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虚偽を謳う獣たち  作者: 弟切 湊
file.1 道具か生命か
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第5話 遭遇

「あわわ……」


後から来たシャルルが死体から目を逸らす。一歩下がった彼と入れ替わるように、クローフィがその傍にしゃがんだ。死体をひっくり返して調べる。


「……うん、頸動脈が見事にすっぱり切られてる。他に目立った外傷はないし、出血多量のショック死だろう。まず間違いなくあの事件の犯人の仕業だね」


淡々と事実を述べた。

その間に手が空いているリチャードたちが近くにある民家を見に行ったが、中では既にもう一つの死体が転がっていて、同じように頸動脈だけが切られていた。家にいたのは男性、クローフィが診ているのが女性のため、恐らく死体はこの家に住んでいた夫婦だろう。


他の住人が心配だ。

ひとまずその場はクローフィとひじりみおに任せ、他の面子めんつは村中を駆け回って生存者を探した。亡くなっている人に時間をかけるより、生きている人を優先的に保護すべきだからだ。

一人でも多く見つけるため、手分けして探す。

万が一犯人と鉢合わせした際は無線で連絡、足止めできるならばしつつ、確保も視野に入れる。無理そうなら自分の身の安全を確保して住民の保護を進める、ということで話を纏め、それぞれ別方向に散開した。危険を伴うため全員武装して来ているし、やむを得ない場合は射殺も認められている。


弑流しいなはそのまま村を突き進むようにまっすぐ進んだ。結局まだ銃は扱えないため、護身用程度のナイフを携帯している。犯人と出会ってしまった場合は逃げの一択になるが、件の犯人が頸動脈しか狙わないのであれば、ナイフでそこを守れば護身くらいは出来るだろう。


「誰かいますか! 無事なら返事をしてください!」


民家を見つけては大声で呼びかけつつ、様子を窺う。大半の民家は先程と同じ状態、つまり外で息絶えている者と中で息絶えている者が見つかっただけだった。声をかけるまでもなく手遅れだった。

彼が初任務で見つけた死体に比べれば、グロテスクさは低い方だ。血が大量に流れているだけで、死体も小綺麗である。

しかし、何の罪もないであろう人々が訳も分からず殺されている様は、弑流の精神に多大な打撃を与え、心を少しずつ蝕み、彼に吐き気をもよおさせていた。

どこまで行っても、何処を見ても死体、死体、死体。

生存者は影も形も見えなかった。


「誰も、いないんですか……?」


もはや声を出す気力も失せて、泣きそうになりながら今の民家を出る。次の民家も同じ惨状なのかもしれない、と半ば諦めを感じながら、道の角を曲がった時。


「あ……」


そこに立っている人を見つけた。裸足だったため民家から逃げてきた生存者なのではないかと考え、一瞬、生存者をようやく見つけたと歓喜しそうになるのも束の間、


「…………え?」


その人間の足下に、別の人間が倒れていることに気付いた。

こちらに顔を向け、目を見開いて仰向けに倒れている人間は、まだ小さく痙攣していた。その、死体になりつつある人間の顔は、弑流が一度見たことのあるものだった。

それは、彼が初めて助けた人間であり、連絡先を教えた人間であり、この惨状を通報してきた人間であった。


「あ、あ……ああ」


顔面蒼白でガクガクと震えながら立ち尽くしている彼へと、立っている人がゆっくりと振り返る。

ぞッ、と弑流の背筋に寒気が走った。


それは、”人”というより”人形”の様だった。非の打ち所がないほど完璧に整っている顔には何の感情もなく、その所々に返り血が飛び散っている。黒く長い前髪が顔の右側を完全に隠し、隠れていない左側には無機質な銀の瞳が無感情に瞬いていた。

丈の足りない質素な着物は他人の血で濡れてどす黒く染まっており、その裾から出ている手足は骨と皮しかない。骨張った右手には血みどろの小刀が握られ、刃先から滴る血液が足下の人間の服を汚していた。

骨が浮いた手足や胸元には継ぎ接ぎのような大量の縫い跡があり、何度も繕われた人形というイメージが強くなる。その中で唯一綺麗な顔だけが浮いて見えた。小刀ではなく鎌を持っていれば、死神に見えたかもしれない。


膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、無線で連絡を入れようと無線機に手を伸ばす。

そして、


「……!?」


それに触れるか触れないかで、目の前に人形の様な顔が迫っていた。


「くっ……!」


咄嗟にナイフを自分の首筋に持っていくと、キィン……ッ、と金属と金属がぶつかる高い音が響いて、相手が一歩下がる。

相手は無言で手元の小刀と弑流のナイフを見てしばらく静止し、すぐに表情を変えないまま軽やかに飛び上がると、今度は手足を狙ってきた。重い攻撃ではないが、気を抜くと一撃でやられそうな的確で正確な攻撃に、無線機を使う余裕がない。防ぐので精一杯だ。

このままではジリ貧のまま、戦闘経験の薄い弑流が押され、いずれ殺されるだろう。

打開策を探そうにも、その余裕もない。


(こんなのどうしたら……!)


弑流の脳もキャパオーバー気味で考えが浮かばない。精神的に限界に近いのもあり、ふと足下がふらついた。


「あっ」


その視線の先で、自分の首に向かって振り下ろされる小刀が、スローモーションのようにはっきり映った。リンに攻撃されたときは死の恐怖から目を瞑ったが、今はそんな暇もなかった。ただ眺めることしか出来ず、小刀の軌跡を目で追う。

殺意も何も感じられない事務的な攻撃が、弑流の首を切り裂くか否かといった時。

突然柔らかな風が起こり、ふっと影が差した。見上げると、爛々と輝く青目の少女が、人形の様な顔の右側、弑流から見て左側から斬りかかろうとしていた。燐が振った刃は、一泊遅れて振り返った相手の肩口に当たり、そのままその体を袈裟切りのように切り裂いた。

生温なまあたたかい血液が、びゅッと弑流の顔に降りかかる。


「うわっ」


弑流が顔を押さえて数歩下がる間に、相手も燐から距離を取った。着物ごと切り裂かれた体からは新鮮な血が滴り、どす黒く染まった着物を明るい赤に塗り替えていく。

……しかし、相手は痛がる様子も見せなかった。ただ立ち止まって、燐のことを無表情で観察した。


「も、もしもし皆さん? 聞こえますか、犯人を見つけました……! ただ、生存者は確認出来ず。応答願います」

『こちらシャルル、すぐ向かいます! こちらは生存者見つけました!』

『僕も行く。生存者ゼロ』

『リチャードもすぐ行くよ。生存者は三人』

『聖、です。生存者には村の入り口へ向かうよう指示してください。そちらには、澪に、応援に行ってもらいます』

「ありがとうございます!」


慌てて連絡した無線機から聞こえてきた返答に安堵を覚えながら、弑流は体勢を立て直して相手を見据えた。相手はまだそこに立っていた。何か考えているのか、はたまたただ立っているだけなのか、表情だけでは全く分からなかった。

燐は自分の攻撃が入ったことに驚いているらしく、相手を警戒してその場から動かない。

膠着状態の中、こちらも犯人をまじまじと観察する。骨の様に痩せ細った体、その体を這い回る縫い跡、マネキンの様な顔、何が映っているか分からない銀眼、止めどなく溢れる血で染まっていく着物。変わらない表情。

見れば見るほど奇妙で不気味な出で立ちだった。


ふと、その左足首に、燐の首筋にあるものと似たような文様があることに気付いた。


「もしかして、式神?」

「……ああ、その可能性が高いだろうな」


呟いた言葉に、燐が返答する。


「なあ、あんた。何の為に人間殺してるんだ? 命令か?」


彼女は少し声を大きくして、相手に質問を投げかけた。相手は、


「…………」


先程からピクリとも動かず、彼女の顔を眺めていた。こちらの言葉が聞こえているのかも不明だ。


「どうしてこんなことを? 彼らが殺される理由なんて、一つもないのに!」


何の反応もない犯人に向けて、弑流が声を荒げる。

娘に良い玩具を買ってあげたいと苦労していた男。良いものが買えたと喜んでいた、あの声が耳から離れない。死体となった、今の顔が脳に焼き付いて離れない。


間に合わなかった。


その事実が、ようやく弑流の脳髄に染みこんでいく。

自分たちがもっと速く到着していれば、もっと多くの人を助けられたかもしれない。彼も死なずに済んだだろう。……娘はどうなったか分からないが。こうなっては死んでいる方が幸せかもしれない。

彼らを助けられなかった自分を恨みつつ、目の前の凶悪犯を憎まずにはいられない。

何故、こんな惨いことが出来るのか。

何故、何も感じないのか。


弑流が涙を零しながら睨み付けても、相手の表情が変わることはなかった。

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