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虚偽を謳う獣たち  作者: 弟切 湊
序章
7/105

第3話 最悪な入局日

「う、うわあああ!!」


 それは血溜まりの中に浮かんでいる、元は人間だった何かだった。

 苦悶に満ちた表情と開いたままの目。体には何かに何度も何度も刺されて空いたであろう穴が大量にあり、そこからドロッとした赤黒い血液が溢れていた。骨や内臓が見えている箇所もある。どれほどの恨みがあればこんなことができるのだろうとすら思える殺し方だった。


 それを何の備えもなくしっかりと見てしまった弑流は、すぐに猛烈な吐き気に襲われた。同時に心拍数が上がり、膝から下がガクガクと震えて立っていられなくなる。呼吸が浅くなり、意識が朦朧とし始めた。当たり前だが、人間の死体など、それもこんな残虐な殺し方のものなど、彼にとっては初めて見るものだった。

 尻餅をついた状態から立ち上がったばかりだというのに、また同じ態勢に逆戻りとなった。


「見ちまったか……。すまん、遅かった。とりあえず遺体から顔を逸らせ、深呼吸しろ」


 先輩局員は青ざめた顔をしながらも、弑流よりは慣れた様子で対処する。言われた通り死体から顔を逸らした弑流の背中をさすりながら、携帯電話で警察局へ連絡した。元々連絡するつもりだった正体不明の生き物のこと、弑流が襲われて怪我を負ったこと、やむなく発砲したこと、その生き物がいた場所に死体があったことなどを詳しく説明する。

 そして弑流の精神状態が落ち着いてきた頃には、既に多くの局員が到着し、規制線が張られていた。


「とんだ入局日になっちまったなあ」

「…………そうですね」


 主に事件現場に赴き様々な処理や捜査を行う現場部が忙しなく動いている脇で、弑流と先輩局員はそれを眺めながら近くのブロック塀にもたれかかっていた。弑流の左腕には包帯が巻かれ、簡単な処置がしてある。


「一発目に不審人物に襲われて、しかも遺体まで見つけちまうとは……。良くも悪くも持ってる奴だよな、お前」

「えええ……そういうこと言うのやめてくださいよ……。見つけるのは猫だけで良かったのに……」

わりぃ悪ぃ、仏さんにも失礼だよな、今のは」


 先輩局員は失言だったと撤回する。


「……それで、あの生き物は追いかけなくていいんですか?」

「おいおい、冗談だろ。あんな化け物相手に追いかけるなんて度胸座ってるなぁ……。切りつけられたってのに」

「いえ、だからこそです。新人で捜査部とはいえ一応警察局員の自分でさえ何も出来なかったのですから、一般人が襲われでもしたら……。それに既に一人お亡くなりになられてますし……放っておくことは出来ないかと」

「そりゃあ放ってはおかないだろうけども。あの殺し方から見てちょくちょく話題に挙がっている殺人鬼の仕業に違いねえし、さっきの奴がそうならここで逃がすわけにはいかないしな。……ただこういうのはオレらの管轄外だから、お前からそんな言葉が出るとは驚きでな」


 捜査部は捜査主体で戦闘が関わる任務には参加しない。運悪くそういう現場を探し当ててしまった場合を除いて死体と対面する機会すらほとんどない部だ。そんな部に所属したてで死体を見てしまった上に、その犯人とおぼしき人物に襲われたというのに「追いかけよう」と発想すること自体が先輩局員には奇異に映ったのである。弑流としてはこの国の治安を守ることが先決で、その正義感故にそう思ったのだが。


「まあ安心しな、警察局にはオレらなんかよりもっと戦闘向きな奴らがたくさんいる。お前がわざわざ頑張んなくたって大丈夫だ。今見たことを全部話すだけでいい」

「……そうですね。分かりました」


「お話中失礼します」


 二人で話していると、ちょうど現場の処理が終わった現場部の部員が話を聞きに来た。正体不明の生き物の特徴や見た目、所持していた武器、その人物と出会った経緯を詳しく聞かれ、弑流はどの質問にもできる限り丁寧に答えた。人間が獣になった、とか、相手は子供にしか見えない見た目だった、とか、信じてもらえそうもない話を続けているため、ふざけているのかと罵られそうであったが、現場部員は遮ることや疑うこともなく真剣に聞いてメモを取っていた。


「最後に一つ良いですか? あなたが切りつけられた時、その刃は血で汚れていましたか(・・・・・・・・・・)?」

「えっ」


 そう言われてあの時のことを思い返す。

 突然襲われて、死への恐怖や焦りなどで全く意識していなかったが、相手が振り上げた刃は銀色だった(・・・・・)。刃から滴った血液は弑流を傷つけた時に付いた一滴だけ。

 その事実が何を意味するのか。それが分からないほど馬鹿ではなかった。


「……汚れていませんでした」

「そうですか。お話ありがとうございます。後のことはこちらにお任せください。該当の人物は怪我をしているとのことですし、血痕を辿ればまだ探せるでしょう」


 現場部員は件の人物を容疑者もしくは最重要参考人として追跡することを言い残して去って行った。


「こんなことになっちまったし、猫探しはまた今度だな。疲れただろ? 今日はもう帰って休め。明日のことは追って連絡するから」

「分かりました。先輩もご無理はなさいませんように」

「ああ」


 その後はその場で解散となり、弑流は帰路についた。疲れてはいるが、とても寝られるような気分ではなかった。

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