中の業務が終わり、弑流は休憩室へと足を向けた。そこには聖がいるはずである。昨日の疑問とわだかまりを解消するために、彼との対話が必要だった。
いつも一緒にいる澪は、今日は非番でいなかった。話を聞くにはこれほど絶好の機会はない。
昨日、他部署の局員から抗議を受けたため、今日の訓練はシャルルが代行してくれた。的確に教えてくれた聖とはまた違った教え方だが、続きから教えてくれたので特に支障はなかった。ただ、聖に聞きたかったことを聞く機会はなくなってしまったのだ。
高鳴る鼓動を抑えようと、扉の前で深呼吸する。軽くノックして中に入った。
聖はソファに座ってテレビを見ていた。弑流が入ってきたことに気付き、手元のリモコンで電源を切る。見ていたのはニュースか何かだったようだが、別に切る必要はなかったのに、と少し残念な気持ちになる。無音の空間に二人で残されるのは気まずいのだ。
そわそわしながらソファに座る。聖はそんな彼を見て、彼が話し出すのを無言で待ってくれた。話しかけたそうにしているのが伝わったのだろう。数分時間を開けて、意を決して切り出す。
「あの、聖さん」
「はい」
「その、昨日のことについて、詳しく伺っても良いですか?」
「…………」
聖は困ったように目尻を下げた。しかし、聞かれるのは分かっていたのか、すぐに決意したように顔を上げる。
「はい。いつかは、言わなければと思っていました。一緒に働く上で、俺みたいな犯罪者と始終いるなど、精神衛生上良くないですから」
彼は”犯罪者”を否定することなく使う。心の何処かで否定して欲しいと思っていた弑流は、複雑な気持ちになった。そんなことはないと思いたくても、本人が認めているのではどうしようもない。溜飲が下がらないまま、話を続ける。
「……分かりました。まずですが、五人殺害されたというのは、本当なんですか?」
「本当、です。確かにこの手で殺しました」
聖は自分の手の平をちらりと見た。弑流には綺麗に見える手も、彼の視界では真っ赤に染まっているのかもしれない。
「そうですか……。でも、自分としてはとても信じられません。一昨日も昨日も拳銃や刃物を扱いましたし、今までの任務でだってそうでした。自分たちを殺せる場面は沢山あったのに、聖さんは全然そんなことしませんでした。人柄も優しくて、犯罪を犯したとはとても……」
「それは、言ってしまえば、殺す必要がないからそうしなかっただけのことです。必要があれば、俺は――」
皆まで言わなかったが、言わんとしたことは分かる。だから、あえて続きは聞かなかった。
「じゃあ、どうして聖さんは人を、殺したんですか?」
代わりに核心を突く質問を投げた。聖の理知的な灰眼は波一つ無い水面のように静かで、感情が揺れることもなかった。ただ淡々と聞かれたことに答える。
「…………。娘を、殺されたからです」
「娘? 娘さんがいらっしゃったんですか?」
予想だにしなかった返答に、思わず聞き返す。義理の息子である澪以外に、本当の娘がいたのか。しかも殺されたということは、犯行はその復讐だったのだろうか。
そもそも、彼が既婚者だったということに驚きを隠せなかった。結婚を示す指輪は填まっていないので、仕事場では外しているのだろうか。
様々な疑問が浮かんでくる。
「ええ。と言っても、ついぞ一度も顔を見ることは叶いませんでしたが」
「え……? それはどういう……」
そしてさらに疑問が増えた。娘なのに一度も顔を見たことがないとはどういうことだろうか。情報量が多く、ひたすら疑問符を浮かべる弑流に、聖が菓子を差し出した。
「長くなりますから、食べながら聞いていただければと思います」
「あ、ありがとうございます」
「どこから話しましょうか。……そうですね、では、犯行を思い立ったところから」
聖は思いを馳せるように目を細め、静かに語り始めた。
§―――§―――§
俺に娘がいるらしい。
そのことを知ったのは、妻と別れてから七年後のことだった。
互いの方向性の不一致から、十年ほど連れ添った妻と離婚を決めた。お互い合意の上で、特に軋轢もなく決めたことであり、世間が思うほどマイナスになるものではない。それぞれで頑張っていこうと約束した。連絡を取り合うことはなかったが、互いの事は大事に思っていた。
ところが、別れて五年ほど経った折、突然彼女の訃報が届いた。重い病気にかかり、治療も虚しくこの世を去ったという。別れたことで彼女の不調を知る由もなく、死に目に立ち会えなかったことが堪えて、しばらくは塞ぎがちな日々を送っていた。
そうして二年が経ち、ようやく立ち直り始めた頃。俺の希望になる存在が現れた。
それが娘だった。彼女の忘れ形見で、彼女との繋がりを示す唯一の存在。そして、彼女の代わりに俺が幸せにしなければいけない存在だった。
早速居場所を探した。彼女の親戚にでも引き取られていると思っていたが、親戚筋を当たっても見つからなかった。
結局一年かかって掴んだのは、『しらゆり園』という児童養護施設で預かられているという情報だった。何故預けられているのか分からなかったが、それを気にしている暇はなかった。すぐにでも会いたかったからだ。
ホームページにアクセスして娘を探した。娘が産まれたのは妻が俺と別れて一年後のことらしく、つまりはそれなりに大きくなっているはずだ。面影があれば、写真でも分かるだろう。
そう考えて、児童の写真一覧を見た。…………しかし、それらしい子供はいなかった。園に電話をかけて聞いてみると、既に別の人に引き取られた、と告げられた。
俺がモタモタしている間に、他人の子供になってしまった、などと。信じたくなかった。亡くなってしまった妻にも申し訳が立たない。
引き取られたのが最近なら、まだ間に合うかもしれない。
自分にそう言い聞かせて、引き渡し先を聞き出そうとした。だが、個人情報なので、とにべもなく断られ、何度もかける内に着信拒否にされてしまった。園を訪ねても門前払い。嫌な相手だと思われたのだろう。
それでも諦められなかった。
つい最近退職したという職員を調べ、その人の元へと伺った。最初はこちらに笑顔を向けてきた職員に、娘の話をした途端、様子がおかしくなった。何も知らない、の一点張りで、何かに怯えるように知らない、知らない、と連呼した。これでは暗に”知っている”と言っているようなものだ。
酷く嫌な予感がした。
脅すように問い質すと、職員は考え得る中で最悪な答えを暴露した。
娘を虐待の末に殺した、と。
§―――§―――§
何も言うことができずに黙って聞いている弑流に、聖はあくまで冷静に話し続けた。聖の目線は一点を見つめ、表情の変化はない。それは感情を押し殺しているようにも見えた。
弑流の前に置かれた菓子は一口も減っていなかった。こんな話をされて、食べる気分にはなれない。
「……娘のことを聞くと、職員は事細かに教えてくれました。怯えた相手は、口が軽くなるのですね」
「…………」
「娘の最期は溺死だったようです。食事を碌に与えられず、酷い暴行を受けて……。風呂に入れる際、湯船に沈めたらそのまま浮かんでこなかったのだとか」
「……そんな」
「それを聞いて、俺は決めたんです。彼らを全員殺して、次の犠牲をなくそうと」




