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不本意ながら、王都からも急遽の撤退となる

 本日で、この異世界での生活を始めてから、三十三日目となった。

 現実世界での自動車の運転と同様に、慣れた頃には事故を起こすものなので気を引き締めて行きたい、などと漠然(ばくぜん)と考えていた。

 すると。本日から、私が実行すべき毎日のメニューの中に、朝の鍛錬(たんれん)が加わった。

 追加に際しての執事のトマス氏による説明が、彼らしく無く、少し歯切れの悪いものだったのだが、まあ、確かに、護身の(すべ)は必要なので、私にも特に異論はない。

 トマス氏独自のルートから、隣国との外交が不調といった情報でも入手したのか、或いは、ユーストン伯爵家の周囲でキナ臭い動きをキャッチしたのか、仔細は不明だが、万が一に備えて体を鍛え直しておいた方が良い、という事らしい。

 現実世界の私には残念ながら剣術の心得など全く無かったのだが、貴族の(たしな)みとしてユーストン伯爵の身体(からだ)には叩き込まれていたので、少しの試運転で、()れなりに(さま)になる程度にはなった。

 うん。我ながら、中々(なかなか)のものだ。気分が良い。

 ただ、まあ、本職である護衛でかつ御者兼庭師兼従者であるジェームスには、全く歯が立たなかった。納得ではあるが、少し(くや)しい。

 ジェームスによる指導の元で、軽く剣を振るっての護身を主な目的とした動作を繰り返し、本日の朝の鍛錬は終了となった。


 朝の鍛錬の後は、ユーストン伯爵家の誇る邸宅内にある広々とした食堂で、少し(にぎ)やかな朝食だ。

 双子の養女たち、つまりはライラとレイネシアと一緒に、朝食を取りながら、トマス氏から本日の予定を聞いた後、軽く家族の談話を楽しむ。心和(こころなご)む時間だ。

 二人の娘が口を(そろ)えて言うには、家庭教師のオフェーリアさんは、かなりのスパルタらしい。

 ユーストン伯爵家がお(かか)えの家庭教師として数年前から雇っているオフェーリアさんは、二十代後半の現時点では独身のご令嬢で、元はランカスター伯爵家のお嬢様だ。

 ライラとレイネシアには、教えを乞う師としても、令嬢としての良きお手本としても、(した)われているようだ。指導が厳しいと口では言っているが、内容にも指導方法にも納得している様子が伝わってくる。

 二人には、この調子で頑張って欲しいものだ。


 ライラとレイネシアの他愛ない話を聞いた後、私は、本日のスケジュールとしては告げられていなかった予定外の行動について、話を切り出すことにした。

「ライラ、レイネシア。昨日、ベアトリスから紹介された王都のお店で、どこか行きたい所はあるかい?」

「行きたいお店、ですか...」

「はいっはいっはいっ! ケーキ屋さんに行きたいです!」

「レイネシアは、元気だね。で、ライラは?」

「そうですね。私も、何軒か行ってみたいと思ったケーキ屋さんはあります」

「姉さまは、どのお店が良いのですか?」

「そうねえ」

「やっぱり、フルーツタルトのお店、ですよね?」

「良いわね。それと、老舗(しにせ)のスポンジケーキのお店にも、興味はあるわね」

「うん。ベアトリス様も、一度は食べておいた方がいい、って言ってたね」

「そうね。あと、ロールケーキで有名なお店も、行ってみたいわね」

「そうそう! ふわふわのクリームがいっぱい入ったロールケーキも、食べてみたいね」

「ははははは。ケーキ屋さんばっかり、一日に何軒も行けるのかい?」

「えっ? 一日で回るのですか?」

「そうだよ。今日の午後は時間が空いているから、王都で行っておきたいお店を何軒か選んでくれないかい?」

「は~い!」

「分かりましたわ。アイリスさんともご相談しておきます」

「ああ。よろしくね」


 * * * * *


 本日の急なお出かけは、結局、お洒落な小物屋さんと本屋さんと老舗のケーキ屋さんを(めぐ)る小旅行となった。

 護衛も兼ねるジェームスが御者(ぎょしゃ)をするユーストン伯爵家の馬車に、ライラとレイネシアと一緒に乗り、二人のメイドが乗った馬車を(つら)ねて、騎馬に乗った若手の護衛二人をお供に、王都の街中をほぼ端から端まで移動して、三つのお店を訪れた。

 勿論、移動中は、窓から街並みを眺めて、王都の見学もしっかりと(こな)した。

 まあ、ユーストン伯爵自身は王都で生活していたので今更の見学など必要はないのだが、私としては興味があるし現物は見てみたいので、ライラとレイネシアをだしにして、実行してみた。


 馬車がユーストン伯爵邸に帰り着くまであと少しといった地点に差し掛かった時、窓から見える街並みの中に、高く大量の水を噴き上げている巨大な噴水のある広場が入ってきた。

「うわぁ~、凄いです」

「そうね。近くで見てみたいものね」

 ライラとレイネシアが感嘆の声を上げる。

 珍しく、ライラも素の表情で、年頃の女の子らしい態度を見せていた。

 私は、思わず嬉しくなって、ライラとレイネシアと一緒に、噴水を間近で見てみたくなった。

「近くで見てみるかい?」

「「えっ」」

「ジェームス、馬車を止めることは出来るかい?」

「はい、旦那様。少しお待ちください」


 ジェームスが、馬車を止めて護衛二人とメイドたちの馬車の御者に声をかけ、噴水広場に降りるための段取りと人員配置を指揮する。

 馬車の中で暫く待つと、馬車を止めてから何処かに行っていたジェームスが、戻って来るのが見えた。

「旦那さま、お待たせしました」


 カチャリ。


 馬車の扉が開いたので、まずは私が降りてから、レイネシアに手を差し伸べる。

養父(とう)さま、ありがとうございます」

「どう致しまして」

 レイネシアが馬車から降りて広場の石畳の上に立ったのを見届けてから、ライラの手を取る。

 ライラは、無言で目礼をしてから馬車から降り立ち、私の手を放すとレイネシアと手を繋いだ。

 若手の護衛二人が、二人の娘の左右をスッと固めたので、その後ろに私とジェームスが続き、広場の中央にある噴水へと向かう。

 楽しそうな双子の養女を眺めながら、ゆっくりと歩みを進めていると、噴水がひと際高く水を噴き上げ、その水が水面を叩く音が大きく響いた。

 その時。少し離れた人混(ひとご)みの中から、()き身の剣を持った男達がバラバラと飛び出して来るのが見えた。

 その数、五人。

「ジェームス! 前へ」

「はっ」

「ライラ、レイネシアを連れて馬車に戻れ!」

「はい!」

「えっ?」

「二人は、娘たちの護衛を!」

「「(かしこ)まりました!」」

 私も、剣を抜き、ジェームスと娘たちの間に入って暴漢たちを牽制、後退(あとずさ)りながら徐々に馬車の方へ撤退する。

 おい、おい。王都の街中で真っ昼間から堂々と、貴族の当主と娘の一行を襲撃(しゅうげき)するって、正気の沙汰とは思えないのだが。

 しかも、外見は暴漢、ただし、良く見るとかなりの手練(てだ)れであることが分かる剣士たちが刺客とは、私も大物になったものだ。

 などと思考する程に冷静で居られるのも、ジェームスの大活躍があって、だが...。

 前方から襲ってきた三名は、既に、ジェームスが無力化、地面に横たわっている。

 左右から襲ってきた二名は、若手の護衛がそれぞれ相手をしているが、一対一だとこちら側の方が優勢なようだ。

 そこにジェームスが加われば、直ぐに片が付くだろう。

 と、思わず油断してしまったのが(まず)かったのか、ライラが()けた。

「きゃっ」

「えっ」

「ふんっ」

 ライラに気を取られた若手護衛その一に、(すき)が出来た。

 その隙を突いて、急に動きのキレが良くなった暴漢その四が、ライラに肉薄する。

 ま、(まず)い。

「(顕現せよイマージ・オゥバー・ゼア、)風の盾(エアー・シールド)っ」

 私は、ライラの方へと全速力で駆け寄りながら、超早口の小声で、もにょもにょっと、短縮形の呪文を(つぶや)いて、魔法を発動。

 ライラに向かう暴漢その四の剣の進路上に、突貫で風の盾を造る。

 と同時に、体を思いっきり伸ばして、自分の剣を下から上へと切り上げるモーションに入る。

 風の盾が、パリンと、呆気(あっけ)なく壊れて消えるも、暴漢その四の剣が一瞬止まる。

 その一瞬止まった暴漢その四の剣を、私の剣が跳ね上げ、吹っ飛ばした。

 ま、間に合った...。

 と、思わず気を抜いたら、視界の隅で暴漢その四がニヤリと笑うのが見えた。

 そして、伸び切った私の脇腹に、暴漢その四の回し蹴りがヒット。

 あっちゃ~。

 私は、派手に後方へとぶっ飛ばされながらも、ジェームスによって暴漢の残り二人が地面に沈められるのを確認。良かった、と安堵。

 ぶっ飛んで行きながらも、何とか後頭部を(かば)い、打撲に備えようとして...強烈な衝撃と痛みに、あっさりと意識を手放してしまった。


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