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がんばれアルヴァスさん・短編版

作者: ぽて

書き出し祭りに出そうと思って考えてたお話ですが、スロースタートなので向いてなかったかもです。



 ――とても美しい人に「どうかあの子を助けてあげてください」と頼まれて、即座に「おっけー。どんとこーい!」と返した……ような気がする。



 彼はふと気づけば、洞穴をくりぬいて作られた広大なホールのど真ん中に立っていた。何かの施設のようで、統一された服装に身を包んだ人々が忙しなく行き交いしていたそのど真ん中に。


「……ここ、どこだ??」


 突然のことに戸惑う彼をよそに、周りではちょっとした騒ぎになっていた。「アルヴァスだ!」「なんでこんなところに!?」「兵士をよべ!」などなど。


 緊張した面持ちの面々に完全に囲まれた段になって、初めて彼は自分がマズイ状況であるのに気が付いた。視界の端には完全武装した兵士の姿。こんな状況に置かれる心当たりなどとんとなかったが、寝ぼけた頭でもこれはやばいと判る。


「とりあえず——逃げよう」


 ここが何処だかさっぱりわからないが、捕まるよりはマシだろうと彼は人の壁が薄い場所へ全力で駆け出した。



「ここまで来れば大丈夫だろ。……相変わらずここが何処かは分からんが」


 人気の無いほうを重点的に選んで馳けてきたので、先程のような騒ぎになる心配もなく、取り敢えずは一安心といったところだ。そうして人心地ついたら目に入ったのは、自分の着ていた簡素な白い布の服。


「どうみても初期装備の布の服ですありがとうございます。ってか今どきこんな洒落っ気のかけらもない服どこで見繕ったんだオレ!?」


 簡素といえば聞こえはいいが、下働きの貧しい層でももう少し見栄えのする服を着ている。


「……まるで奴隷みたいな服だな、これ。オレ、ごく普通の一般庶民だった気がするんだが」


 気がする、と口に出してから彼は気が付いた。覚えのない服装もそうだが、髪の色や長さも自覚しているのとはかなり違っているように思える。


「髪は黒、だったよな? なんかめっちゃ綺麗な銀髪になってるのは気のせいじゃ、ない?」


 しかもサラッサラだ。まるで長年丁寧に手入れしていたかのように。もちろん彼にそんな覚えはないし、習慣もない。


「視界もなんか高い気がするなぁ……」


 ここまで来ると何となくだが状況が掴めてきたような……。


「まるで別人にでも乗り移ったような……」


 そこにトドメの一撃。手頃な位置にあったガラスに映る自身の姿を見て彼はさとった。


「——あ、完全に別人だわこれ。オレの顔じゃねぇ」


 切れ長の瞳の整った顔立ち。首あたりで結わえられた滑らかな銀の髪。白磁のように白い肌。それは一般庶民の彼が到底持ち得ないものだ。もちろん見覚えもない。


「うん、しかし困った。このチグハグ感は嫌な予感しかしないぞ」


 明らかに貴族然とした見目だというのにこの服装。厄介ごとの香りしかしない。その上——


「一番ヤバいのは自分の名前が思い出せないことだよな!」


 そして何故こんなことになってしまったのか。経緯も思い出せないときた。


「それにしても……アルヴァス、アルヴァス……ねぇ。聞き覚えがあるような、無いような——」


 人々が自分を指して叫んでいた名だ。この身体の名前とみていいだろう。もちろん彼にはしっくりこない。もっと自分にふさわしい名前があったという思いが消せないのだ。だが、無情にも彼の思考は中断させられた。


「——貴様ッ、アルヴァス! 何故ここにいる!?」


 ソプラノながら勇ましい声が響いた。またか、という思いで声の主がいるであろう方へ向き直る。


 長い金髪をポニーテールにし、軽装鎧に身を包んだダークエルフの少女が怒気に染まった顔でこちらを睨んでいた。細剣を抜き放ち、こちらを斬る気満々である。同行していた仲間とおぼしきドワーフの老人が制止しているが斬りかかられるのは時間の問題だ。


 アルヴァスさんじゃないんだがなぁ……と思いつつも、のんびり斬られるのを待つわけにもいかない。


「人違いですー。オレはアルヴァスさんじゃありませーん」

「ふざけるな!!」

「……ですよねー」

「——斬る!!」


 彼としてはいたって真面目だったのだが、彼女はお気に召さなかったらしい。ドワーフの制止を振り切って斬り掛ってきた。彼はそれを間一髪で避ける。


「——ちょ、のわっ、危なっ!!」

「避けるな大人しく斬られろ!!」

「大人しく斬られたら死んじゃうだろぉぉ!?」


 今度は素早く繰り出される斬撃。次第に彼は追い詰められてゆく。


「やばい。このままだと殺られるぅ!?」


 わめきつつも彼は得意としている防御用の魔術を発動させようとしていたのだが、他人の身体のせいかどうにも上手くいかない。


「——くっ、流石はアルヴァス。私の剣がかすりもしないなんて!!」

「だから人違いだって! オレ、アルヴァスさん、違う!」

「アルヴァスでなければ誰だと言うのだ!」


 やっと話を聞く気になったのか、ダークエルフの女剣士は細剣をキィンと地面に突き立てた。それは誤解を解く絶好のチャンスだった。


「誰だと問われても答えがわからなかった、り……?」

「——よし、コロス!」


 勢いよく地面から細剣を抜き放つ女剣士。


「気が短いエルフは長生きできないと思いますぅ!?」

「短くても閃光のようにきらめく人生なら本望だ!!」

「短く太くですね!! わかるけど、わかるけどぉぉ!!」

「貴様も短く太く——すなわち、いま死ね!」


 これまでで一番早い斬撃。これは避けられないと本能で察した。防御の魔術も間に合いそうにない。——ならばと発想を変えてみた。防御に徹せないのなら攻撃に回ってみるのも手かもしれない、と。


「思い出せない物はしょうがないだろぉぉ、突発性記憶喪失なんだからぁぁ!!」


 その剣を具現化させるのは思いのほか容易く、扱いやすかった。質素すぎず華美すぎず。身体が覚えていたであろうその形状は、彼にとって覚えのないものだ。それでもなお手に馴染むそれを『扱える』という確信が持てた。


 彼は神業的なタイミングで女剣士の斬撃を受け流した。内心冷や汗ものだったが。この身体に剣術の素養があって良かった! と、元アルヴァスさんには感謝しきりである。まぁ、襲われた切っ掛けも元アルヴァスさんなのでトントンかもしれないが。


「魔法剣だと!? アルヴァスに魔術の素養があるなど聞いたことはないぞ!!」

「……魔術の素養は魂に根付いてるからなー。これ、とりあえずオレがアルヴァスさんじゃないって証明になんね?」

「……いや、だがアルヴァスが黙っていたという可能性も……」


 女剣士は多少揺らいだが、どうあっても彼を『アルヴァス』としたいらしい。立ち尽くす彼女にかけられる言葉はない。というか下手に刺激すれば、また延々と斬り結ぶハメになるのは目に見えている。彼もまた立ち尽くすしかない。


「ミーティアよ。もう、良いじゃろうて」


 ここで沈黙を破ったのはドワーフの老人だった。


「アルヴァスは——使えるものならば何でも使う男じゃった。魔術が使えるのならば十全に活用していたであろうよ」


 逆説的にいえば、使わなかったのは使えなかったからということになる。だが、女剣士——ミーティアはなおも完全に認める事ができないでいた。


「ですがフェール老。奴とは剣を交えた事が幾度もあります。この男の体捌きはアルヴァスに見劣りするものではなかった!」

「……あー、それに関しては——身体はウワサのアルヴァスさんだからじゃね?」

「って、やはり貴様アルヴァスではないかー!!」

「中身は別人だってばよ!?」

「どうやってそれを証明するというのだ!」

「……や、だから魔術の素養がね?」

「魔術のことなどわからん!」

「バッサリ切られた!?」


 「このダークエルフ頭固すぎィ!」そして「どうしてオレがこんな目にぃ」と嘆くアルヴァス(仮)。


「まあまあ、落ち着きなさいミーティアや。アルヴァスはプライドの高い男。たとえ演技でもこんな醜態は見せんわい」

「……う。確かにあの男がこんな情けない顔を他人の前でさらすとは思えませんね」


 やっと信じてもらえそうな空気になりホッとしたアルヴァス(仮)だが、少しばかり引っかかるものもあるわけで……。


「ドワーフのじぃ様への信頼はMAXなのに、なぜオレの言葉は通じないんだこのダークなエルフ!」

「貴様の日頃の行いのせいに決まっているだろうが」

「オレたち今日が初対面ですよねぇぇぇ!?」

「魂が違うなど、そう簡単に判別できるはずもないだろう!?」

「仕草とか性格とか判断材料はいっぱいあるっしょ!」

「万が一演技だったら意味がないだろうが!」

「だから——」

「それは——」


 やいのやいのと言い合う男女を、いまはドワーフの老人だけが微笑ましく見守っていた。



続きが浮かんだら連載予定。

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