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プロローグ

 さて。困った。

 というか、困惑中。


 まあ、何だ。

 娘に聞いていたのと、同じというか、違うというか...。


 VRゲームにログインした。娘に何度もねだられて、仕方なく、だ。俺の趣味ではない。

 VRゲームにログインした、筈が、なぜか、リアルな現実感。

 この、自分のものだと感じている身体(からだ)に、物質として実体があるのか、精神的なものを錯覚してしまっているだけなのか、判断するのは難しい。が、現代で実用化されている仮想現実の世界ではない、とは断言できる。

 中世ヨーロッパ風の世界。

 現時点で見える範囲内、という条件付きではあるけど、まあ、たぶん、映画や劇のセットではない。質感と年季が違う。作り物ではない、と感じる。

 と、ここまでは、娘の体験として耳にタコ状態でさんざん聞いていた話、と同じ。


 が、なぜか。

 俺は、自分自身として異世界(?)に紛れ込んだ訳ではなく、この世界の別の人格と同居(?)している。

 俺は、ユーストン伯爵、であるらしい。

 俺は俺自身、であると同時に、ユーストン伯爵でもあるようだ。

 うん。ここは違う。

 娘の自慢(?)話では、自分自身のままで乙女ゲーの中世ヨーロッパ風異世界ライフを満喫している、という事だった。


 よくある(?)パターンの、死後の転生、ではない筈だ。

 俺の記憶に間違いがあって、実は一度死んでしまった。という訳ではない、と思う。そう信じたい。未成年の娘を残しての早死には、困る。

 会社の仕事は、まあ、経営者などではなく単なる一社員なので、急だと多少の迷惑はかけて申し訳ないことになるとは思うが、大きな支障はない、だろう。たぶん。

 けど、未成年の娘がいる。ここが、大事。

 せめて、娘が成人、いや社会人になるまでは、保護者の俺がキチンと生きていないと...。


 と、いう事で、異世界転生ではなく、異世界で居候(いそうろう)

 そう。この点についてだけは、断言しておく。決めつけておく。自らにも、キッチリと言い聞かせておく。決して間違いが無いように。


 * * * * *


 経験のない感覚と事態に少し混乱してしまったが、改めて現状を整理しようと思う。


 この身体(からだ)(?)の本来の持ち主であるユーストン伯爵アルフレッド・フィッツロイは、約三週間前に愛妻と一人息子を同時に亡くして、腑抜(ふぬ)け状態。というか、精神的には瀕死(ひんし)で、仮死状態。

 俺からの問いかけに対して、身じろぎ(?)しているような感触はあるものの、応答はない。

 自分で自分(の中、心?)に問いかける、というのも変な話だが、まあ、自分の中に俺と彼が同居しているような感じ、なので仕方がない。

 当初は、突然の訪問というか乗っ取り(?)に関して、まずはお詫びしてから今後の相談がしたい旨を打診してみたのだが、気にするな好きにして良い、といった趣旨の反応が一度あったのみで、後はずっと無言(?)のまま、だ。


 知識や記憶の共有については、問題なし。

 俺の記憶がユーストン伯爵にも共有されているのかどうかは不明だが、俺にはユーストン伯爵の知識と記憶が特別に意識しなくても読み取れるようだ。

 記憶の引き出しが一つ追加されたような感じ、というか、説明の難しい不思議な感覚、だ。

 違和感がない、というのとは少し違うような気もするが、まあ、機能的には問題はなく支障もない。

 この世界で意識が戻った際には、知恵熱も出ていないし、頭が痛くなって気を失うこともなかった。

 ただ、気が付いたらこの不思議な感覚で、予想外の状況になっていた、のだ。


 身体(からだ)(?)の方にも、特に問題はない。

 ユーストン伯爵はここ暫く部屋に引き(こも)り状態を続けていたので、多少、空腹気味で栄養が不足していて寝不足、のような感じではあるが、基礎体力はかなり高いようで、身体能力的には全く問題がない、と言えそうだ。


 そのユーストン伯爵の体は、今、豪華なソファの背凭(せもた)れに深くもたれた状態で座っている。

 現在位置は、ユーストン伯爵の領地にあるお屋敷の中。自室だ。

 この屋敷の中には、現在、ユーストン伯爵がただ一人。

 料理人と家政婦を兼ねるメイドの母と娘、庭師と御者を兼ねる男(メイド母の夫、娘の父)、の計三人が、日中はこの屋敷にいるのだが、通いなので、現時点では誰も居ない。

 屋敷とは別に領地を治めるための事務など受け持つ役場的な出先機関である公館が、街の中心部にあるが、この屋敷からは少し離れている。

 その街中の公館の方にも、働いているお役人、というか、ユーストン伯爵家が雇用している人達がそれなりの人数いるようだ。居るようだが、彼らとユーストン伯爵とはあまり面識がなく、記憶にも(ほとん)ど残っていない。

 この国の首都である王都にも別途に、ユーストン伯爵の邸宅があって、王都の邸宅がユーストン伯爵の生活の基盤であり、主な居住地、活動拠点。

 その王都の邸宅には、先代のユーストン伯爵から仕えている有能な執事と、それなりの規模の邸宅を維持・管理するためのそれなりの人員がいるようだ。居るようなのだが、ユーストン伯爵は執事以外とはあまり接点がなく、万事は、執事にお任せの状態。

 ユーストン伯爵の両親は既に亡くなっているので、天涯孤独。親戚筋が居ない訳ではないが、深い付き合いはなし。


 という事で、取り敢えず、お屋敷の使用人さえ誤魔化せれば、当面の活動には問題なし。

 一番の難題は、王都の邸宅にいる執事だが、ここから王都までは馬車で三日、早馬でも丸一日かかるので、保留。先送り。後で考えよう、後で。

 それよりも、そろそろ、朝食を用意しに、メイド母娘が来る頃のはずだし...。


 ユーストン伯爵の知識と常識からすると、この国では身分の違いからくる格差は大きく、使用人であるメイド母娘とユーストン伯爵の間で気軽なやり取りがある訳でもない、ようだ。

 俺が、多少、不審な行動をとったとしても、強気でいれば誤魔化せる、だろう。たぶん。

 だから、頑張って、誤魔化すことにする。

 ユーストン伯爵の心情も分からなくはないが、悲嘆にくれた引き(こも)り生活をいつまでも続ける訳にはいかない。

 まずは、朝食をキッチリとって、体力を回復させる。それから、領地の街を見に行く。

 お忍びでの、領地の街の視察、だ。

 ユーストン伯爵は、頻繁にお忍びで領地内を散策したりはしていなかったようだが、経験がない訳でもないようなので、問題なし。

 お忍びでの街歩き用の質素な服装は、メイド母に言えば、用意できそうだ。


 さて。

 ユーストン伯爵として活動する際の、注意事項は...。

 まず、この先の生活でボロが出ると困るので、脳内思考も含めて、一人称は「私」で統一しよう。

 性格的には俺もユーストン伯爵も似たような所があるので、日常生活は何とかなりそうな気もするが、口調や態度は普段からユーストン伯爵に合わせておくべき、だろう。人前と普段で使い分けなどしていたら、ボロが出る。

 常に、ユーストン伯爵の行動様式に合わせておくこととする。

 まあ、仕事中は「俺」ではなく「私」も使っていたので、問題なし。

 ユーストン伯爵としての自覚(?)を持って、発言や態度にも気を付ける。

 庶民の俺、ではなく私が、貴族の振りをするのは、少し苦労しそうな気もするが、ユーストン伯爵の知識と社会人としてのお仕事モードでのスキルを活かせば、何とかなる。何とかなるはず、大丈夫。


 あと、まあ、全てを執事や使用人にお任せの生活では、いざという時に融通が利かないと困るので、万が一の際に生活するための糧となる小回りの利く財産、すなわち現金、も用意しておくべき、だろうな。

 屋敷内に給金や生活物資購入のためのお金はあるようだが、持ち歩ける現金は足りない、かな。

 宝石の現金化はトラブルになり(やす)そうだし、価値の高い金貨は街中での使い勝手が悪そうなので、どこかで両替をすれば...。


 コンコン。

「旦那さま。お食事の用意ができました」

 メイド母、アイリスさんが、扉越しに声をかけてきた。メイド母娘は、もう出勤していたようだ。

 さて、活動開始、だな。

「ああ、分かった。すぐ、食堂に行くよ」


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