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旅立ちの日②

 その後ドラグの助言通り、アラタはセスの部屋に来ていた。そこには、大量の本棚が置いてあり、様々な本が陳列されている。

 本の種類も魔術関連の物から小説、家庭菜園、料理などがあり、ちょっとした図書館といえる様相(ようそう)だ。

 一方、この部屋の主人は、アラタがノックをしてもなかなか出てこなかったので中に入ってみると、崩れた本に埋もれてのびていたという有様であった。

「魔王様、命を救っていただきありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

「……なんて大げさな。……それより、荷物の方はまとまったのか? 玄関でロックとドラグが荷物をまとめたいって言ってるんだけど」

 それを聞いて、セスの表情には焦りが見え始めていた。どうやら、まだ荷物整理が終わっていないらしい。

「どの本を持って行けばいいか一晩中悩んでおりまして、まだ決まらないのです」

「旅に役立ちそうなものとか、お気に入りの物を持って行けばいいんじゃないの?いくらあの四次元ポ……じゃなかった、インベントリバッグの中に結構入るといっても、ここの本全部は持って行けないだろ」

「それはそうなのですが、私にとって特別な物ばかりでして」

 このまま話しても(らち)が明かないと判断したアラタは、やや非常かと思いつつもセスに提案をする。

 持って行く本の数を明確にした方が、まだ選びやすいかもしれないと考えたのである。

「じゃあ10冊! それだけ厳選して持って行こう。それに今生(こんじょう)の別れじゃないんだから、暇つぶしに読めるようなものだけでいいでしょ。……さぁ、選びなさい!」

 10分程悩みながらセスが選んだのは、シリーズ物の小説であった。アラタがその小説の題名を見てみると、〝魔王物語〟と書いてある。

「……これは何ですか?」

 アラタの問いに、セスは鼻息を荒くし興奮気味に説明を始めた。

「これは、1000年前の魔王様の物語を(つづ)った小説です。史実に基づいた話や作者が創作したエピソードが詰まった有名な本なんですよ。私も幼い頃から読んでいまして。持って行くのならこれにします! 魔王様も読んでみませんか? 面白いですよ!」

 渋い顔をするアラタ。この本にはかつての魔王の輝かしい記録が数多く記載されているのだろう。そんなものを読んだところで、どうしても現在の無力な自分と比較してしまう。 

 余計に自分がみじめに思えるだけだ――と。

「……遠慮しておくよ。内容は大体想像つくし。とんでもなく強い魔物を倒したとか、そんな感じだろ?」

「確かにそういうエピソードは数多くありますが、そういうものは大抵作者が想像して付け足したエピソードですよ。史実にのっとった話だと……例えば、キャバクラに行ってぼられた話ですとか、借金して一気に返済しようと儲け話に手を出して、結局失敗しさらに借金を重ねるとか、そんなところでしょうか」

「是非貸してもらおうかな!」

 予想外に、魔王グランはやたらと面白そうな人物のようだと、アラタは少し興味が湧いてきた。その一方で、セスはどうしてそんなちゃらんぽらんな魔王を崇拝しているのか理解に苦しんだ。

 セスから1巻を手渡され、数ページめくってみると擦り切れたり破れたりしては修繕された跡が見られる。

「……あのさ、セス。この魔王物語って結構読み込んだの?」

「はい! 特に子供の頃は夢中で読んでいましたね。この本を読んで、いつかは私も魔王様に仕えてみたいと夢見たものです。ですから今も自分は夢を見ているのではないかと思う時がありまして」

 いつにも増して笑顔になるセス。しかし彼が笑顔になるほど、魔王になるつもりがないアラタの中の罪悪感が増していく。

 そんな自分の本音を、果たして目の前の青年に正直に伝えてよいものかと逡巡しゅんじゅんしてしまう。

 一方、セスも目の前で何かを考えだすアラタを見て、彼の心情を何となく察したらしい。

「……魔王様、私が魔王様にお仕えしたいというのは、あくまで私の問題です。魔王様はご自身の目的を果たしていただければ、それでいいのです。ただ、4大精霊との契約が終わるまでは少なくとも一緒に旅が出来ます。ですから、せめてその間だけは私に夢を見させていただけないでしょうか?」

 セスのどこか寂しいような困ったような表情を見て、また心苦しい気持ちになる。しかし、彼は自らの気持ちを素直に話してくれた。だからこそ自分も嘘はつきたくない。

「……セス。俺は元の世界に帰りたい。これが今の正直な気持ちだ。……でも、ウンディーネの言った通り、4大精霊との契約はやらないといけない。その間でよければよろしく頼むよ」

「はい! よろしくお願いします!」


 セスとのやり取りの後、アラタはトリーシャを探していた。先日の湖の1件から、どことなく警戒心を持たれており、依然としてあまり話したことがないが、しばらく一緒に旅をする仲間として多少は関係改善を試みたいと思うアラタであった。

(相手は年頃の女性だ。何が原因で怒ったりするか分からないからな。とりあえず先日のような失敗は繰り返さないようにしよう。自然に行こう)

 そう心に誓いながらサロンを通りかかった時、そこに目標がいるのを発見する。

 目標は、サロンのソファーで日向ぼっこをしていた。小動物のそれと同様に、身体を小さく丸くしながら「すぅすぅ」と寝息を立てており、陽の光に金の毛髪が反射しキラキラ輝いている。

 時々耳がピクピク動き、尻尾は相変わらずふわふわ揺れていた。

 果たして起こしていいものかどうかと迷う気持ちの他に、あのふわふわしている尻尾を()でてみたいという願望が湧き上がってくる。

 通常、無防備な女性の身体を、本人の許可なく触ろうというのは犯罪行為以外のなにものでもないが「尻尾ならいいんじゃない?」という甘い(ささや)きがアラタを襲う。

 そして、激しい脳内会議の末、「出来る限り優しく紳士的に触れてみよう」という結論に至った。

 アラタには、先日の失敗を繰り返さないという誓いは既に頭になかった。出来る限り、トリーシャに気付かれないように近づき、任務を達成し何事もなかったかのようにこの場を去る。

 それが今回自らに課したミッションであった。 


以上、アラタとセスの真面目な話と危険行為を行おうとする主人公の話でした。あともう少しで彼らは旅に出る予定です。

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