最初の対面で、執事に見破られました
伯爵家の豪奢な馬車での、領地の屋敷から王都の邸宅まで、二泊三日の旅。
途中で、色々と想定外の事態や些細なトラブルなど発生したものの、まあ、概ね問題なく、無事に王都の邸宅へと到着した。
宿泊地までの距離との兼ね合いもあり、馬車のスピードは比較的のんびりとなるので、揺れや衝撃に悩まされることもなく、疲労感も殆ど残らない快適な旅を満喫できた。
馬車の旅も悪くない、というのが今回初めて体験した私の、素直な感想、だ。
閑話休題。この異世界での生活も、今日で、早くも二十五日目。
その八割がたは、領地の屋敷で、領主のお仕事に邁進していた、ような気もする。
が、それも私がこの世界で使わせて貰っている肩書や地位と資産の対価だ、と考えれば、納得せざるを得ないだろう。
それに。
今日まで、行き当たりばったりの出たとこ勝負で、この世界で出会った人達の生活に色々と関与してしまった訳だから、自己の行動にはキッチリと責任を取らなければならない。とも、考えている。
勿論、領地の屋敷で、自分に出来る範囲内の手配と手続きは済ませてしまっており、一応は、後々に問題とならないレベルまでは仕上げたつもり、だ。
f そのお陰で、書類仕事の量が更に膨張して膨大となり、目が廻るほど大変だった、けど。タイムリミットが分からないので、結果的には大急ぎでの遣っ付け仕事となってしまった、が。兎に角、ベストは尽くした。
だから、例え、私が急にこの世界から居なくなり、ユーストン伯爵が元の人格に戻ったとしても、孤児院の少女たちやヘンリエッタさんやアリシアさん達が、戸惑うことはあっても困ることはない、筈だ。
ただ、まあ、ユーストン伯爵がパトロン的な役割を自主的に継続してくれるかどうかは未知数なので、多少がっかりさせてしまう可能性はあるのだが...。
と、いう事で。
今回は、ユーストン伯爵の周囲も固めて外堀も埋めてしまおう、という趣旨での王都訪問だ。
今回のミッションのラスボスならぬ王都を訪れた主目的であり尚且つターゲットでもあるユーストン伯爵家が誇る剛腕かつ有能な執事の、トマス・クリフォード氏。
そのトマス氏との、難易度の高い困難な交渉が、この王都で私を待ち受けている、のだ。
そして、今、私の目の前には、重厚感あふれる広大な邸宅。
そう。ユーストン伯爵家の、王都での住処であり拠点、だ。
その邸宅は、ユーストン伯爵の知識としては馴染みがあり、その佇まいに違和感など全く無いのだが、現代日本の一般庶民である私の感覚では、なんじゃこりゃ~、という代物だった。
敷地は広すぎるし、家屋は大き過ぎるだろ、これ。
まあ、由緒ある伯爵家の邸宅としては、飛びぬけて巨大でも豪華すぎる訳でもなく、王都には更にワンランクもツーランクも上の邸宅がゴロゴロとある訳なのだが、やはり、デカい。
などと、私は、表面上では冷静を装いながらも、馬車が門を潜り広い前庭(?)を抜けて邸宅正面の玄関前に到着するまでの間、湧き上がってくる素直な感嘆を味わって消化することに専念した。
さて。それでは、ユーストン伯爵家を切り盛りする剛腕の執事様とのご対面、といきますか...。
* * * * *
馬車から降りる私を、じっと無表情に無言で視る、トマス氏。
目が合った一瞬、口角が微妙に上がったような気がした。
が。
「お疲れさまでした、旦那様」
と、綺麗なお辞儀で頭を下げたので、その表情をよく見ることは出来なかった。
のだが。
そのセリフが発せられた瞬間、出迎えのため整列していた使用人たちの一部に、ピリッとした緊張が走る。
あ、これは、駄目なやつ、だ。
完全に、バレたっぽい。とは覚ったが、なんとか、何食わぬ顔をして、私は返答する。
「ああ。トマスもご苦労様。後で、少し、話をしようか」
「はい。承知致しました。まずは、ゆっくり自室でお寛ぎ下さい。旦那様」
うん。敢えて繰り返した、ね。
そう。
執事のトマスは、従来、私のことを「アルフレッド様」と呼ぶ、とユーストン伯爵の記憶が教えてくれる。
けど、今は、敢えて「旦那様」という普段とは違う呼び方をした。
つまりは、そういう事、だな。
私は意図的に意味深な微笑みを浮かべ(ようと努力し)ながら、にこやかに受けて立つ。
「分かった。では、後で、な」
私は、正面玄関から邸宅に入り、スタスタと歩いて、自室へと向かった。
私の後ろには、なぜだか、私の鞄を持ったジェームスが続く。
更にその後ろには、ライラとレイネシアが、アイリスさんに付き添われて、ついて来る。
トマスは、一切、この二人については触れず、視線も向けなかった。
ライラと、レイネシア。急遽、養女としてユーストン伯爵家に迎え入れる予定となった、二人の少女については。
まあ、王都への移動途中にあった予定外の出来事については、簡単な報告が為されているだろうから、トマスも把握はしている筈なので、取り敢えずは棚上げにした、といったところか...。
などと、現状分析もしながら、邸宅の廊下を、奥の方へと進んでいく。
私自身はこの邸宅を初めて訪れた訳だが、ユーストン伯爵としては勝手知ったる我が家なので、特に迷うこともなく、自室の前へと辿り着く。
私が立ち止まると、ジェームスが、スッと前に出て、部屋の扉を開け、脇に控える。
「旦那様」
「ああ、ありがとう」
ジェームスが、私の後ろを見る。
私は、ゆっくり振り返って、ちょうど到着したライラとレイネシアの、その後ろに控えている、アイリスさんを見る。
「ライラとレイネシアには、私の部屋の近くに、それぞれ一部屋ずつ、隣り合った部屋を与えたいのだが...」
アイリスさんは、特に迷うこともなく、頷いて口を開いた。
「それでは、旦那様の部屋から一つ間を挟んで奥側にある続き部屋に、ご案内致します」
「ああ。それで頼む」
「承知致しました」
「すぐに使える、のだな?」
「はい。大丈夫です。若いお嬢様向けの内装ではございませんが、いつでも使用できる状態に維持されておりますので」
「そうか。では、彼女たちを頼む」
「承知致しました。それでは、お嬢様方は、こちらへ」
アイリスさんが、ライラとレイネシアを、誘導する。
レイネシアは、素直にアイリスさんに続いて歩きだした。が、ライラは、私の方を向いて立ち止まったまま、動こうとしない。
そんなライラに、私は、出来るだけ優しく、笑顔で話しかける。
「ほら、慣れない移動で疲れているだろうから、部屋に入って休んでいなさい」
「でも、私が...」
「はいはい、大丈夫だから。取り敢えずは、私に任せておきなさい」
「...」
「というか、私が当家の主な訳だから、私が良いと言えば良いんだよ」
「ごめんなさい」
「そこは、お詫びじゃなくて、お礼が良いかな」
「...。ありがとう」
「まあ、当家の執事であるトマスの協力を取り付ける必要はあるので、後で、ライラにもトマスと話して貰うことになる、とは思うよ」
「はい。お願いします」
「ああ。素直で宜しい。娘は、こうじゃないとな」
「...」
「ははは。では、また後で」
ライラが、少し離れた場所で心配げに待つレイネシアの傍へと、速足で向かうのを見送ってから、私は、初めてではあるが馴染みある王都の邸宅の自室へと、足を踏み入れた。