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その6

信じられない。本当に俺でいいのか。

生きてきた中で、一番嬉しい瞬間かもしれない。

俺もやりたい。

みんなとやりたい。

でも。

「俺さ。」

3人はいぶかしげな顔を見せた。

俺は、腹の底を話してしまわなければ。

「俺…パンクじゃないだろ。」

「見た目か?そんなもん…。」

ゴンちゃんの言葉を俺はさえぎった。

「それだけじゃない。」

俺は唇を噛みしめて、吐き出した。

「俺…オタクなんだ。」

「オタク?」

「俺、アニメとか好きで…ちょっとみんなと違って…。」

みんな黙っていた。

「それで…そんなやつがパンク・バンドにいて、いいのかなって…。」

ここまで長くしゃべったのは久しぶりだ。

ここまで言うのに、どんなに勇気がいったか。

でも、ちゃんと片付けてしまわないといけない。

「それで?」

アイヴィーが言った。

「いや…それだけだけど。」

ショージが鼻を鳴らして、枝豆を食い始めた。

「アホか。」

「何だ、もっと深刻な理由があるのかとヒヤヒヤしたぜ。まったくよ。」

ゴンちゃんも呆れたように笑っている。

俺はキョトンとしていた。

そんなものなのか?

パンクとオタク、相容れないものじゃないのか?

「ジャッキー、あのさ。」

アイヴィーが言った。

「アンタが言うオタクってのはさ。世の中の大多数の人に理解されない趣味があって、それに夢中だってことでしょ?」

俺はうなずいた。

「じゃあ、アタシたちと一緒じゃない。」

アイヴィーの言葉が俺に突き刺さった。

そうだ。

その通りだ。

どうして今まで気づかなかったんだろう。

パンク。オタク。「好きだ」という思いの原動力は同じじゃないか。

「それでアンタはパンクもベースも、アニメとかと同じように好きなんでしょ?」

また俺はうなずいた。

「じゃあ、ますますアタシたちと同じじゃない。」

「別にお前がどんな趣味を持ってたって、構いやしねえよ。俺らに重要なのは、お前が最高のベーシストで俺らの仲間だってことだけだ。」

ゴンちゃんが後を引き取った。

「そんなこと言ったら、ショージなんかバカが付くぐらいのプロレスオタクだしよ。」

ショージはニヤッと笑ったかと思うと、ゴンちゃんに水平チョップで躍りかかった。

ゴンちゃんは慣れたようにチョップをかわすと、勢いで回転したショージの首に手を回して後ろから締め上げた。スリーパーホールドだ。

「うげえええええええ!」

「な、変に抵抗しないできれいに受けるだろ。真のプロレスファンってな、こういう感じらしいぜ。」

アイヴィーはケタケタと笑っている。周りの客が妙な目つきでこっちを見たが、皆すぐに視線をそらした。

「アタシはパンク以外には、特にこれって趣味はないけどさ。でもパンクに夢中になる気持ちは、一種のオタクみたいなもんじゃないの?」

「…で、ゴンはタバコと女オタクだから…。」

息も絶え絶えショージが言った。ゴンちゃんはショージの首を捕らえたまま床に転がると、両足をショージの腹に回して胴締めでさらに締め上げた。

「…ゴンさんすいませんでした…。」

白目をむきながらショージがうめいた。

「アンタさ、ひょっとしてパソコンとかも、いろいろとできちゃう系?」

思いついたようにアイヴィーが聞いてきた。

「まあ。」

「じゃあ、バンドのウェブサイトとかSNSのページとか、そういうのも作れちゃう?」

「…Macでやれる範囲なら。」

「それサイコー。いいね~そういうやつ、身内にいると助かるわ!」

「ショージ、聞いたか?ジャッキーはお前の百万倍はできる子だぜ。」

「いいから早く外してくれ…。」

ショージは首を絞められたまま、ゴンちゃんの腕を叩いてギブアップの意思表示をした。

俺は一気にビールを飲みほした。

最高の仲間たち。バカなやり取りの中に、彼らのあったかさが沁みて沁みて仕方がない。

俺の気持ちは完全に決まった。

でも、その前にもう一つ、片付けたいことがある。

ゴンちゃんと(やっと解放された)ショージが席に着くと、俺は切り出した。

「明日でいいかな。」

「明日?」

「明日、返事する。一日だけ待って。」

まだ何かあるのか。3人が顔を見合わせた。

ゴンちゃんが口を開いた。

「…分かった。」

アイヴィー、ゴンちゃん、ショージは真意を図りかねながらも、俺の意見を尊重してくれた。

俺たちは明日、また高円寺で会うことになった。


翌日の同じ時間。俺は高円寺駅に到着した。

3人は待ち合わせ場所にもう来ていた。俺がわざと少し遅れたのだ。

「おおーっ!すげえーっ!」

ショージが叫んだ。ゴンちゃんもサングラスをずらしてクリクリした目をこちらに向けた。アイヴィーは満面の笑顔だった。

俺の髪の毛は鮮やかなブルーに染められ、慣れない作業ながら(持ち前のオタク気質で)丁寧にセットしたスパイクヘアに固められていた。

「これでいいかな。」

「ジャッキー、お前サイコーだよ!」

そう言ってショージが俺に抱きついてきた。

「これ、俺の気持ち。」

「ジャッキー、よろしくね。」

「これからよろしく頼むぜ。」

「こちらこそ。」

こうして俺は晴れて、彼ら…「ズギューン!」のメンバーになった。

「でもよ、このアタマじゃもう『ジャッキー』とは呼べねえな。」

ショージが少し残念そうに言った。

俺はニヤリと笑って返した。

「ジャッキーでいい。」

その名前も実は気に入っていた。

だって俺は、映画「酔拳」が大好きだったからだ。


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