幕間
月と星々の明かりしかない丘の上に、二人分の人間の影があった。
一つは木から生えた太い枝の上に座り、もう一つはその木の根元に立ち、それぞれ同じように幹に寄りかかっていた。互いに背を向けた状態であり、顔は別々の方を向いていた。
「……計画は順調か?」
木の上から声がした。尖った男の声だ。
「ええ、おかげ様で」
木の下から声が答える。こちらも男の声だったが、先の男より柔らかく、柔和そうに聞こえた。
「あんな計画で上手くいくとは意外だな」
嘲笑が降ってきたことを気にもとめず、淡々と言葉を返す。
「運が良かったんですよ。それと、あなたの活躍も素晴らしかったですし」
「…………チッ。手前に良いように使われるのは癪に障るってのに」
「偶には良いでしょう? “アレ”よりはマシだと自負していますが」
「手前で使ってる式神の仙術も把握出来ないやつに比べたら誰だってマシだろうよ」
クスクスと笑う樹下の男に、樹上の男は苦々しげに答える。彼の渋い評価に、樹下の男は不満げだ。
「あなたの能力をちゃんと見抜いたところは評価して欲しいのですけど」
「…………。だから従ってるんだろうが。呪いで縛られてもねぇのによ」
「それはだって、呪いを上書きしたことがアレに知れたら、あなたの大事なあの子が危険に晒されるからだと言ってたじゃないですか」
樹上の男は一度黙る。
「…………俺には手前の計画に手を貸す必要がねぇ。今すぐにでも手前の首をへし折れば殺せる。……それでも貸してるのは手前の思想に賛同したからだ。俺が不甲斐なかったせいであの子は酷い有様で、二度と元には戻せない。だから手前んとこの“その子”には真っ当でいて欲しい、ってな」
「…………」
「で、呪いもなしに手前の犬になってやったわけだ。あの無能と違って見る目もあるしな」
「それは光栄です。正確には猫ですけどね」
「めんどくせぇ奴……」
樹下の男が冗談めかして言った言葉に、樹上の男は忌々しそうに舌打ちをした。
「短気ですね」
「……うるせえ」
「まあ、何はともあれこれからもよろしく、です。こちらも手を貸しますから何かあれば呼んでくだされば」
「気が向いたらな」
「ええ。気が向いた時にでも」
二人の会話が終わるや否や、男が居た木の上から一羽のカラスが飛び立った。男が座っていた木の枝には、今は誰もいない。
樹下の男も木から離れ、何処かへ歩を進めながら呟いた。
「さて、私の“あの子”はどこに行ってしまったんでしょうねぇ……」




