領地の街を視察してみる 後編
結局、孤児院の中庭での『話し合い』では、何も分からず仕舞い、だった。
渦中の人物とおぼしき少女であるアンからは、私も見ていたままの状況説明のみ。過去経緯や個人事情などのトラブルを誘引した背景など、事情説明は一切なし。
現場に居合わせていた少年のエドとアンは、幼馴染のような関係。エドの父親であるウォルターは、冒険者でそこそこ腕が立つそれなりの有名人。といった、表面的な事実や関係のみの確認に終始したのだ。
たが、まあ、私が、敢えて貴族だとも領主だとも言及せずに、さらっと本名(アルフレッド・フィッツロイというフルネーム)での自己紹介をしたら、海千山千(?)な大人だと推測されるウォルターは、私の素性に気付いたようで、最終的には、後日に冒険者組合の支部にて大人だけで詳しい話を、という結論にはなった。
ので、まあ、その内に、ウォルターの口から何か説明がされる、のだろう。
だから、暫くはそのままで様子見、だ。
ただし、暫くの間、だけだ。
あの少女を、あのまま孤児院に置いておくのは拙い、という事だけは間違いない。
流石に、アンは、アンジェリカは普通じゃない、と思う。
ここが乙女ゲームの世界だからなのか、私の中身が日本人なので西洋人の姿に見慣れていないことが影響しているのか、その理由の判断には迷う処だが、この世界の住人は容姿が整っている比率が異様に高い、と実感している。
そんな美男美女や美少女を数多く見かけるこの世界にあっても、アンジェリカは、際立って目立っているのだ。
決して裕福とは言えない孤児院の子供なので、服装は、かなり清貧なものを身に着けている。身嗜みも、酷くはないが、お世辞にも褒められた状態ではない。
にも関わらず、何というか、ヒロイン的なオーラを、ばしばし、と半端なく醸し出している、のだ。
貴族である私でさえも少し気後れしてしまう程、顕著に、周囲を圧倒する特別感がある。
金髪、碧眼、白い肌。少し薄汚れた感はあるが、風呂に入れて本格的に磨けば、間違いなく一級品の美少女。
孤児院の中では最年長で、世話役的な立ち位置に納まり、気立ての良さも滲み出ている女の子。
普通の子供、ではない。
ただ、どうしても私には、少し腰が引けてしまって今一歩、彼女の抱える事情に踏み込めなかった。悪い子では無い、とは分かるのだが...。
などと、昨日の出来事を思い出しながら、私は、今、再び、領地の街中をのんびりと散策している。
本日も、質素だが上質な仕立ての服装に着替えた上で、護衛も兼ねた従者を一人、従えて。
* * * * *
改めて、この街の様子を眺めてみる、と。
昨日の暴漢騒ぎが夢ででもあったかのように、整然として落ち着いた良い街、だ。
多少の荒っぽさはあるものの、それは活気があると言える範疇に収まるものだし、街の住人の目には生気があり、物乞いや浮浪児の姿も見当たらない。
まあ、孤児院はあった訳だが、あそこの住人は女の子だけで、男の子は身寄りがなくても引き取り手に困ることなど殆ど無いそうだ。
引き取られた子供たちに対する扱いもそれ程には酷くないようだ、と感じさせる雰囲気が、この街にはある。
地縁血縁に根差したご近所の互助組合的な助け合いの仕組みも、大きな支障なく機能しているのだろう。
私は、どうしても、街中でチラホラと見かける子供たちへと視線がいってしまうのだが、筋骨隆々で肉体的な強者である大人の男性が無闇やたらと幅を利かせている事もなく、肝っ玉母さん的な女性や、愛嬌のある看板娘や、愛想が良く抜け目のなさそうな少年などが、元気溌溂と会話を交わしている街の様子を見ると、安堵する。
自画自賛のつもりはないが、ユーストン伯爵の領地経営は悪くない、と言える筈だ。
いや、まあ。私が個人的に気になるような些細なことは、其れなりにはあるのだが、この世界の常識で考えれば恵まれている方だ、と言える。
とはいえ、現状のままで全く問題がない、という訳でもない。
せっかく領主という立場でこの世界に居るのだから、自分に出来ることはしておきたい。などと、ついつい考えてしまう。
私の場合、異世界に来たならチートを活かした贅沢三昧のハーレム生活、という選択肢は、ない。
私のおかれた立場と、サクッと確認できた能力と、何処かに娘も居るかもしれないという状況から、十代若者向けの展開はあり得ない。
残念だ、とは言わないでおく。
というか、現状確認は措いておいて。この後、どうするべきか、だよなぁ...。
などと取り留めもなく考えながら歩いているうちに、私は、街の反対側の外れまで来てしまっていた。
領主であるユーストン伯爵の屋敷がある丘は、街の南西側にあるので、街の南西側から中央の賑やかな地区を通って街の北東側の外れまで、のんびり歩いて約二十分。
ユーストン伯爵領で県庁所在地的な代表都市(?)であるこの街でも、この程度の規模な訳なのだが、それはさておき。気が付いたら、目の前は件の修道院、だった。
そう。修道院。
その裏、というか隣に孤児院がある、あの修道院の前。
修道院と孤児院は、街の北東側の外れにあり、その隣は空き地で、街はここまで。
その向こうには、大きな河川が見えている。
この河川は、ユーストン伯爵領の農地を潤している重要な水源で、この街の北から東側に沿って南の方へと流れている、河原も川幅も広い大きな川だ。
うん。この河川は、我がユーストン伯爵領にとっては、大事なものだ。本当に、大切だ。
と、少し遠い目をして、川の流れを眺める。
...。
暫しの現実逃避をしてみた、が、状況は変わらなかった。
気がついたら、何故だか、ピンク色の髪の少女が、私の上着の袖を、ちょこんと摘んでいた。
そして、そのピンク髪の少女の反対側の手は、水色の髪の少女の手と繋がれていた。
そう。
私、ピンク髪の少女、水色髪の少女。
この三人が、仲良く数珠繋ぎ状態。
何なんだろう、この状況。どうして、こうなった?
「姉さま、姉さま」
「なあに、レイネ」
「姉さま、何しているの?」
「就職活動よ」
「姉さまは、就職活動中?」
「そうよ。この方のお家で、メイドになるの」
「姉さまが、メイド?」
「そうよ。勿論、レイネもよ」
「レイネも、メイドをするの?」
「そうよ、この方のお家で。できるでしょ?」
「うん。姉さまと一緒なら、できる」
「そう。なら、問題ないわね」
「うん。問題ないね」
いやいや、問題あるだろう。山積みだよ!
そもそも、この子たち、何歳だ?
というか、何処の子?
って、知っていますね...はい、昨日、会いました。
孤児院のおチビさん達、ですね。
ピンクの髪と水色の髪、容姿がそっくりな二人の少女。覚えてますよ、はい。
攫われかけていた金髪碧眼色白な美少女アンジェリカと一緒にいた、可愛いらしい双子の少女たち。
しかし、いつの間に、接近されていたのだろうか...気付けなかった。
修道院の建物を見上げて、川の流れと河原を見て、ふと右手を見ると、その下方にピンクの頭があって、焦った。
焦って思わず、川に視線を戻して現実逃避をしてしまった。
まあ、ジェームスが反応しなかったのだから、この二人に敵意や害意はない、のだろう。
アンジェリカさんも只者ではないと思ったけれど、このおチビさん達も将来は大物になりそうだ。
などと、再び現実逃避をしている間に、彼女たちの会話は、より具体的な内容の次段階へと突入していくのだった。