魔王と女神の1000年間④
それから数日後、グラン、アンネローゼ、精霊達がユグドラシルの枝に集まり、話し合いをしていた。その内容は、グランにとって寝耳に水で受け入れ難いものだった。
「ベルゼルファーが復活する? だって奴が動き出すのは500年後じゃなかったのか?」
「本格的に活動を開始するのが今から500年後なのです。〝枝〟内部で活動可能な身体の再構築は間もなく終わり、ユグドラシル本体から出てきます。そうなれば、枝にいるあなたの気配を感知して襲って来るでしょう」
「それって、つまり奴は完全な状態じゃないんだろ? なら、皆で一気に攻撃すれば奴を倒せるんじゃないのか?」
グランの提案に対し、アンネローゼも精霊達も表情を曇らせる。
「グラン、以前お話しましたが〝神〟は超高密度のマナの集合体です。ユグドラシルの内部にいる時は無限にマナが供給されるため不死と言える存在になります。そして、現在の不完全な状態でも500年前にあなたが戦った時の数倍の力を持っています。それに、ユグドラシル内では精霊魔術は神にダメージを与えられない。……私の力は兄に比べれば微々たるもの。戦いにすらならないでしょう」
「だから、俺を〝地球〟っていう異世界に逃がすと?」
「はい、そして、そこで解呪の儀の準備が整うまで過ごしてもらいます。地球であれば兄も手出しできませんから」
「準備が整うのはいつだ?」
グランの問いにアンネローゼは俯いてしまう。できるだけ自分の顔を見せないように、彼の顔を見ないように深く俯く。
「――500年後。兄ベルゼルファーが本格的に動き出すのと同時期になります」
「500年て、ちょっと待ってくれ! 地球にもユグドラシルみたいに魂のままでいられる場所があるのか?」
「いいえ、ありません。ですから、グラン、あなたを地球に送った際には、向こうで生まれ変わっていただきます。新しい人生を最初から歩むんです。大丈夫心配はいりません、その新しい人生が終わりを迎える時には、私があなたの魂を再び生まれ変われるようにしますから。ただ、それを繰り返すだけなんです」
アンネローゼは深く俯いたまま、矢継ぎ早に説明する。それはまるで、グランからの質問を受け付けずにとっととこの話を済ませてしまいたいようであった。そんな折、グランが再び疑問に感じた事を尋ねた。
「なぁアンネ、生まれ変わったら、俺は今の記憶を保ったままいられるのか?」
アンネローゼの身体がビクッとはねる。しばらく黙っていたが、消え入りそうな声で事実を話し始める。
「――生まれ変わる際、前世の記憶は完全に忘れます。言ったでしょ? 新しい人生を送るんですから、それ以前の記憶は持ち込めないんです」
「そんな! それじゃ、仲間の事も、精霊達の事も、お前の事も忘れるっていうのか!? それにベルゼルファーの事も忘れたら意味ないじゃないか!!」
「ベルゼルファーに関しては、その時一から説明するしかありません。それで、生まれ変わったあなたが分かってくれれば何の問題もないのです。解呪の儀をどのように行っていくかは、これからの500年で詰めていくので安心してください。もう質問はありませんよね? それでは、あなたの魂を地球に送ります。大丈夫、地球には魔物はいません。ソルシエルに比べれば安全な世界です。きっと、平和で楽しい人生が待っていますよ」
グランの顔を見ず、自分の顔を見せないようにしながら離れようとするアンネローゼの腕をグランは掴み、彼女の姿を正面から見据えた。
アンネローゼの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。絶えず涙が流れ落ちて行く。グランは、その姿を見ると間髪入れずに彼女を抱きしめた。
「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん! 分かってた、本当は分かってたんだ! もう、こうするしか方法はないんだって! でも、俺、お前と離れたくなくてわがままを言った! アンネ、ごめん!!」
グランに抱きしめられ、謝罪の言葉をかけられると、アンネもまた力の限りに彼を抱きしめ、子供のように泣きじゃくった。
「うう……ああ……! グラン……グラン……離れたくないよ、ずっと……ずっと……一緒に居たい! うわあああああああああああ!」




