孤児院の少女たちと交流してみた 前編
私は、再び、孤児院の中庭に居た。
ここの孤児院は、女の子だけの家庭みたいなものなので、素性の知れない男たちが立ち入るのは、あまり好ましいとは言えない。
だから、必然的に、屋外にある此処が各種の話し合いの場所となる、という現状は、仕方のない事だと思う。
院長先生が復帰すれば、応接室も使えるようになるらしいのだが...。
それは兎も角。
場所は変われど、私たちの状況に、少し前から大きな変化は無い。
孤児院前の往来から孤児院の敷地内へと、なんとか場所を移すことには成功した。
が、ピンクの髪と水色の髪、容姿そっくりな双子の少女たちの、アグレッシブな会話は、一時中断した後も、まだまだ続いている。
「お給料は、暫くは要らないわ」
「どうして? 姉さま」
「最初は見習い期間だもの、仕方ないの」
「そうなの? 姉さま」
「まあ、衣食住の面倒は見て貰うのだから、損では無いわね」
「そうだね。姉さま」
「仕方ないわね」
「仕方ないね、姉さま」
放っておくと、雇用関係が確定して、待遇も勝手に決定されてしまう。といった勢いだったので、仕方なく、私は、彼女たちの会話に介入することにした。
スッとしゃがんで、目線の高さをピンク髪の少女に合わせる。
「こらこら、君たち」
「チッ」
「おいおい。今、舌打ちを...」
「何ですか、旦那様」
「いやいや」
うん。手強い。
けど、可愛いお子様、だ。
「えっと、君のお名前は、確か...」
「ライラですわ。彼女は、レイネシアです」
「そう。で...」
「私が姉で、レイネが妹ですの」
「うん。で、メイドは...」
「私たちは、もうすぐ十三歳ですので、問題ありませんわ」
「えっと...」
「ヘンリエッタさんのお父様の宿屋でも、お手伝いをしておりますの」
話している言葉だけを捉えると、中々に高飛車なお嬢様。
だが、如何せん、視線が泳いでいる上に、彼女の左手は遠慮がちに私の服の袖を小さく掴んだまま、なのだ。
うん。可愛いお子様、だ。
強気の言動とは裏腹の、必死な感じが微笑ましい。
ツンデレさん、かな。まだ、デレは見せてくれてはいないけど...。
12歳は、現代の日本であれば小学六年生か中学一年生で、まだまだ子供。
だが、こちらの世界では、成人が数年後に迫っていて、そろそろ見習いとして働き始める年頃、の筈だ。
ユーストン伯爵の知識には、孤児院の少女たちの進路に関する詳しい情報は見当たらないのだが、修道院にそのまま属すか独り立ちをするかの岐路にある、といった処だろうか。
ただ、彼女たちには、どうやら、将来の目標として何らかのビジョンがある、ようだ。
その夢か目標を叶えるために、チャンスを掴もうと少し背伸びして頑張っている、ようにも見える。
そうであれば、少し、お節介などしてみるのも、良いかもしれない。
「成程、よく分かったよ」
「...」
「ただ、まあ。働き口を紹介するにも、私の所で働いて貰うにも、うちの娘として迎えるにしても、試験と面談は必要だね。いや、その前に、講習会かな?」
「...」
「う~ん。メイドさんについて、おじさんは、あまり詳しくないので、専門家を呼ばないとね」
「...」
「この時間帯は忙しい、のかな。ジェームス、アイリスを呼べるかい?」
そう。メイド、と言えば、今は領地の屋敷にいる筈のメイド母娘の母親の方、アイリスさん。
実は、ユーストン伯爵家のメイド長、だったりする。超エキスパートだ。
そのアイリスさんを妻に持つ、庭師で御者で護衛も兼ねる寡黙な男、ジェームスに、話を振る。
この二日間、殆ど会話もなく、影のように付き随ってくれている訳だが、私の護衛でもあるので、今は、屋敷まで使いに戻ってもらうのは不可。なので、スケジュール確認のつもりで...。
「承知致しました、旦那様。暫し、お待ちを」
「ん? しばし?」
ぼそぼそ、っと何やら唱えた、ジェームス。呪文、のようだ。
えっ?
ぼそぼそ、とアイリスさんに呼び掛ける、ジェームス。続けて、事情と現在位置を、説明し始めた。
風の魔法? 屋敷に居るアイリスさんに、魔法で自分の声を届けている?
ええっ?
返事があった、ようだ。アイリスさんから。
な、なぜに、返事が届く? アイリスさんも、同じ魔法が使えるのか?
えええっ?
ジェームスとアイリスさんって、二人とも貴族? それとも、高ランクの元冒険者?
っていうか、私は使えない、よ。こんな複雑で高度な魔法。
ん? 特訓すれば、私にも出来るようになる、のかな。魔法の素質はそれなりに高い、らしいので。
という事は、魔法の鍛錬も、今後の検討課題の一つ、だな。
ま、それは、兎も角。
い、いやぁ。どんだけ、ハイスペックなんだ。当家の使用人の皆さんは...。
「旦那様」
「あ、ああ」
「生憎、アイリスは都合がつかない、と」
「そ、そうか」
「アリシアを寄越すそうです」
「わ、分かった」
「十五分ほど、お待ちください」
「うむ」
と、いう事で。
ユーストン伯爵家が誇る将来有望な若手メイドであるアリシアさんの、参加が決定。
私が急遽の開催を思い立った、孤児院の少女たち向けのメイド講習会、という名目での、淑女マナー教室に。