再び、孤児院の少女たちと交流してみた
気が付くと、孤児院を初めて訪れた日から、約三週間が経過していた。
メイド母のアイリスさんと、メイド娘のアリシアさんの今後について相談してからも、二週間。
勿論、その後すぐに、アリシアさんとも、学校構想について説明した上で意思を確認済み。
アリシアさんには、孤児院の少女たちに関する対応を、快く引き受けて貰った。ので、ついつい、昨日までずっと、任せっきりの状態だった。
私の仕事量も、当初よりは緩和されていて没頭という程までは多忙でも無かった、のだが...。
流石に、これでは駄目だと思い直した私は、今日、久しぶりに、お忍びで街に出て、孤児院へと足を運んでいた。
のだが、只今、絶賛、現実逃避中、だ。
孤児院を訪れた私は、現在、またもや、ライラに服の袖口を掴まれていた。
デジャブー、という奴だろうか?
もう、お決まりのデフォルト、という位置付けになってしまったのかもしれない、この光景。
何故だか、違和感なく、自然と収まっているような気さえする。
当然ながら、ピンク髪の少女の反対側の手は、水色の髪の少女の手と繋がれていた。
そう。
私、ライラ、レイネシア。この三人が、仲良く数珠繋ぎの状態。
更に。
ライラの、傍若無人で唯我独尊な会話術も、健在だ。
「ねえ、ねえ、旦那様」
「えっと。なんだい、ライラちゃん」
「あ、そうそう、旦那様って、伯爵様なんですって?」
「...えっと。誰が、そんな事を」
「姉さま、伯爵様って、偉いの?」
「うん。そうなの、レイネ。お偉い方なのよ」
「いや、まあ」
「そうなんだ、姉さま」
「そうなのよ、レイネ」
「...」
「ところで、旦那様」
「ん?」
「可愛いメイドさんと、清楚な愛娘と、可憐な若奥様。どれが、お好み?」
「へ?」
「メイドさんと娘さんの場合は、漏れなく可愛らしい双子の少女がセットになっているの。お得よ」
「お得なのよね、姉さま」
「そうよ。私とレイネは、二人だけれど、三人分以上の価値があるもの」
「双子の場合、一たす一が三になるのね」
「...」
「そうなの。ただ、奥様希望の場合は、もう一人が居候になるから、お得感は薄いかも」
「でも、でも、姉さま。姉さまの旦那様になれる人は幸運なんだから、やっぱり、お得だと思うの」
「まあ、レイネったら、お上手ね」
「えへへ」
「でも、その通り。流石だわ、レイネ」
「うん」
「...」
「ほらほら、旦那様」
「ん?」
「いつまでもお外に居ないで、お部屋に入りましょう?」
「あ。ああ、そうだね」
「そして、私たちの将来設計について、じっくり、ご相談しましょ」
「ま、まあ。少しニュアンスが違うような気もするが、その為に今日は、こ…」
「あ、院長先生! 応接室を使わせて頂きますね」
「はいはい、ライラさん。アルフレッド様に、ご迷惑をおかけしては駄目ですよ」
「は~い」
「アルフレッド様、申し訳ありません」
「いえいえ、ライラちゃんは良い子ですから、大丈夫ですよ。少し、お部屋をお借りします」
「どうぞ、どうぞ。ご自由にお使い下さい」
「レイネは、ヘンリエッタさんのお手伝いを、お願いね」
「はぁ~い。姉さま、分かりました!」
「さあ、さあ、旦那様。こちらにどうぞ」
そして、私は、ライラに案内されて、孤児院の応接室に向かう。
レイネシアは、孤児院の別の場所で活躍中のヘンリエッタさんの所に、ニコニコと、一人で向かった。
孤児院の院長先生は、賑やかな数人の子供たちと一緒に、孤児院の庭へと出て行く。
さて。
それでは。ライラと、今後の方針についてお話合い、と行きましょうか。
* * * * *
私は、孤児院の応接室のソファーに、少し緊張気味に座っていた。
目の前のテーブルには、ライラが自ら淹れてくれた、紅茶の入ったカップ。
そのテーブルの向こうには、いつもより少し真面目な表情で、無言のまま、こちらの様子を窺う、ライラ。
「さて」
「なんですか、旦那様?」
「まあ、腹の探り合いをするつもりもないので、単刀直入に、お話をしようかな」
「ええ、そうですわね」
「私がこの街を訪れて、一番最初に出会った“困っている女の子”は、アンジェリカ、だった」
「あの事件、ですわね」
「アンの身の振り方は、もう決まったので、たぶん、もう大丈夫な筈、だ。当初はあった課題も、解決済み」
「そうですか...。良かった、です」
「で。問題は、二番目に出会った“困っている女の子”である、君。ライラ、だ」
「...」
「アンは、孤児となった背景や生まれ等に特段の事情がない普通の孤児だったので、特別な小細工はしなかった」
「...」
「けど、ライラとレイネの二人には、孤児院での生活を余儀なくされた理由と抱えている事情がある、よね」
「...」
「だから、少し、悩んでいる」
「そう、ですか」
「ライラ。君は、どんな未来を望んでいるんだい?」
「...」
「過去は忘れて、レイネと二人で長閑に過ごせれば良い、のだろうか?」
「...」
「それとも、貴族としての柵からくる軋轢や困難や不自由などには全て目を瞑ってでも、あくまでも、名誉の回復を優先するのかい?」
ライラは、十二歳。現代日本であれば、小学六年生。
意図的に煙に巻く言動をとる、凄く頭の良い子だが、まだま子供、だ。
まあ、この世界では、十六歳で成人扱いなので、皆しっかりしてはいるのだが...。
私が、この世界の一時的な居候ではなく、本物のユーストン伯爵であったのならば、迷わず養女にして長期的な視野で世話をするところ、だ。
が、如何せん、いつ現実世界に戻ってしまうか分からず、戻ってしまった後では次はいつ来れるのかも分からない状況なので、私にも迷いがある、のだ。
さて、どうするべきか。悩ましい、なぁ。