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虚偽を謳う獣たち  作者: 弟切 湊
file.1 道具か生命か
32/105

第3話 闖入者

結局そのままリンと二,三言話しながら午後を迎え、昼休憩を取っていた時。

今朝動物が死んでいた現場に赴いていた二人が帰ってきた。いつもどこか気の抜けた二人だが、こればかりは二人とも疲れた様子で沈んだ顔をしていた。


「お疲れ様です」


弑流しいなは仕事部屋に設置してある珈琲サーバーから珈琲を汲んで、それぞれの仕事机に置く。


「ありがとうございます」

「……いらない」


シャルルは少しだけ頬を緩ませて受け取ってくれたが、レノは一瞥しただけで顔を背けてしまった。


「すみません、レノのやつ、現場見て気分悪くなっちゃったみたいで」

「……あ、そうですよね。すみません、気が利かなくて。シャルルさんも無理はしないでください。あれでしたら自分が飲みますから」


気を利かせたつもりが逆効果だった、などということは良くある。いちいち気にしていても仕方ないのだが、今朝遅刻した、というネガティブ要素が入っているせいか、弑流は一層申し訳ない気持ちになった。

以前の話が本当だとすると、死んだ動物の死体は傷口が腐敗しているとのことだ。そんなものを朝っぱらから見て、もしかしたら処理までしたかもしれないというのに気分が良いわけがない。そこに、下手したら気分を悪化させかねない珈琲を置くとは気が利かないにも程がある。

弑流は自分が遺体を見つけた時のことを思い出し、何故そこまで気が回らなかったのかと落胆した。


「いえいえ、気持ちだけでも嬉しいですし、俺は飲めますからいただきますよ」


シャルルは彼のそんな様子を見て、慰めるように一杯飲んでみせた。

そして、そんな彼の気遣いは、


「皆ぁ、元気〜?」

「ゲッホ!? ごほっごほ!」


突然部屋に現れた変態医者クローフィによって台無しとなった。


「シャルルうるさい」

「だって、ゲホ、びっくり、ごほ、したんだもん……」


激しくせながら机にこぼした珈琲を拭くシャルルから、レノは迷惑そうに顔を背ける。


「燐ちゃん、弑流くん、レノくん調子はどう?」

「ごほっ……え? 俺は?」


現状では一番健康的に問題がありそうなシャルルは、クローフィから綺麗に自分だけ声をかけられなかったことに当然疑問符を浮かべるが、


「君はほら、平凡だから」

「そんなぁ……」


平凡だから、つまりは“平凡な血だから”という理由で放っておかれた。

何故かは全く分からないが踏んだり蹴ったりなシャルルに、弑流は憐れみの視線を向ける。もしかしたら星座占いが最下位だったとかかもしれない。


「シャルルさん、お菓子ありますからどうぞ……」

「うっ、ありがとうございます……」


彼は弑流が渡したスナック菓子をしょんぼりと貪り始める。彼の心情とは裏腹に、菓子はサクサクと小気味良い音を立てた。


「そういえば、クローフィ先生はどういったご要件でここへ?」


小さくなってちまちまと菓子を咀嚼するシャルルを見ながら、弑流が質問する。


「ああ、念のため定期検診にね。みおくん――……はいないみたいだから、燐ちゃんからかな」

「……何する気だ?」

「やだなあ、そんなに警戒しないでよ。ほら、足見せて。絶対問題ないと思うけど、一応ね」

「…………」


燐は眉間に皺を寄せつつ、言われたとおりに足を出す。彼女は靴下を嫌うため、いつも素足にサンダルであり、そのおかげで足首はすぐ出せた。クローフィはしゃがんで足首をそっと掴むと、異常がないか確認する。そこには傷痕が残っていたが、機能には全く問題はなかった。

太腿の方は傷痕すら薄れているくらいだ。

それを見て、クローフィも満足そうに頷く。


「うんうん、やっぱり大丈夫だね」


燐は当たり前だとばかりに足を引いて、サンダルを履き直した。そんな燐に、クローフィはすちゃっと注射器を取り出して言う。


「念の為に採血してもいい?」

「…………」


キラキラと目を輝かせてそんなことをのたまう彼に、燐は黙って腕を差し出した。ため息を吐きながらも口答えしないのは、しても無駄だからだろう。もしくは、より厄介なことになりかねないからかもしれない。

歯止め役のレヴァンが何故かいないため、断った際に彼をなだめる人がいないのだ。


「やったー! 燐ちゃん大好き!」


年甲斐もなく大喜びのクローフィと反比例して、仕事部屋の空気はどんどん落ち込んでいく。


「弑流くんもどう? ね? どう?」


燐の血を手に入れて満足するかと思いきや、今度は弑流ににじり寄る。


「え、いやっあの……、自分は関係ないような……」

「澪くんが来るまで暇だもの。そこに良い血があれば採血、鉄則でしょ?」

「そんな鉄則初めて聞きました……」

「いいからいいから」

「良くないです……」


必死の抵抗にも関わらず、どんどんと距離を詰めてくるクローフィ。その様子を見たレノは素早く携帯を取り出し、どこかにかけた。


「……もしもし、ひじり? ……うん……うん。いやいい。そんな仕事捨ててさっさと澪連れてきて。……は? 知らないよそんなの。変態が探しててこっちにまで被害出てるの。じゃ、そういうことだからよろしく」


かけ終わるや否や、ちょっと休憩、と言い残して休憩室に逃げていった。


「あ、レノさん! ずるいです!」


弑流の叫びも虚しく仕事部屋の扉はバタンと閉じ、同時にサクッと弑流の腕に注射器が刺さった。


「ああ……」


今度はシャルルの方から弑流へ、憐れみの視線が送られる。彼は先程とは逆に、自分が平凡な血で良かったと一人安堵していた。


可哀想な犠牲者から採血した血が入っている注射器を専用の入れ物にしまい、休憩室へ逃げたレノを追うために仕事部屋の戸を開けた変態を止める者は誰もいなかったが、ちょうど外から戸を開けようとしていた聖とかち合ったことで強制的に足止めとなった。

レノに急かされて慌てて駆けつけたせいか息が荒い。


「あっ、先生。……澪にどのようなご用で……」


肩で息をしながら聞こうとした聖を遮って、澪が二人の間に割り込んだ。聖を自分の後ろに庇うように隠す。

冷たいアイスブルーの瞳に険を込めてクローフィを睨み付けながら、敵意剥き出しの声を上げた。


義父とうさんの仕事の邪魔すんな、この変態×××野郎が!」


綺麗な顔からは想像出来ないような、侮蔑を含んだ暴言が飛び出す。


(!!?)


普段無視されていて彼と会話したことがないため、あまりのことに呆気に取られた弑流とは違い、クローフィは楽しげに、


「こらこら、そんな言葉使わないで。綺麗な顔が台無しだよ?」

「うっせぇ××!」

「あんまりそういうことしてると、聖くんの教育が良くないと思われちゃうけどいいのかい」

「…………ッ」


一言で澪を黙らせた。ギリギリと奥歯を噛み締めて悔しげな彼を、聖が後ろからよしよしと宥める。シャルルが人懐こい大型犬だとすると、澪は聖専用の凶暴な番犬といった感じだった。


「今日は定期検診とかこつけて、燐ちゃんと澪くんの血液をせしめに来たんだ」


(やっぱそうなんだ……)


聖に対する返答を、もう隠す気ゼロの発言でにこやかにすると、


「はい、腕出して」


問答無用で採血を迫る。


「何で血ぃ取られなきゃならねぇんだ。怪我も何もしてねぇよ、××」


全くもってその通りのことを、澪も負けじと言い返す。蚊帳の外になった聖がどうしたものかとおろおろしている。


「シャルルさん、澪さんって意外と言葉使い荒いんですね」

「ああ、澪さんは境遇が関係しているんです。環境のせいで身についてしまった言葉使いですから、直すのになかなか時間が掛かるみたいで」

「そうなんですね……」

「僕より言葉使いなってない奴もいるんだな。……別に嫌味ではない」


採血対象外のシャルルと、もう終わった弑流たちは色素が薄い者同士の押し問答を眺めながら暢気に会話を始めた。

他愛もないことを話しつつチラチラと様子を探る。

問答はしばらく続き、このままでは一向に平行線のままでいつまでもクローフィが帰らないと考えた聖が、澪を説得することで終わった。義父親ちちおやに言われて渋々と出された古傷だらけの腕に、クローフィは嬉しそうに注射針を刺す。

問答の長さが嘘のように採血は一瞬で終わり、ご機嫌な彼はレノのことを忘れて帰って行った。


クローフィが帰るまでの間、弑流の元には着信が入り、今朝助けた相手から『娘への良い玩具が買えた。帰り道は分かった。助かった。また何かあればよろしく』という旨の電話を貰った。


聖は憤慨する澪を慰めるために二人で何処かへ行き、彼らの仕事はレノが引き受けた。

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