冒険者組合の支部を覗いてみる 前編
私は、今、冒険者組合の支部の建屋の二階にある、少し豪華な応接室にいた。
この建屋の一階にある、冒険者組合のロビーと講堂と食堂を兼ねたような大広間(?)にある受付カウンターで、領主だと名乗って支部長への面会を申し込むと、受付のお姉さんが、大慌てで事務所内に一声掛けてから、此処まで案内してくれたのだ。
冒険者さん達が集うスペースで耳ダンボになって異世界気分を満喫できるかと少し期待していたのだが、やはりお忍びでの次回以降に乞うご期待、とすべきようだ。
たが、何と言うか、その、受付のお姉さんには、悪いことをしてしまった。
事前の連絡もなく突然の訪問となってしまったのは、大変申し訳なかったのだが、屋敷には先触れとして出す人員も居なかったので、勘弁して欲しい。
まあ、どちらにせよ、領主が冒険者組合の支部を訪れることは稀な事態、ではあるのだろうが...。
特に見る物もない豪華ではあるが簡素な応接室で、受付のお姉さんが暫くお待ち下さいと言って給仕してくれたお茶を飲みながら、私は、先程に訪れた公館で受けた報告内容を思い出していた。
暴行犯であり誘拐未遂犯でもある暴漢たちは、全員がこの街では札付きの荒くれ者だったのだが、特定の組織に所属している訳ではない、という事だった。
では、なぜ彼らがアンたちを攫おうとしたのか、というと、破格の報酬を提示されて依頼されたからだ、と口を揃えて言っているのだそうだ。
しかし、その依頼したのは何処の何者か、という話になると、途端にあやふやな説明になった、らしい。
彼らの発言を総合すると、少し胡散臭げだが身なりは良く、服装や持ち物も上質な物を身に付けていて、酒や食事も良い物を惜しげもなく奢ってくれる太っ腹な人物。それが、今回の依頼者らしいのだが、所属はおろか名前すらも明確には聞いていなかった、という。
隣接するローズベリー伯爵領に本拠地を置く商人らしい、とか。
隣りの帝国からの旅行者で元貴族だ、とか。
いやいや旅行中にこの街に立ち寄った王都に店舗を持つ富豪の道楽息子なんだ、とか。などなど。
5人の暴漢たちはそれぞれ全く違う認識を持っていた一方で、彼ら以外の証言や物的な証拠も得られず、本人も速攻でこの街から去っていたようなので、真実は闇の中、というのが現状だ。
流石、主人公オーラが半端ないアンに強引な接触を計ってきた不審人物。
なんだか、予想以上に複雑な背景や因縁もありそうで、関わりたくない気分がマックス、になってしまったのだが...。
コンコン。と扉を外からノックする音に、私は物思いから現実に復帰する。
「...はい。どうぞ。」
「お待たせ致しました。」
のんびりとした口調での謝罪の言葉と共に、腰の曲がった老婆が、応接室に入って来た。
その後ろには、エドの父親で冒険者でもあるウォルターが、続いてくる。
さて。
忌避感に捕われてしまいそうになっている気分の方は一旦措いておいて、領主モードでキリっと、難題解決に取り組みましょうか...。
「いやいや。こちらこそ、急に押しかけて来てしまい、申し訳ない。」
「とんでも御座いません。ウォルターからも、近日中にお越し頂くことになる、とお聞きしておりましたのに、徹底が不十分で申し訳ありません。」
「そうですか? 受付の女性の対応は、丁寧で迅速かつ的確で、流石は百戦錬磨の熟練者、と感服していたのですよ。」
「そうで御座いますか。お褒めに預かり、恐縮です。」
虫も殺さぬ柔らかなニコニコ顔で、鋭く笑みのない目をしたまま、老婆がまったりと話す。
うわぁ~、食えないタイプの婆さん、だ。
流石は、小さいとはいえ冒険者組合の支部を任されるような御仁、だな。
まあ、今回は利害関係が対立する訳ではない、筈なので、恐くはないが、気を引き締めて当たらないと駄目なパターン、だ。頑張ろう。
「ええ。ご対応下さった受付の女性には、是非とも、ご褒美を差し上げて下さい。」
「畏まりました。何か、適切な臨時の褒賞でも、見繕っておきましょう。」
「よろしくお願いします。」
「はい。」
「ところで、本日の用件ですが...。」
「修道院の少女、アンジェリカの件、と事前に伺っております。」
「そうです。何やら訳あり、のようでしたので、場所を改めさせて頂いたのですが、此方での話し合いという事で、宜しかったでしょうか?」
「...。」
少し考え込むような素振りを見せた後、老婆は、ちらりとウォルターの方に視線を向ける。
ウォルターが、頷く。
ふぅ~といった感じで息を吐いた後、老婆が、私の目を覗き込むように視線を合わせてきた。
うん。少なくとも、協議の場には上げて貰える、という事だね。よかった、よかった。
ん、ああ、そうだ。老婆、老婆と、繰り返すのは少し失礼だな。
確か、彼女は、冒険者組合のこの街の支部の責任者、つまり支部長で、名前はキャロラインさん、だった筈。
さて、と。
それでは、お話を伺いましょうか。
「キャロライン支部長。」
「何でしょうか、ユーストン伯爵さま。」
「ウォルターさんから報告は受けていると思うので、今回の件での私の立ち位置に関して誤解はない、と思いたいが、如何かな?」
「善意の一個人として、暴漢に襲われている彼女たちを助けられた、と聞いております。」
「そう。私は、特に思惑等はなく、通りすがりに、目の前の犯罪行為を阻止しただけ、ですよ。」
「はい。そのように、お聞きしております。」
「彼女たちとも、以前には面識が無かったし、存在も知らなかった。」
「...。」
「ただ、関わってしまった為に、否応なく色々と対処する羽目になり、その過程で、嫌でも気付いてしまう事も出てくる。」
「...。」
「そして、領主としては、この街や領地に危機をもたらす様な要因は、黙って放置することは出来ない。」
「それは、勿論、仰る通りで御座います。」
「ありがとう。意見の一致を見て、嬉しいよ。」
「左様で御座いますか。」
「ええ。ところで。」
と、言った後に、敢えて、間合いを取るために、ひと呼吸入れてみる。
そして、意図的に少し厳ついめの真面目な表情に切り替えて、淡々(たんたん)とした口調で続ける。
「魔法の素質を持つ者は、その扱いを学んだ後で、貴族として国に仕えるか冒険者組合に登録して活躍するかの二択、でしたね。」
「教会に属する、という選択肢も御座います。」
「ああ、そうだね。修道院は教会の傘下にある、から、か。成る程。それは、迂闊には手を出せないな。」
「...。」
「であれば、今回の件で私が関わってしまった件のも、上手く使えば、渡りに船、となるという訳か。」
「...。」
「ただ、正直な話、私としては、アンジェリカの件にあまり深く関わりたいとは思っていない。」
「...。」
「私個人としては、彼女とは余り相性が良くない、ようなのでね。」
「...。」
「とは言え、先程もお話した通り、領主としては彼女を放置する訳にもいかない。」
「...。」
「という事で、ご相談したいのだが。キャロライン支部長。」
と、キャロラインさんに視線を固定する。
まじまじと見ると、キャロラインさんも、かなりの美人さんだ。若い頃は、たぶん。
姉御肌の、シャキシャキ系の美人さん、だったのだろう、なあ。
この街で冒険者組合の支部長を務めているだけあって、ユーストン伯爵家とは浅からぬ縁がある人物、らしいのだが、私すなわち当代のユーストン伯爵とは余り面識がない。
まあ、先代が現役で当代のユーストン伯爵が幼少の頃には、記憶に残っていないだけで割と頻繁に私と接触していた、らしいのだが...。
などと、表面上は真面目な顔をして、会話とは全く関係ないことを考えながら、キャロラインさんの反応を待つこと、暫し。
キャロラインさんの雰囲気が、変わった。
「はあ...分かりました。当方が把握している事実も含めて、事情を説明しましょう。」
「ご理解頂けて、良かったです。」
「伯爵の立場としては、彼女に然るべき立場を与えることに同意するが、彼女を伯爵家に取り込む必要はない、という事で宜しいか?」
「ええ。ただし、当然ながら、当家や領地に不利益がないこと、は必須の条件ですよ。」
「了解、了解。少し見ない間に、ご立派になられたことで。」
「お褒めに預かり、光栄です。当家の執事が、何か言っていましたか?」
「ああ? ああ、トマスの馬鹿とは、長らく会っていないね。」
「ははははは。鉄面皮を被ったような厳格で有能な当家の執事も、昔馴染みのキャロラインさんには形無し、ですか。」
「ふん。あのバカの事など、どうでも良いわ。」
キャロラインさんの地雷を踏み抜いてしまった私は、ユーストン伯爵家の剛腕執事に関する過去の貴重なエピソードを、馬事雑言と微妙に惚気っぽい言葉が混じった弾丸トークで、延々と聞くことになった。
はい。色々な意味で、大変勉強になりました。