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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハロウィンの奇跡

作者: Sillver@司書P

「カンパーイ!!」

「今日もお疲れ様ー!」

「まあ、今日は無礼講だ。大いに飲め!」

「いや、ゆーて若干一名は常日頃飲んでますよ?」

「おまっ、それを言うか!?」

「おやおや~?飲んでないとでも言うのですかな~?」

「……俺が悪かった」

「まーまー」


 とても騒がしく、賑やかな声に僕は意識を取り戻す。見覚えのない景色に混乱して辺りを見回した。どうやら、僕は見知らぬ墓場に立っているようで、笑い声は墓場から少し離れた広場から聞こえて来るようだ。僕は自分の服装をざっと確認した。ズボン、シャツにコート、マフラー。特に無くなっているものはなかった。ただ、少しの違和感を覚えた。しばらく考えても分からず、どうしたものかと考えた。


「あー!それ私が狙ってたのに!」

「早い者勝ちだろ!!」

「こらこら。まだ沢山あるから」

「そうは言ってもー」


 遠くには、立派な城らしきものが見えている。ひとまず、この場から離れようと広場から逆に歩き出した。広場にいる人物たちは楽しげにお酒を飲んでいるのが声からわかり、それを邪魔したくない。

 しかし、僕の思いは崩れてしまった。今まさに歩いて行こうとした方向から来た人物によって。


「おやおや~?これは珍しいお客様ですね。こんなところに1人でどうしたのですか?」


 その人物は、右手ににランタンを持ち、左手にパペットマペットを持っていた。僕が驚いて何も言えず口をぱくぱくさせていると、視線からパペットマペットに驚いていることに気が付いた人物が口を開いた。


「ああなるほど。パペットマペットに驚いているんですね。すみません。私はりりーらと申します。今日は我らが1年で1番楽しく騒げる日、ハロウィンなのですよ。それでこんな格好をしています」

「なるほど。僕は……」

「お名前は後ほどで大丈夫ですよ。他にも仲間がいるんです。あちらでパーティーをしてまして。そちらでお聞きしますよ。すっかり遅れてしまっていますし」


 パペットマペットの説明をしつつ、そのひとはりりーらと名乗った。口はほとんど動かさずしゃべるときはパペットマペットを動かしていて、まるでパペットマペットが本体のような不思議な人だ。僕も名乗ろうとしたけれど、止められた上にりりーらさんの仲間たちのハロウィンパーティーに参加する事になってしまった。

 それが、僕と魔王軍の出会いだった。


「あー!りりーらさんやっと来たー!待ってたよー!」

「おや、それはすみません。れいりさん」


 そう明るくはしゃいだ声を僕らにかけてきたのはピンクの髪をしたとても可愛らしい女性だった。りりーらさんとは違って、悪魔のコスプレをしている。ただ、少し肩とかを出している服を着ているので、何だか少し寒そうだと思った。


「仕方ないよ、れいりちゃん。りりーらさんはお仕事してたんだから」


 れいりちゃんと呼ばれた女性にまた別の女性が声をかけた。長いエルフのような耳があり、長く淡い水色の髪と眼鏡が特徴的だ。


「おー、先に飲んでるぞー」

「夢さんはいつも飲んでますよねー」

「いいだろー?酒は美味いんだから。特に、れいりやひろ吉、ここ居るメンバーとだとなお美味いし」


 今度は男性が声をかけた。猫耳としっぽを付けた背の高い人は夢さん、低い人(といっても、平均よりは高い)はひろ吉さんというらしい。後に分かった事だが、夢さんは夢をみたという名前だった。

 ひろ吉さんはれいりさんと同じく悪魔のコスプレをしている。


「あんまり飲みすぎるとまた司書様と魔王様に怒られますよー?」


 りりーらさんも楽しげにパペットマペットを動かしながらテーブルに着きそういった。


「それで、そのお客人は?」


 まだ口を開いていなかった男性がりりーらさんに話しかけた。その男性は赤い瞳に赤いツノのコスプレだ。


「魔王様、この方はそこの墓場に1人でぽつんと立っていたんです。この、我らが一番楽しく騒げる日に1人でいるなんてさみしいですし」


 りりーらさんは僕を手招きしながらツノのコスプレをした男性に答えた。どうやら、その人が「魔王様」らしい。随分と本格的なハロウィンパーティーだ。僕が躊躇していると、魔王様が声をかけてきた。


「そうだなあ。ハロウィンの日に1人とは。ツイてなかったな、お客人。俺は魔王、迫力虎。この場に居るのは俺が率いる魔王軍のメンバーだ。なつくんの隣が空いているから座るといい」

「やほー。さ、僕の隣にどうぞどうぞ~」

「あ、ありがとうございます」


 迫力虎さんは僕が座ったのを確認してから次々にメンバーを紹介してくれた。

まだ名前の分からなかった髪の長い女性はシルバーさんと言い、なつさんは八重歯にマントという姿だ。


【司書】シルバー

【猫又】夢をみた

【鬼火】りりーら

【サキュバス】れいり

【悪魔】ひろ吉

【吸血鬼】72(なつ)


 そして、それらを纏める【魔王】迫力虎。僕はとても失礼ながら厨二病な集団だと思った。反面、とても楽しそうな集団だとも。僕は迎え入れてくれた皆さんに名乗ろうとした。すると、ひろ吉さんは信じられない事を言った。


「名乗るのはきっと無理だと思いますよ。よーく思い出そうとしてもね」

「そんなはずありませんよ?だって僕の名前は……。あれ?お、おかしいな?あれ?どうして……」


 信じられない事に、僕は思い出せなかった。自分の名前どころか、今までどう生きてきたのかすら。思い出そうとすると、鋭く頭が痛んだ。

 痛みに歪んだ僕の顔を見て、れいりさんが優しく声をかけてくれた。


「大丈夫だよ。私たちとパーティーをしていればそのうちどうするべきかもちゃんと分かるから」


 自分の事が何も分からず、食べる気分じゃなかったのに、遠慮なんかも抱いていたのにれいりさんの顔を見ていたら何故かそのまま勧められるままパーティーのご馳走を食べていた。

 ご馳走はハロウィンらしいものに彩られていた。


「あっ、おまっ、シルバー!!それ俺の狙ってたパンプキンパイ!!」

「ふんっ!!さっきの仕返しですよーっだ!!食べ物の恨みは恐ろしいんだからね!!」

「そんな事をするならお前の前でアップルパイ食ってやる!」

「まおーさまー!!ゆーさんがいじめるー!!」


 シルバーさんと夢をみたさんはパンプキンパイを取り合っていた。どうやら、シルバーさんは最初にお目当てのものを食べられていたらしい。確かに、それは仕返しもしたくなる。僕なら確実に恨む。


「よくやったね♪しーちゃん」

「ふふん、でしょう?もっと褒めて~れーちゃん♪」


 そして、れいりさんが褒めている。なんなら、めっちゃシルバーさんの頭を撫でている。シルバーさんはそれを夢をみたさんに羨ましいだろうという顔で見せつけている。とってもカオスだ。


「……喧嘩せずに食べなよ。はぁー、ひろ吉くん、このお肉食べる?」

「いただきます!」


 迫力虎さんは呆れたように二人を宥めつつ、ひろ吉さんにお肉を勧めていた。かぼちゃで豚肉を挟んで揚げたもののようだ。ひろ吉さんは迫力虎さんが取り分けた肉に勢いよくかぶりつくとそのまま幸せそうに食べ始めた。かかっていたソースが口の端に付いていても気付いていない。


「ひろ吉くんは素直で可愛いなぁ。流石は僕らの天使」

「いや、天使じゃないっすよ!?」

「あー、分かる気がします」


 何となく、迫力虎さんが天使と言いたくなる気持ちもわからなくもなかった。なんというか、可愛らしく純粋な雰囲気から悪魔よりも天使といった風情なのだ。


「お客さんもどんどん食べてね」

「このポテトグラタンも絶品だよ!!」


 ひろ吉さんは僕にオニオンスープを勧めてくれた。お礼を言って飲んでみるととても美味しかった。玉ねぎ本来の甘みとコンソメがよく合っていた。なつさんお勧めのポテトグラタンは熱々で、じゃがいももとてもホクホクだった。

 デザートには定番のパンプキンパイから何故か昔懐かしいペロペロキャンディまであった。りりーらさんは3切れ分はあるだろうというパンプキンパイを僕に渡して言った。


「甘いモノはお嫌いですか?」


 ひとしきり、パーティーを楽しんだ僕はずっと気になっていた事を尋ねることにした。


「あの、すっかりパーティーに夢中になって忘れてしまっていたんですが、ここはどこですか?」


 ようやく、僕は意識を取り戻してから気になっていたここはどこかという質問をする事に成功する。ここの広場や墓場、遠くに見える城にも見覚えはない。そして、やはり今までどうやって生きてきたのかが思い出せない。

 言語や常識なんかの記憶は残っていた。それから照らし合わせるに、今まで住んでいた世界とは違う世界に何らかの拍子に来てしまったんじゃないかという説が僕の中に出来ていた。


「そうですね。ではまずここが何処かという話からした方がいいと思いますので、場所を変えましょう。魔王様、お願いできますか?」


 りりーらさんが迫力虎さんに何かをお願いすると、迫力虎さんは一つうなづき手を振った。すると、一瞬目の前が暗くなったと思ったら先ほどまでの不気味な広場とは打って変わって豪奢な部屋の中にいた。毛足の長く落ち着いた赤色の絨毯、柔らかなクリーム色の壁紙。高そうな、それでいて品の良い絵画。描かれているのは青空と一本の大きな木とその根元に座る人影、草原だ。天井にはいくらするのか考えたくもないシャンデリア。もちろん、料理が乗ったテーブルや僕たちが座っている椅子、その他も一緒に。

 ただひたすら驚いて目を白黒させていると、りりーらさんがイタズラ大成功!というような目で僕を見て言った。


「ようこそ、我らが魔王城へ!!」


 ようやく、驚きから戻った僕の様子を見て迫力虎さんが説明をしてくれた。曰く。


「ここは魔界と呼ばれている。俺たち魔族が住まう世界でね。今は魔界暦2500年で、ざっと500年ほど前に魔王軍が出来た。俺の代は200年前から。とは言え、魔族にとっての100年は人間で言えば10年程度のもの。だから、人間の年齢でいえばここのメンバーは全員20代なんだ」


 その他にも沢山教えてくれた。


・割と長生きな種族が多い為、土地に対して人口が少ない。

・言葉はそれぞれ元に住んでいた世界の言葉を使っている。だけど、魔界に来ると何故かちゃんと理解出来る。外の世界では翻訳魔法を使う。

・魔法は使えない人の方が稀。ただし、人によって得手不得手がある。魔王軍幹部は

魔王→肉体強化魔法。強力な魔法耐性。腕っぷし一本で戦う武闘派。肉弾戦がお好みのよう。魔王城への転移魔法は魔王権限に組み込まれているので無制限に使える。

司書→拘束魔法、魔導書使い。拘束魔法は司書としての嗜みらしい。

猫又→付与魔法、鍛冶魔法。魔王軍のメンバーの武器や防具を作ってくれているそうだ。たまに、動物形態でも鍛冶をしているのでどうやって道具を持っているのかは七不思議のひとつだったりする。

鬼火→運命の輪、ラッキーアンラッキー。運命の輪は未来を少しだけ予知できる。その時によってどれだけの先が見えるかはランダム。ラッキーアンラッキーは、先の未来での運勢を前借して都合のいいようにするというもの。僕がギャンブラーだったら欲しい能力かもしれない。

悪魔→呪術。相手を契約で縛り、万が一契約が果たされないとそれはそれは恐ろしい目にあうそうな。……見た目や雰囲気からはそんな感じがしないから人は見かけによらない。もう一つは内緒なんだそう。

サキュバス→魅了魔法、命奪う(スティール・サイズ)。魅了魔法はこれがないとサキュバスとは言わないでしょうな魔法。命奪う鎌は、飛ばされた斬撃に触れてしまうと命が吸われてしまうという恐ろしい技。

吸血鬼→擬態魔法、影魔法。吸血鬼固有の魔法でその擬態は見破られない。影にひそめることから諜報活動も得意。その諜報活動がどんなものか聞いてみようとしたらぞっとしたので聞かないことにした。

・最初に居た墓場は魔王軍にとってはとても大事な場所で普段は関係者以外立ち入り禁止。

と言うようにバラエティ豊か。


 説明の結果、やはり違う世界に来てしまっていた。迫力虎さんが教えてくれる説明を聞いた後、僕はどうしたいのかを皆さんに問われた。もちろん、どうしたいかを聞かれて思うのは【帰りたい】が一番最初に来る。ただ、何処へ?記憶の欠片すらないところへ帰りたいと願う。それはとても不思議な感覚だった。喉元まで出かかっている答えが中々出てこないかのような、そんな違和感。


「僕は、記憶を思い出して帰る方法を探したいです」

「記憶ですか……。帰る方法はともかく、思い出すのは中々難しいと思いますがそれでもやりますか?」

「はい」


 なくした記憶と、その記憶が囁く【帰りたい場所】のために僕はあちこちを調べることにした。僕は、迫力虎さんに頼んで本や資料が沢山有る所は無いかを尋ねた。基本的に書物というものは得てして貴重なものではある。だけど、ここは形は違えど【王】の治める魔界でありその居城である城だ。ならば、きっとその手の物があるはずだと思ったのだ。果たして、僕の予想は当たった。

 魔王城のその地下深くにそれはあった。


「はー、随分と大きいですね……」

「ふふっ、ここは魔界全ての本が集まる場所。その名も【階層書庫】といいます。何階層もに分かれ、それぞれ分類に従って収められているんです」


 見渡す限りの本、本、本。まるで海のような多さだ。階層書庫における注意事項を聴いた僕はこりゃ調べるだけで骨が折れるぞと思っていると、シルバーさんが話しかけてきた。


「さて、お探しの本はどの内容でしょうか?私の称号の【司書】はここを管理・保守などをしている事からついたモノなのです」

「そうだったんですね。では、記憶に関連する本、この魔界や異世界にまつわる研究などの書物はありますか?」

「わかりました。まず、記憶に関連する本ですが第三階層南東、左から3番目の本棚にあります。次にこの魔界に関する研究資料は存在し、異世界にまつわる研究はありませんが伝記はあります。それは第十階層北西、禁帯出エリア右から7番目の本棚にあります」

「……僕が言っておいてなんですけど、返事めっちゃ早くないですか??」

「自身が司る書庫の配架くらい覚えておかずにどうするんですか。レファレンスは迅速に。そして利用者のニーズに答えるのが司書というものです」


 思わぬところで時間を短縮できた僕は早速教えてもらった本棚をあさり、めぼしい本を片っ端から読み解いていった。ただでさえ、本棚が床から天井に届くほどあり本の分厚さも中々であらかた調べ終わるまでにかなりの時間がかかった。けれど、そのおかげで僕は確信を得ることが出来た。


 それは、【魔界】とは死者(元人間)しか訪れることのできない世界だということ。


 なら、今ここにいる僕はいったい何だというのだろう。あの時ご馳走になったグラタンやオニオンスープはしっかりと味を感じることが出来た。それですらも、僕の思い込みや幻覚、錯覚だというのだろうか?

 ひたすら、ただひたすら混乱してる所になつさんが僕の作業の進捗を見にやって来た。


「やー、作業は進んでいるかい?僕も何か手伝えることはある?」

「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます……」

「えらく落ち込んでいるね。いったいどうしたんだい?」

「その……」


 優しくなつさんが話しかけてくれているのに僕は要領の得ない返事しかできなかった。もしかしたら、自分が死んでいていてこのなつさんやもしかしたらこの魔界ですらも今際の際に見ている夢なんだとしたら。気が狂いそうなのを必死に抑えて返事をしようとした。そんな僕を見かねたのか、なつさんは話題を変えた。


「ところで、君の死因はいったい何なんだろうね?普通は自分が何者であったとかの記憶はちゃんとあってここに来るのに。よほどショックな死に方か、気付く間もなく殺されでもしたのかなぁ?」


 その瞬間、脳内に広がる痛みと息苦しさ。暗い夜道、前から歩いて来る男。街灯の光を反射して光るナニカ。恐怖。硬直する身体。目の前を赤く彩る水。狂ったように喚き嗤う声。


「ギャハハハッハハハハハ!!!!!!ヒャーハハハハハハハアアアアアアア!!!!!見タカ、俺ダッテ殺ルトキハ殺ルンダヨォォォォォォォ!!!!!!!」


 気付いた時、僕は知らず知らず走り出していた。頭の中に響き渡る哄笑。サイレン。それから逃げるように。振り払うように。




「バインド!!」

「シャドウピット!!」


 急に動けなくなり、何かに躓いて転んだ僕は辺りを見回した。そこには、いつの間にか追いついたのかシルバーさんとなつさんがいた。他のメンバーは見当たらない。僕は血走った目で二人を見つめた。


「いきなり、どうしたのですか?階層書庫内は大声などを上げないで下さいと事前にお話ししましたよね?」

「はー、追いつけて良かった……。ごめん、シルバーさん」

「構いませんが、説明を」

「実は……」


 なつさんが何か説明をしている間に、僕は何とか見えない拘束から抜け出そうと身をよじった。けれど、中々ほどけなかった。そうこうするうちに説明が終わったようだ。そして、何故か拘束が解かれた。


「少し落ち着かれたようなので外しました。本来は書物を勝手に持ち出す不届き者用ですからね」

「それで?貴方まで僕が死んでいるというの?僕は今こうして話している!!生きているんだ!!それを、どうして死んでいるなんて言うんだ!?僕は、僕はここで生きていくことも考えていたのに!!あんたたちの仲間になって、もっと知らないことを教えてもらおうと思ってたのに!僕の心は、身体はここにあるのに!!!!!やっぱり、あんたたちは悪魔なんだ!!!!!!!!」

「気付いていませんでしたか。……仕方ありませんね。あなたのマフラーの下。そこに空いた喉の穴はいったいどうしたのですか?」

「え?」


 言われてマフラーの下の喉を触る。けれど、そこにあるはずの喉仏はなく、あったのはぽっかりと空いた穴だった。たまらず、もう一度僕は走り出した。わき目も降らずに、ただ一目散に。ただただ、ひたすらこの場から離れたくて。知りたくなかった現実から目を逸らすために。途中で、ピンクの髪をした人が待ってと叫んだ気がしたけれどそれすらも無視して走り続けた。



「ねえ、しーちゃん。なつくん。さっき迷子くんが走っていったけどどうしたの?すごく泣いていたし」

「ちょっとどころじゃなくやらかした……」

「え?」

「喉の穴、指摘したんだ」

「あー、遅かったか。あのね――」

「oh……」

「ふぁ!?それマジですか!?れいりさん!?!?」

「マジ。取り敢えず、魔王様の所に行こうか……」

「だね」

「ですね」



 気が付いたら、僕は最初に意識を取り戻した最初の墓場に来ていた。周囲には8個の墓標があった。そのうち、一つを除き同じ色で淡く光っていた。他の墓標がほんのりと赤く光っているのに対し、そのたった一つだけは白い光で緩く明滅している。僕は、墓標を調べてみることにした。するとそこには、魔王軍の面々の生没年が書かれていた。どの世界で、どのように亡くなったのかも。


「……ははっ、そりゃないよ。だって、あんなに笑ったり喧嘩したりしてる人たちが死んでるって??」


 信じられない思いでまだ見ていなかった明滅している墓標を見てみるとそこには出生年が書かれているのに何故か没年が書かれていなかった。名前は掠れていて読めない。不思議に思っていると、不意に声をかけられた。その声の主は迫力虎さんだった。


「やあ、少年。こんなところまで来るとはあまり感心しないぞ。君の察している通り、ここは我らの墓標だからな」

「勝手に入ってすみません。でも、どうしても信じられなくて……。皆さんが死んでいることも、僕が死んでいることも」


 どうしても、信じられなくてそして恐らく目の前にいる人が本当に死んでいることが悲しくて僕は顔を上げることができなかった。そのまま泣いていると迫力虎さんは驚くべきことを僕に告げた。


「ふむ……。我らは確かに死んで魔族となった。だが、少年。君はまだ死んでいないぞ?」

「え?」

「そうさな、話して上げよう」




「少年はまだ未確定だったんだね」

「そう」

「でも、どうしてそれを魔王様は知っていたんでしょう?」

「魔王様はそういう勘は元から鋭いし、肉体強化魔法の応用でもしたんじゃないか?」

「曰く『死んでいるにしては生者の気配が濃すぎたし、あの様子なら絶対生きて帰ると強く思えば帰れる』そうですよ」

「なるほど」

「つまり、僕とシルバーさんの行動は早とちりもいいところだったと」

「そうなるね」

「ああ、これ魔王様にすっごく叱られる奴だ……」

「まあ、諦めて罰の訓練頑張ってくださいね」

「うう……」




「そういうわけで、君が帰るために行動を起こした時点で帰れるんだよ」

「そうだったんですね……」


 僕は、呆気にとられていた。てっきり、帰れないと思っていたから。喉に刺さったナイフは明らかに致命傷だった。そのことを話すと、迫力虎さんはそれは君が自分の世界に帰ってから知るべきことだと答えてくれなかった。


「さあ、城へ行こう。皆、君を待っているから。そして、君を送り出すためのパーティーをしよう」

「はい!!」




「――、――!!先生、――が目を覚ましました!!」


 目が覚めると、見知らぬ白い天井と母さんの顔が見えた。母さんはボロボロと涙を流していた。何だか長い夢を見ていたような気がする。何が何だかわからず少しぼうっとしていると母さんが僕を抱きしめてきた。


「本当に、心配かけて!!もう、目を覚まさないんじゃないかと思ったんだから!!」

「ねえ、母さん。僕はいったいどうしてこうなってるの?」


 涙を拭いた母さんがいうには、僕は一年前のハロウィンに通り魔に巻き込まれ、喉にナイフを刺されたらしい。奇跡的に犯人がナイフを抜く前に他の通行人が取り押さえたため命が助かる範囲の出血で済み病院に運ばれた。けれど、精神的ショックが大きかったせいか、ずっと昏睡状態だったそうだ。


「そっか、母さん。心配かけてごめんね。大学は……」

「事情が事情だから休学届を出してあるわ。心配しなくていいの」


 僕と母さんが話していると、僕の脈の確認や取り付けられていた機械なんかを外していた医師が話しかけてきた。


「今のところ、異常はありません。ただ、一年昏睡状態だったために筋肉量が落ちているのでリハビリが必要ですね。食事も今まで点滴でしたので、徐々に戻すことになります」

「わかりました。ありがとうございます」


 母さんがお礼を言うと、医師はお大事にと言って去っていった。母さんに促され、僕はもう一度眠ることにした。一年も寝ていたのに眠れるのかと思ったけれど、体力も落ちているらしくだんだんと眠りに落ちていった。

 寝入りばな、大切な声を聞いた気がした。


荊棘(いばらだらけの小道であろうとも」

「どんな痛みや苦難があろうとも」

「君が歪んで」

「嘆いても」

くすんでも」

「叫んでも」

「君が前を向いて進んでいる限り」

『いつまでも我らは共にある!!』

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