第17話 安堵と不安
呪術師の家から帰ってきた弑流とシャルルとレノと聖は、報告の為に仕事部屋に入った。リチャードのいる部長室に直接行っても良いのだが、四人であの部屋に入ると部屋の大きさ的に圧迫感が強くなってしまうため、この部屋に来て貰うことになっている。
彼らが部屋に入るなり緩やかな風が起こり、弑流の横を何かがすり抜けた。
「?」
疑問符を浮かべた彼が振り返ると、どこからともなく飛び出してきた澪が聖へと飛びつき、彼を床へと押し倒していた。聖の悲鳴と彼の体が地面にぶつかる鈍い音が響く。
呆気に取られる弑流をよそに、レノとシャルルは慣れた様子で無視して自分の席へと戻った。シャルルは内線でリチャードを呼び出す。一方弑流は、彼らと足下の聖を交互に見てどうしたら良いか分からずに立ち尽くしていた。
とりあえず聖が怪我をしていないか確認しようと見下ろすと、見下ろした先から高めの澄んだ声が聞こえてきた。
「義父さん、何で僕を連れて行ってくれなかったんだ?」
弑流は初めて耳にする、澪の声だった。悲しそうな、それでいて非難しているような声色だ。澪の下敷きになっている聖は、抱き付かれた反動で打ってしまい、しかし大事はなく脳細胞が数万個死んだだけの頭を擦りながら困ったような顔をした。
「……すまない、レノさんに運転手を頼まれて。おまえを連れていく程の事はないと思ったし、座席も四つしかなかったから」
「あの茶髪の奴に聞いたけど、呪術師の家に行ったんだろ。そんな危険なところに一人で行くなんて。もし怪我でもしたらどうするんだ? 最悪死んでしまったら? 僕はどうしたら良いんだ?」
澪は弑流に見せた冷たい顔とは打って変わって切羽詰まった表情で矢継ぎ早に言った。身長はあるものの、こうして見ると小さな子供の様だった。
聖は上体を起こすと目尻を下げて澪の頭を胸に抱き、その絹糸のような白髪をそっと撫でた。それは先程までの遠慮がちな男ではなく、慈愛に満ちた父親そのもので、
「大丈夫さ」
そう言う声も力強かった。
「なあ澪、あの時だって俺はちゃんと戦って、おまえを助けてあげられた。もし太刀打ちできない相手でも、その時は逃げれば良い。おまえを置いて勝手に死んだりはしない」
端で聞いている弑流には何の話か全く分からなかったが、その話を聞いて澪がむくれながら黙ったのを見て二人にとって重要な話なのだろうと思った。澪はまだ不満そうだったがそれ以上何か言うことはせず、聖の胸の中から離れた。澪が退いたので聖が立ち上がり、澪も立ち上がる。
「義父さん仕事終わった?」
「え? ええっと…………」
聖がシャルルとレノを見て、レノが顎でドアの方を指し示す。”残りは良いから早く行け”――そんな意味だった。
「……ああ、終わった」
「じゃあ一緒に行きたいところがあるから行こう」
「ん? 何処に行きたいんだ?」
「それは――」
レノに小さく会釈すると、聖は澪との会話に専念して、そのまま部屋を出て行った。部屋が急に静かになる。弑流は終始よく分からないまま、自分の机に座る。机の位置はシャルル、弑流、レノの順で、弑流が早く打ち解けられるようにとシャルルとリチャードが移動させた場所だった。
「あのお二人は、いつもあんな感じなんですか?」
澪は親子とはいえ義理の父である聖に懐いている、いや、懐きすぎている感じが弑流としては不思議だった。他の人には口も利かない辺り、聖にしか懐いていないのだろうが、そうさせる何かが二人の間であったのだろうか。
「そうですね……大体あんな感じです。澪さんの我が儘には聖さんしか応えられないので、時たまこうして俺たちが仕事を請け負っているんですよ」
「おかげで僕たちに仕事偏るから本当は嫌だけど」
「レノはこう言うけど、さっきみたいにレノ自ら仕事を貰うこともあるんですよ。面倒くさがりなくせに珍しいですよね~」
「レノさんはやっぱり良い人なんですね」
「…………うるさい」
弑流はツンデレ気質のあるレノに対して勝手に好感度を上げる。
「過去にあのお二人の間に何かあったのですか? ……本当は直接聞くべきなのでしょうけど、何となく憚られて」
「うん……あったね。俺たちも関わりましたし。それによって聖さんと澪さんの仲を引き裂いてしまったから、今でも澪さんには恨まれていると思います。でも詳しいことはやっぱり本人に聞いた方がいいかもですね。もちろん、打ち解けてきたらですけど」
「…………簡単に言うと、あいつらは虐待児童とその救助者の関係。だから澪にとっては信用出来る人間が聖しかいないってこと。僕が言えるのはこれだけ」
弑流の質問には二人ともそれぞれの答えをくれた。どちらも勝手に他人の事情を話そうとはしなかった。”デリケートな他人の事情を知りたいなら自分で聞け”ということだ。
シャルルの言っている”仲を引き裂いた”の意味は分からなかったが、レノの発言から澪の態度と首の傷跡の原因は理解出来たため、弑流はひとまず満足してその他の事情は追々知っていけばいいだろうと結論付けた。
会話を終えてしばしの静寂が訪れた後、仕事部屋にリチャードが入ってきた。シャルルとレノに促されて、弑流が現状報告をする。
「うん、大体分かったよ。捜査ご苦労様。得られた情報は少ないけれど、呪術師の家を抑えられたのは成果として十分だ。初任務達成おめでとう」
リチャードが優しく微笑んで言った言葉をしっかりと受け止める。弑流にとっては警察局員になってから初めて任務を達成した訳で、ようやっと一歩を踏み出せたという安堵感が強かった。
危険を伴う任務ばかりではないだろうから、先にこういうことをやっておくと後々それ以下の任務はやりやすくなる。猫探しで局の雰囲気に慣れ、成長と供に難易度を上げていくのも良いが、新入局員の独り立ちが早いのは圧倒的にこちらだろう。
「そういえば、お二人は今どんな任務をされているんですか?」
ふと気になって尋ねてみる。今後の任務の参考になるかもしれない。
「あー、俺たちは今二人で一つの任務を担当しているんですよ。…………その、弑流さんは動物好きですか?」
「あ、はい、好きですけど……」
「だったらあんまり気持ちの良い内容じゃないですけど、聞きますか?」
動物好きにとって気持ちの良い内容ではないとすれば、動物虐待や捨て犬捨て猫問題だろうか。
「……聞かせてください」
「分かりました。あのですね、まず警察局の裏手に山があるんですよ。広いけどそれほど高くない山が。…………そこでよく、動物の惨殺死体が見つかるんです。それこそ原型を留めていないものから見てくれだけは綺麗なものまで幅広く」
「…………そんな」
「酷いでしょう? でも、動物だからずっと後回しにされて、全然捜査されなかったんです。だから俺たちが引き受けることに」
「犯人はやっぱり同じ人なんでしょうか?」
「そうだと思いますよ。殺し方が普通じゃありませんし、あんなことが出来る人が何人もいたら大変ですから。それに死体には共通点があって、全部刃物か何かで刺されているんですけど、その刺された部分一帯が腐敗しているんです。死体自体が新しいものでも古いものでも、何故かその周辺だけは皆同じように腐ってます。…………俺は犯人が刃物に何か塗っているんじゃないかって睨んでるんですけどね」
「だとしたら、相当殺意が高いんでしょうね……」
「はい。恨みを持っている人か、あまり考えたくありませんけどそういう趣味の人かもしれません。レノと一緒に調べているのは単に人手が足りないからですね。こいつすっごく嫌がるので連れていくの大変ですけど」
「僕が動物無理だって言ってんのに勝手にチームに加えるからだろ」
「レノさんは動物苦手なんですか?」
「苦手じゃなくて嫌い。視界に入るだけで無理。特に犬系と鳥系。式神だって正直僕の前では現し身取らないで欲しい」
「俺はグロテスク無理なのに頑張って仕事してるっていうのに」
「お前が引き受けたんだろうが」
「だって誰も捜査しないんだもん」
途中から二人で喋りだした彼らの会話を聞きながら、ちょっとした不安を感じていた。どこか緊張感の薄い二人でも想像を超えた任務を担当している事実に、やはりこの世界は甘くないと痛感させられる。
ここまでの任務はまだまだ課されないとしても、果たして上手くやっていけるのか。先程得た安堵感を不安が塗りつぶしていくのを感じながら、弑流は今日の事務仕事に手を付けるのだった。




