表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚偽を謳う獣たち  作者: 弟切 湊
file.1 道具か生命か
54/105

第25話 人形3

「      」


誰かが何かを言った。


「      」


誰かが、何かを。

……でも、分からない。理解出来ない。()()()()()

 聞こえている(・・・・・・)のに聞こえない(・・・・・・・)




『殺せ』   『殺しに行け』   『見つかるな』


 …………聞こえた。

 ”殺せ”は、分かる。

 棒のような動く何か。それの上の方、丸い所の下にある細い所に、手に持った刃を押し付ければいい。そうしてびゅっと液体が飛び出すと、棒のような何かは倒れて動かなくなる。これが、”殺せ”だ。

 ”見つかるな”は、棒のような何かの正面に付いている、二つの光るものと向き合ってはいけないということだ。

 分かる。理解出来る。聞こえる(・・・・)。だから、従う。


 何の意味もない。他が何も分からないから、分かることだけやる。


 ”殺せ”も最初は上手く出来なかった。上手く出来ないと、棒のような何かはこちらを向いて、”見つかる”。


「      」


 何か分からない事を叫ぶ。分からないから、”分かる場所”に行く。


『ああぁああ……っ!』   『    ッ!』    『   !!』


 顔に激しい××が走った。

 おかしいな。分からないはずなのに、この叫びだけは何故か分かる。分からないところも多いけれど。

 …………ああ、そうか。これは、”ただの叫び”だ。だから分かるんだ。それ以外が分からないのは、きっとそれが意味を持っている(・・・・・・・・)から。だから、俺には分からない。ただ、それだけのことか。


 顔の××は意識が朦朧とするほどで、実際俺はその後気絶したと思う。気絶した後、その××は体中に広がって、その××のせいで強制的に意識が戻った。

 いつもは上にある”分かる人”の顔が、その時は下にあった。俺はその時、何かを叫んだ、と思う。吊り下げられた体が×くて、巻き付く糸が△しくて、暴れて、叫んで。そうする度に××は酷くなって。

 ――ああ、でも。どうして暴れたんだっけ。どうして叫んだんだっけ。

 ――×かった。△しかった。※けて欲しかった。叫んだ知らない言葉と供に、体中から液体が溢れ出して、それと一緒に、何かが、全て、流れ落ちてしまった。記憶と供に、××も△△△も失われていく。××が何であったか、もう思い出せない。


 何だったっけ。何を、して欲しかったんだっけ。……考えるのもかったるい。


『殺せ』


 ああ、命令だ。何も分からない中で、この命令だけはよく分かる。これをただこなしているだけで、無駄なことを考える必要も、それに振り回される必要もない。ぼうっと、ただ無為に時間を潰すことが出来る。

 


「あ、あ……ああ」


 ? 聞こえた。今日の命令は、『全員殺せ』だから、その通りに”殺せ”をやっていた。その最中、突然声がした。そちらを向くと、胴体のが違う”棒”――”人”が立っていた。俺を”見つけて”いた。

 ”殺せ”をしないと。”見つかる”は駄目だ。

 …………だけど、気付けば俺の方が”殺せ”をされていたみたいだ。体から液体――血が飛び出すのが見えた。もう一つ、人がいたのか。


「      」


 何か、言っている。何を言っている? 俺への”殺せ”をやめて、何かをずっと言っている。

 分からない。理解出来ない。聞こえない。聞こえないよ。

 ……聞こえないのに、聞かなければならないような気がした。やらなければいけないことをやめてまで、言わないといけないことなのか。


「      」


 俺の”殺せ”は完了していないはずなのに、その人の目から血が流れている。俺の知っているものとは、色が違う。

 言っていることも、その血も知らない。きっと、これは関わってはいけない。

 別の人が糸を使ってきたから”分かる人”だと思ったけれど、違うようだ。多分、命令はもう出来たから、”分かる人”の所へ行こう。


 いつものように吊り下げられて、いつものように命令をもらった。吊り下げられた後は何故か血が出る。これが出なくなるように治したいのだけど。体が動かなくなった。どうしてだか分からない。やはり、さっき”殺せ”をされたからだろうか。まあ、どうでもいいや。

 動くところだけ動かして、体を治した。


『待ちなさい』


 これも、分かる。この人も”分かる人”だ。だけど、この人のやることはよく分からない。この人の言う”食べる””飲む”をやると、いつもよりも色々考えられる。命令に役立つなら、それでいい。



 急に、体中から力が抜けた。”見つかる”をされた相手を”殺せ”との命令に従った後のことだ。何をしていたか記憶にない。妙なものに邪魔をされた辺りまでは確かに記憶にあるのに。

 ついに、今の記憶すら抜け落ちるようになってしまったのか。


 見上げると、あの時何かを言っていた人が、こちらを見下ろしていた。腕が俺の体を包んでいる。いつも見下ろしてくる”分かる人”と違うのは、俺の体に刃でも糸でもない”腕”と”体”を当ててくるところだった。その腕と体は……何だろう。俺の知っている言葉ではない。だけど、もう良いや、と思えてしまうような、力が抜けるような、そんな何かを感じさせた。

 その何かを感じるこの人の体から、ドクン、ドクン、と、大きな音がする。何の音だろう。

 体に顔を当てて、何の音か聞いてみる。

 聞いていると、ふわりと体が浮いて、立っている時のように地面が遠くなった。勝手に体が移動する。立つために必要な足も、一緒に浮いていた。やはり、この人は、俺が知っているものと違う。分からないけど、×くない人。


「      」


 ”分かる人”の声がした。この人の言葉でも、分からないものは沢山ある。でも、俺に何か言っているのは分かった。黒いものをこちらに向けている。何だろう。

 俺が考えている間に、その人は倒れた。血が出ている。”殺せ”をされたのか。だけど、血が出る場所が違う。細い所じゃない。

 分からないから、考えるのはやめた。

 もう一つの”分かる人”が、さっきの”違う人”と同じように、体を当ててきた。目から色の違う血が出ている。体から音がする。

 ……それは、何? 顔を触られても、×くない。俺がいつも刃を持っている手で、この人は俺の顔を触ってくる。どうして? 分からない。

 この人も、違う。”分かる人”だけど、違う。”違う人”と同じ。力が抜けるような気持ちがする。


「      」


 何か言って、動かなくなった。体からしていた不思議な音が、しなくなった。力が抜ける何かも、感じなくなった。倒れて動かなくなった。

 さっきのは、何? されたことと同じように、俺も顔に触れてみる。何度も何度も触れてみる。


 何も感じない。力が抜ける何かは、力が入るような、思わず手を引っ込めたくなるような何かに変わってしまった。



◇―――◇―――◇



 気が付くと、知らない場所にいた。手も足も動かない。誰かが何か話しているのが聞こえる。


「      」


 俺に話しかけてきた。相変わらず、何を言っているのか分からない。


『食べる』


 聞こえた。”食べる”は分かる。色々考えることが出来るってこと。

 顔に、何か向けられているのが見えた。何かは分からない。これを、食べる? 確か、口を開ければ食べられる。どうやって開けるんだっけ。


「      」


 考えている間に、顔のない何かが何かを言ってきた。何だろう。食べる、よりも、聞くは必要だ。何を言っているのか理解出来ないけど。しようとする。

 突然体が動くようになった。立つために必要な足はまだ動かないから、体だけでも動こうとする。

 一つの人と一つの顔なしが手で体を動けないようにしてきた。食べる、をして欲しいみたいだから、そうしようとした。邪魔をするのは、どうしてだか分からない。


「      」

「      」

『動くな』

「      」


 分かった。

 動くのをやめると、二つも邪魔をするのをやめた。


『食べて』


 ああ、そうだ。口を開けるんだった。

 開けると、何か分からないものを入れられる。これを食べる。何回”食べる”をしても、まだ”食べる”をして欲しいみたいだった。


 目が、段々開かなくなってきた。今は、”違う人たち”の体に触っている訳ではない。のに。

 力が抜ける何かを沢山感じて、目を開けていられなくなる。

 だって、ここは×くない。△しくない。


 このまま”殺せ”をされてしまいたい。そうしたら、きっと。”何か”が何であるのか、動かなくなってしまったあの人に聞ける気がしたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ