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領地の街を視察してみる 前編

 私は、今、領地の街中を、のんびりと散策している。

 質素だが上質な仕立ての服装に着替えて、護衛も兼ねた従者を一人、従えて。


 庭師と御者を兼ねる無口なこの男、ジェームスは、護衛の仕事もこなすのだ。

 執事の人脈、なのだろう。ユーストン伯爵は気にしていないが、何者やら...。少なくとも、ただの平民、ではなさそうだ。

 ジェームスが腰に吊るした剣も、使い込まれた業物、といった感じで、地味で目立たない外観なのだが、何となく威圧感がある。

 そんな剣を所持している男が、少し離れて、私の後ろを歩いている。この状況が最初は落ち着かなかった、のだが、ジェームスはユーストン伯爵から全幅の信頼を得ていたようで、今はもう気にならなくなった。

 私は、周囲の警戒を従者であるジェームスに任せて、街の様子を注意深く観察しながら、のんびりと歩いていく。


 領主であるユーストン伯爵の屋敷は、街外れというか、街に隣接する丘の上にあったので、街の外れから中心部の(にぎ)やかな方へと、街並みや人々の様子にそれとなく目をやりながら、ゆっくりと歩みを進める。

 伯爵の記憶と知識があるので、街とその住人たちの様子に目新しさはない。無いのだが、この世界の貴族である伯爵と現代日本で育った私とでは、やはり、物事の感じ方に違いがある。

 現時点では確信まではないが、現実世界では()えて染めなければ在り得ないカラフルな髪色の人々が闊歩(かっぽ)している点からも、ここは娘が言っていた乙女ゲーの異世界、なのだろう。

 基本コンセプト(?)が中世ヨーロッパ風の世界のようなので、乙女ゲーの物語が繰り広げられる舞台となるのであろう上流社会は別として、大多数を占める庶民の生活は、かなり(つつ)ましい。衣食住の確保に手一杯の状態が普通であり、貧困とも隣り合わせの少し厳しめの世界だ。

 貧富の差や、強者と弱者の立ち位置やふるまいの違い、男女間の格差など、豊かで平和な現代社会で暮らしていた私には、この世界の人々にとって些細な事象(じしょう)でも、感覚的には受け入れ難いことがチラホラとある。ささやかな良心が痛む、という奴だ。

 例えば。小さく非力な女の子が、(いか)つい親方風の大男(おおおとこ)に、怒鳴られながらお店の裏で日中から働いている、といった光景はこの世界で普通に見られる。が、児童労働は...。

 勿論、こちらの世界にも、建前と本音は別々にあるので、私の価値観が全くの異端という訳ではない。

 ただ、余裕のない生活や環境が、弱肉強食的な理論を優先させてしまう、のだろう。

 であれば、豊かになれば、改善可能。生活を豊かにして模範とすべきことを明示できれば良い、という事なのだ。たぶん。

 この世界全てを、この王国を丸ごと、といった規模になると、残念ながら私ではキャパ不足。だが、この領地を、という事であれば、不可ではない、と思う。私が領主、な訳なのだから...。


 などと、ときたま遭遇する「私の良心がチクチク痛むものの大事には至っていないこの街では日常的にある珍しくはない出来事」には手出しせず、自らの思考に(ふけ)りながら、街歩きを続けている、と。

 怪しげな男達に襲われている、一人の老女と三人の少女、が私の視界に入った。

 は?

 一瞬、思考が停止する。

 が、即座に、再起動。

 流石(さすが)に、これはダメ、だろう。見過ごしに出来る事態ではない。と、慌てて、思考を加速。

 暗色系のフード付きマントで容姿を隠した無法者っぽい男が、三人。得物は、粗雑な物にも見えるが、剣を所持。

 狭い路地に、暴漢三人、老女、少女三人。私たちから男達までは、少し距離あり。

 少女たちは、ピンクの髪と水色の髪の幼い二人が怯えて座り込みかけ、年上で金髪の一人が幼い二人の手を引き退避の姿勢。

 老女は、殴打されながらも怯まず、男達が少女たちに近付くのを阻止。

 男達は、思い通りにならずに激高、躍起(やっき)になってきている。

 と、ここまで瞬時に把握して、私は、後ろにいる従者のジェームスに、目配せした。

 了承の気配を得て、直ぐさま視線を前に戻す。と、ジェームスが私を追い抜いて行った。

 ジェームスが、一番こちら側にいた男その1に接近。有無を言わさず、剣を(さや)ごと振りかぶる。

 が、ほぼ同時に、私達から一番離れた位置にいた男その3が、剣を抜いて老女に切りかかるのが見えた。

 ま、まずい!

 このままでは、老女がほぼ確実に致命傷を負う。

 なんとかしないと、不味い。か、考えろ、俺。と、思考を更に限界まで加速。

 俺には必殺技など無い。が、ここは剣と魔法の世界。所持している武器に、飛び道具なし。であれば、魔法の一択。けど、俺に魔法は使える? ユーストン伯爵には使える、(たしな)み程度に。数種類。選択、アレンジ、遠隔かつ無理矢理の照準設定。えええい、ままよ!


顕現せよイマージ・オゥバー・ゼア風の盾(エアー・シールド)っ」

 私は、早口小声で、もにょもにょっと、(つぶや)いた。


 * * * * *


 街外れにある、歴史の風格を感じさせる建物、修道院。その裏庭に面して、寄り添うようにひっそりと建つ古ぼけた建物、孤児院。

 そんなうら(さび)れた孤児院の中庭に、私たちは居た。

 私と、従者のジェームス、襲撃の現場に居合わせていた少年と、その少年の父親である冒険者の男、(さら)われかけていた一番年上の少女。

 この五人が、運動場と洗濯干し場とささやかな畑を兼ねる、この孤児院の中庭に集まって、顔を見合わせていた。


 この街の修道院の修道女であり孤児院の院長でもあった老女は、幸いにも重傷は免れたものの、多数の打撲傷のため、手当てを受けた後に寝込んでしまった。

 私の渾身(こんしん)(?)の魔法は、気休め程度ではあったが、何とか間に合って、剣の軌道を逸らすことには成功していたので、老女が致命傷を受けることは避けられたのだ。

 ただ、致命傷は避けられたものの、高齢の女性に今回の出来事は色々と負荷が高かったようで、暫くは安静に、となった。

 (ちな)みに、あの後は、従者ジェームスの独断場で、あっと言う間にゴロツキども全員を剣の鞘で叩き伏せていた。

 当然、気を失った五人の暴漢たちは、駆け付けた街の警邏(けいら)係への引き渡し、と相成っている。


「さて」

 と、仕方なく、私は発言してみた。

 成り行きで、事後処理まで付き合い、一段落してこの場に集まる事となってしまった訳なのだが、はてさて、どうしたものやら、といった感じなのだ。

 正体不明な私と、とっつき(にく)い雰囲気を漂わせる従者のジェームス。

 二人とも悪人には見えない、と思いたいが、彼らと彼女からすれば得体の知れない警戒すべき人物、であるのも確かなので対応に困っている、といった感じだろうか。

 一方で、私の方も、彼らの立ち位置や事情が分からないので、どのように関わるか決めかねていた。のだが、この状況に至るまでに結構な時間を費やしてしまったために融通の利く残り時間が少なくなってしまい、あまり悠長(ゆうちょう)にも構えていられない。

 ので、やはり、仕方がない。私が話を進めることにしよう。

 順番に、全員の顔を見てから、口を開く。

「この後のことだが、どうしたものだろうか?」


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