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メイド長スザンヌ

 アラタがルークの屋敷で目を覚ましたその夜、屋敷のメイド長スザンヌはいつも通りに主不在の間も部下のメイド達に指示を出し、夕食の準備を進めていた。

 スザンヌは眼鏡をかけた知的な雰囲気を持つ妙齢の女性であり、ルーク付きのメイドとして彼が幼い頃から身の回りの世話をしてきた。

 現在ルークはスヴェン達と共にシェスタ城塞都市における戦いの後始末に追われており、緊急招集された騎士団や議会に呼び出され現場での詳細な報告をしていた。

 ルークが屋敷に戻るのは早くてもあと2、3日はかかり、それまで客人として招いた魔王軍をもてなすように指示を受けていたのである。

 客人が魔王軍と聞いて、当初緊迫した様子のメイド達であったが、魔王軍の面々は思いのほか危険人物と呼べるような者はおらず、滞在1週間が過ぎた現在は皆慣れたもので自然に彼らと関わるようになっていた。

 この日は魔王であるアラタが目を覚ましたという事でメイド達に再び緊張する様子が見られたが、アラタが予想以上に普通の少年であったので彼が魔王であるという事実はすぐに意識されなくなり、再び平穏な空気が屋敷内に流れるのであった。

 そのような穏やかな午後、スザンヌはある出来事に関して苦言を呈するためアラタの所に赴いていた。

 彼女がアラタが借りている一室を訪れた時、魔王軍の女性3人組が遊びに来ており、その姿をちらりと横目で見る。


「アラタ様、ご気分の方はいかがですか?」


「ああ、はい、いたって健康です。ここの食事は美味しいですし、ありがたいです。あの、ルークさんはいつ頃ここに戻って来るんですか?」


「ルーク様は現在職務に追われており、あと2日ほどは戻られないそうです。その間、私達が身の回りのお世話をさせていただきますのでよろしくお願い致します」


「こちらこそよろしくお願いします。なんかすみません、色々お世話になってしまって」


「私達はご主人様であるルーク様の指示に従っているだけですのでお構いなく。そのお言葉でしたら、ルーク様と面会された時にお願いします」


「分かりました」


 アラタはメイド長のスザンヌが少し苦手であった。彼女はこの屋敷のメイド長であるという立場からか独特の風格があり、メガネの奥にある鋭い目で見られると緊張してしまうのだ。

 緊張する理由はそれだけではない。アラタはソルシエルに来る前は、足しげくメイド喫茶に通うメイド好きであり、何気にアンジェ以外に本物のメイドさんと接するのは初めてであったからである。

 メイド喫茶での萌えるメイドとは異なる職業人としての彼女に対し、その堅実な仕事ぶりに尊敬の念を抱いていた。


「ところで、これから夕食、その後時間をおいて就寝となりますが、その前に伝えておきたいことがありまして」


「はい、なんでしょうか?」


「大変申し上げにくいのですが、昨夜のように一晩中羽目を外されるような行為は控えていただきたいのです。何分、メイドの中には若い娘もおりますし……」


 アラタは彼女が何の事を言っているのか分からなかった。シェスタ城塞都市での戦いが終わり気を失った後、目を覚ましたのは今朝の事であったからである。

 そして、彼は気付かなかった。スザンヌがその話題を切り出した際、彼の後方にいた女性3名がビクッと身体を震わせるのを。


「あの、スザンヌさん、俺が目を覚ましたのは今朝です。昨日の夜はまだ寝ていたと思うんですけど」


 アラタがそのように返答すると、スザンヌは片手で眼鏡の位置を整え、鋭い目つきで彼を一瞥いちべつしながら話を続けた。

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