第1話 人形
その人形は、小さな家の一室の、中央付近に立っていた。それは“人型で感情を持たない、持ち主の命令を聞くもの”であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
“それ”の足元には、首を裂かれた死体が転がっている。
まだ微かに痙攣している新鮮な死体は、つい先程人形が自分の手で殺したものだった。
ざっくりと切られた首周辺から血の海が広がり、死体の体を血色に染めていく。この人間を殺した人形と得物の小刀は、それから吹き出した返り血でとうに染まっていた。
「………………」
人形は死体が完璧に生命活動を終えるまで、ただ静かにそれを眺める。“それ”のその行動に、感慨も感情も感動もない。
――何かの間違いで死体だと思っていたものが生きていたら、二度手間になってしまう。
それだけの理由で、人形は“ただ見る”ということをしていた。
やがて死体は痙攣すらしなくなった。瞳孔も開き切り、確実に死んだということを人形に知らせる。
人間だったものが肉の塊になるまで見届けた人形は、プログラムされたような、機械的で無駄のない動作で小刀を持ち上げ、自分が纏う衣服で血がベッタリと付いた刃を綺麗に拭き上げた。
数回拭くことによって銀色を取り戻した小刀を懐の内側に縫い付けてある鞘に収める。
もう目下の死体には目もくれず、身を翻して家を出た。
夜の帳が降りた世界に紛れるように、人形は持ち主の元へと帰る。持ち主は、命令を遂行した人形に新たな命令を課すだろうが、人形にはそのことも、その内容についてもどうでもいい事だった。それはそこまで考える思考力を持ち合わせていなかったし、必要なかった。
命令を聞き、遂行し、また命令を聞く。それの繰り返し。
人形は今回もまた、それを繰り返しただけだった。




