孤児院の少女たちと交流してみた 後編
孤児院の食堂に集い、賑やか且つ和やかに、和気あいあいと会話する少女たち。
やはり、乙女ゲーの世界だからなのか、髪の色は色とりどり、だ。
金色、銀色、ピンク、水色、若葉色、薄紫、真紅。普通(?)に、茶髪や黒髪の子も居る。
ちなみに、銀髪は我がユーストン伯爵家のメイドであるアリシアさんだ。
金髪のアンジェリカ、ピンク髪のライラ、水色髪のレイネシア。
そして、まだ名前は聞けていない、幼稚園児から小学校中学年くらいまでの、少女たち数人。
そんな少女たち全員が、興味深げに、アリシアさんの話に耳を傾けていた。
孤児院の食堂、その後方にある窓の外側。
そんな少し離れた位置から、私は、少女たちを眺めながら、これからの事を考えていた。
基礎教育については当面、アリシアさんに任せておけば、大丈夫そうだ。
流石、あの母にしてこの娘あり、だ。才女で綺麗なお姉さんとして、アリシアさんは、孤児院の少女たちの心をガッチリと掴んでいる。
少女たちの服装や靴など身形についても、取り敢えずは、問題なし。
孤児院が修道院に属する施設なのも影響しているのか、少女たちは簡素だが清潔感のある衣服を身に着けている。ので、必要となった際に随時、衣装や小物などを追加で用意すれば、対処できるだろう。
と、いう事で。
やはり、気になるのは、少女たちの、そこはかとなく薄汚れた感じ、だ。
私は、彼女たちを風呂に入れてゴシゴシと丸洗いたい、という欲求に、先日から悩まされているのだ。
そう、アンジェリカを初めて見た時も、ライラに袖を掴まれて話を聞いていた時も、湧き上がってくるこの感情に戸惑っていたのだ。
う~ん、何故だろう。
習慣の問題、なのだろうか。
私は、風呂は普通に好きで毎日入るが、潔癖症ではない、筈なのだが...。
どうしてか、眩しい程の美少女たちが皆、微妙に薄汚れている状態に、ムズムズしてしまうのだ。
彼女たち全員を風呂に入れて、ジャブジャブと丸洗いして、スッキリしたい。と、切実に思う。
う~ん。
銭湯でも作るべき、だろうか。
裕福な家庭であれば、家屋に浴室があって、お湯を沸かして運び込みバスタブにお湯を満たす、という力業で対応することができる。のだが、庶民にはハードルが少し高い。
ユーストン伯爵領は、寒冷地という程に寒さが厳しい訳ではないが、冬には多少の雪が積もる地域ではあるので、暖を取るための薪や燃料などは大切な物資なので、無駄には出来ない。
だから、気軽にジャンジャンと大量に毎日お湯を沸かして湯水のように使える庶民はいない。
ましてや、この孤児院には、少なくない人数の少女がいる訳で。全員を、毎日、風呂に入れようとすると、まずは大量のお湯の準備が問題になる。
まあ、ユーストン伯爵の財力に物を言わせて実現できない訳ではない。が、そうした場合には、その行動の理由付けに困る。
ので、庶民向けの銭湯を作る、といった構想を検討する事になるのだが、やはり、コストが問題になってくる。
思わず、ポツリと、願望が口から零れ落ちる。
「近くに、温泉でもあれば...」
「在るわよ!」
と、背後から、見知らぬ女性の元気な声。
い、いつの間に、誰だ?
「えっと...」
「どうも、はじめまして。お兄さんが、アンちゃん達を助けてくれた人ですよね?」
慌てて振り向いた私に向かって、グイグイといった擬音が付きそうな勢いで、ニコニコと、豪奢な感じのする姉さんぽいタイプの美女が、近付いてきた。
そして、その横には、少し不機嫌そうな表情の少年、エド。
然程には問題でないのだが、どうも、私は、このエド少年には好かれていない、ようなのだ。
彼は、アンの幼馴染でこの孤児院にも度々出入りしているらしいので、そんな状況は何かと面倒なのだが、まあ、今は、彼のことは横に置いておこう。
濃紺の髪の、快活そうな大きなグリーンの瞳をキラキラさせた、お転婆娘が成長して大人になったような雰囲気が漂う若い女性が、更に、ズンズンといった勢いで此方に近寄って来る。
たぶん、この孤児院と何らかの繋がりのある人、なのだろう。
私は、この美女の勢いに、思わず仰け反ってしまいそうな感じで、圧倒されていた。
あ、駄目だ。勝てない。このお姉さんには、たぶん、敵わない。
ヤバイ、な。まともに相対したら、確実に押し負けている未来が見える。
けど、彼女は、天真爛漫に、パワフルに、周囲を巻き込んで色々と成し遂げてしまうタイプ、だ。たぶん。
仕事ができる人手は、今、切実に欲しい。
アリシアさんに前面にでて貰えば、大丈夫、な気がする。うん、大丈夫。大丈夫だと良いな。
まあ、それはさておき。今、温泉がある、って言ったよね。
根性で体勢を立て直し、内心で冷や汗をかきながらも、平常心を装って、パワフルな美女に話し掛ける。
「...あ、はい。アルフレッドと申します。貴女は?」
「私は、ヘンリエッタ。家が宿屋をやっているの。ライラちゃんとレイネちゃんには、偶にお手伝いをお願いしているんですよ」
「そ、そうですか」
「ええ! で、温泉があれば、何をされたいの?」
ヘンリエッタさんが、ガンガンと笑顔で攻めて来る。
迫って来る、というか、少し近過ぎではないかと感じさせるような距離感まで、寄ってくる。
元気なお姉さん、だ。
それに、何となく悪い人ではなさそう、な感じもする。
が、このグイグイと来る好奇心旺盛な突っ走り具合には、対応に難儀するのは確実だ。
護衛のはずのジェームスが知らん顔で放置しているので、害意はないのだろうが、この勢いを押し留めるのは、私には無理。
けど、まあ、これも何かのご縁、という事で。
色々とこの街のことを知っていて行動力もありそうな彼女に、手伝って貰うことにしよう。庶民向け銭湯の立ち上げ計画、を。
「...えっと。この近くに温泉がある、のですか?」
「ええ。温泉というか、源泉、かなぁ」
「成程。それは、好都合ですね」
「そうなの? 泉源が何かの役に立つの?」
「はい。実は、この孤児院で...」
* * * * *
私は、領地の街中を、のんびりと散策していた。この世界に来て、早くも三度目、の街歩き。
街の北東側の街外れにある孤児院から、街中を通って、街の様子を観察しながら、街の南西側にある屋敷の方へと向かう。
今回は、私の後ろに、ジェームスとアリシアさんが、少し離れて続いている。
結局、あの後、ヘンリエッタさんにアリシアさんと孤児院の少女たちも加わって、孤児院と修道院の中の探索大会が行われた。
大きな浴室を作った場合に使えそうな道具や設備などの有無を、調べることになったのだ。
この街の孤児院は、現在は少し寂れた状態ではあったが、そこはやはり、教会に属する施設であり、多数のそれなりの身分の人々も使うことがあった建物なので、それなりの収穫はあった、らしい。
現在は、調査結果を整理して、追加が必要な物品や設備の整備に必要な人員やその工賃などの見積りを行い、孤児院の敷地内に銭湯の開設を実現するための構想を、ヘンリエッタさんが練っている。
勿論、初期投資に必要な費用は、私が負担することを約束した。
資金提供に際しての条件を、キッチリと提示した上で。
孤児院の少女たちを含めた子供は一日一回の無料利用を可とし、公序良俗に反することが無いように利用規則と違反時の罰則を明示すること。
出来るだけ多数の庶民を利用者として受け入れ、無理なく運用し、適度な利益を得ること。
計画や予定の提示と実施可否の判断は、孤児院で平日の午前中にメイド講習兼マナー教室を開催しているアリシアさんを窓口とすること。などなど。
ヘンリエッタさんは、実家の高級宿が持つノウハウと人脈を駆使して早期実現をする気満々。
その応対は、有能かつ冷静なアリシアさんに任せて、私はバックアップに徹する。
孤児院の少女たちをジャブジャブと丸洗いする、という私の願望を実現するための、完璧な推進体制が出来上がった。
結果が出るのが今から楽しみ、だ。