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虚偽を謳う獣たち  作者: 弟切 湊
file.1 道具か生命か
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第22話 男の正体

 調査部署内。


 大きな任務を終えた弑流しいなたち署員は、通常の業務に戻っていた。

 弑流の目の前で殺された男や殺した女が何者なのか、とか、虐殺事件を起こした指示役は見つかりそうなのか、とか。まだまだ解明しなければならないことは多いが、人数の少ない調査部では出来ることが限られている。任せるところは他部署に任せて、出来ることだけやっているのだ。

 どんな任務の後であれ、それが平日ならば出勤しなければならない。全員疲れを抱えたまま、時折欠伸をしながら黙々と作業していた。


「やあ、精が出るね」


 そんな仕事部屋に入ってきたのはリチャードだ。彼は手に資料を持ったまま、近くにあった来客用の椅子に座る。


「皆も私も疲れているから、あまりかしこまらなくて結構だよ。ただ、内容だけはちゃんと聞いていてくれ。……さて、先程クローフィ先生から連絡が入ってね。”ドール”は無事一命を取り留めて、今は先生の診療所で眠っているらしい。容態も安定しているとか。私達の任務も晴れて成功というわけだ」

「よ、良かったぁ~。あれだけやって死んじゃったら、本当に何しに行ったか分からないですから」


 シャルルがへなへなと脱力して安堵する。彼の頬には大きめの絆創膏が貼ってあった。

 署内全体もほっとしたような空気が流れる。治療自体は任務終了時から数時間後に終えていたようだが、万が一の容態急変に備えて報告を先延ばしにしていたらしい。今日になって、ようやく安心できる状態になったために連絡してきたとのことだ。おかげで弑流たちは数日気を揉まれる羽目になったが、それも仕方のないことである。


「ということは、彼が目を覚ませば黒幕が分かるのですね。ともすれば捕まえることも」

「そうだね。彼を生きたまま捕らえられたのは、弑流くんが機転を利かせてくれたおかげだよ」

「い、いえ、あれはたまたま、運が良かったといいますか……。皆さんも協力してくださいましたし、そのおかげです」

「それもそうだけれど、まだ入局してから一年も経っていないのにこれだけ貢献してくれた、っていう点は誇っていいと思うよ」

「あ、ありがとうございます」


 笑顔のリチャードに太鼓判を押されて照れくさくなる。通常業務以外では大した成果を上げられなかった彼からすれば、ようやっと功績が残せたことになる。それが嬉しかったのだ。自己満足に過ぎないが、自分が救えなかった村人達の為にも少しでも役に立てたのではないかと思う。

 失敗すれば全てパアな上に大怪我を負いかねない危険な行動だったが、結果オーライということでお咎めはなしだった。

 指示役が分かれば手の打ちようもあるし、もうあんな凄惨な事件を起こさせずに済む。その意味でも十分な成果だ。

 嬉しげな弑流を見て微笑んだリチャードは、ふと真面目な顔になる。


「それとね、国立病院からも連絡があったんだ」


 彼は資料を捲って該当箇所を探すと、そこを見ながら話し出す。

 その内容をまとめると、こうだ。

 女と男の遺体検分は、それぞれクローフィの診療所と国立中央病院で分担して行っていた。リンが遭遇したと報告した女については、式神である確立が高かったためクローフィの管轄とされた。一方、彼女とレノが襲われたことを隠すために、呪術師であることが確定した上でわざと報告されなかった男は、人間と判断されて病院の管轄になったのだ。

 クローフィは”ドール”の治療も行ったため、彼の負担を減らす意味合いもあったが、男が人間であろうということは大きく作用していた。


「そうして病院が男性の遺体検分を行った結果、なんだけどね……」


 淡々と、分かりやすく説明していたリチャードの口調が弱くなる。渋い顔のまま言い淀み、なかなか次を切り出そうとしない。何か良くないことがあったのは明らかだった。

 しばらくは皆黙って聞いていたが、いつまで経っても口を開かない彼に痺れを切らしたレノが聞く。


「”だけど”、何ですか?」

「……男は、遺体は、区長だったんだ」

「…………は?」

「区長だったんだよ。中央区のね」


 部屋の空気が一度固まった。全員が押し黙り、居心地の悪い沈黙が流れた。

 区長と言えば、計画実行前にここを訪れた好青年風の男だ。物腰柔らかで丁寧であり、男が死ぬ前の一瞬で聞いた乱暴な口ぶりとは似ても似つかなかった。


「あ、えっ…………!? なんで区長さんが……? あ! もしかして、計画を滅茶苦茶にした”ドール”に復讐を?」


 とりあえずリチャードの発した言葉の意味を噛み砕いて飲み込んだ弑流は、止まった脳を何とか回転させて疑問の答えを捻り出した。

 中央区を計画都市にするという区長の考えでは、無理をすることなく開発を進めていくということだった。それが、”ドール”によって妨害された上、重要参考人として真っ先に疑われることとなった。恨みに思って殺しに行ったとしても頷ける。弑流たちの計画をどう知ったかは分からないが、それを利用して殺しに行った際に、何らかの理由で殺されてしまったということだろう。

 弑流は脳内でそう結論付けたが、『男を殺した女が、男とほぼ同じ格好をしていた』、つまり『仲間に見えた』ことや、『女と”ドール”は瓜二つで血縁者に見えた』ことはすっかり失念していた。

 納得しかけている弑流と署内の数人を見ながら、リチャードは顔を曇らせる。


「それが、そうじゃないんだ」


 男の遺体には、胸と左足にどす黒い奇妙な紋様があった。左足の紋様は”ドール”の左足にある紋様と一致、そして、胸の紋様は女の遺体の胸にある紋様と一致した。紋様を怪しんだ病院側がクローフィと情報を共有したことでそれが分かったのだ。その後もう一度調べたことで、”ドール”の胸にも男と女と同じ紋様があることも分かった。燐が付けた大きな傷のせいで分かりにくくなっていたらしい。

 そして、クローフィはそこから仮説を立てた。呪術師とその式神は、同じ場所に呪いの刻印が現れるのではないかと。呪術師の遺体は未だ見たことがなく、あくまで仮説の域を出ないが、ほぼほぼ確定だと考えているようだ。


「つまるところ、区長さんは…………」

「ああ、呪術師の可能性が極めて高い、ということだ」

「じゃあ、でも、なんで……」


 彼は自分で自分の計画を歪めるようなことをしたのだろうか。語っていた理想論は全部嘘で、結局のところ、計画を強引に進める気だったということだろうか。


「それは分からないけれど。それの手がかりになりそうなものは手に入ったよ。……ほら、これだ。コピーだから少し画素が荒いけれど、その分雑に扱っても大丈夫だ」


 リチャードが資料の中から取りだしたのは、荒い線で粗雑に描かれた手書きの地図だった。


「これって、中央区……?」


 シャルルが地図を全員が見やすい場所に置いて、覗き込みながら言う。

 それは確かに中央区の地図だった。かなり簡略化されているが、警察局を含む大きな建物が描写されている。これほどの規模の建物がある場所は、他の区だと西区しかない。ただ、西区であれば多少なりとも海や、隣国華宮(かきゅう)との連絡橋が含まれるはずなので、残るは中央区だけだ。

 地図には一カ所、×印が描かれている。


「その×印の場所は、恐らくは呪術師としての区長の拠点だ」

「えっ」

「先生が検分した女性の遺体が持っていたそうだ。すぐさま捜査部の現地調査課を派遣したら、あったのは誰も目に留めないような小さな掘っ立て小屋。でもその実は、地下に広大な空間が広がる秘密のラボのような場所だったと報告が上がった。鋭意捜査中とのことだけど、中はまあ酷い状態だそうでね。ともかく、呪術師の住処ということははっきりしているらしい」

「そう、なんですか……」


 区長があの虐殺事件の指示役であったなら、確かに全ての筋は通る。難しく考える必要などなく、ただ単純に、自分の計画を進めるために邪魔者を排除していたということになるのだから。

 これが一連の事件の犯人であるならば、被疑者死亡にはなるが、もうこれ以上の被害は出ないことになる。それ自体は喜ぶべきところなのに、気分は全く良くない。

 またも静かになった部屋で、リチャードは話を続ける。

 遺体検分の追加情報として、報告書を読み上げる。女は燐の睨んだ通り式神で、死因は心肺停止。腹に銃創があるものの、死因とは一切関係なし。それ以外の外傷も病気もなく、ただ単純に”心臓が停止した”ことによって死んだ。勿論、原因究明のために調べたところ、女の胸に効力の切れた呪いが刻まれていたという。これは男の遺体と一致した紋様のことだ。

 クローフィは女の死因をその胸の呪いだと仮定して、一応の遺体検分を終えた。女の容姿や採血した血液からして”ドール”の血縁者だということも断定でき、恐らくは”ドール”を殺そうとした男から彼を守るために、男を殺したのではないかとしている。後半部分は弑流の証言から仮定したに過ぎないが、”ドール”を慈しむ様子だった女が男を殺した他の理由はなかなか考えづらく、有力な仮説として成り立っている。

 男は顔からも血液からも百パーセント区長だった。死因は心臓を打ち抜かれたことによる即死。それ以外の外傷は倒れた時に付いたであろうかすり傷や打撲くらいだ。

 血液検査の際、微妙に他の血液と成分が違ったことも、区長が呪術師であると睨む理由だという。呪術師の血というサンプルがないため決定打にはなりにくいが、参考程度にはなる。


「女性の置土産おきみやげのおかげで、指示役の本拠地を抑えられた。内情などは目を覚ました”ドール”に聞くとして、これはとても大きな進展だ。複雑な気分だけれど、虐殺事件はもうほとんど解決したと言っても過言ではないよ」


 部屋の中は静かなままであり、誰も何も口を開こうとしなかった。本来なら”ドール”が目を覚ますまで時間を要すはずで、捜査の進展はそれからだと思っていた。それが突然、怒濤のように情報が入り、既に解決にまで運びそうになっているという状況が飲み込めなかったのである。

 署員の息遣いだけが聞こえる部屋で、リチャードの声が響く。


「そこで、新たな任務が来たんだ。何となく分かると思うけれど、現地調査課の手伝いだよ。”ドール”の捕獲作戦でもそうだったように、この件の大半は私達に任せてくれている。だから、今回も直接現場を見て調査して欲しいそうだ。彼らと遭遇した私達にしか分からない事もあるだろうし」


 ぐるりと見渡した彼に対して、ほとんどが神妙な顔で頷いた。表情の分からないレノは無反応で、澪は顔を曇らせているひじりを心配そうに見ていた。

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