その5
リハが終わり、俺たちは近くの居酒屋に落ち着いた。
アイヴィーが小声で聞いてきた。
「アンタ、なに飲むの?」
「…ビールでいいや。」
俺にはアイヴィーの気遣いが分かった。メロンソーダを飲んでいた俺が、居酒屋で何を飲むのか。笑われるようなチョイスだったらフォローしてくれる気だったんだろう。彼女、見た目とは違う。たぶん、みんなも。
でも、この4人ならビールがいい気がした。酒は普段そんなに飲まないけど、いざ飲むとなれば嫌いじゃない。
「よしっ、じゃあ乾杯!」
ゴンちゃんとショージは上機嫌で、俺も楽しかった。けど、それがさっきのスタジオの結果なのかは分からない。
俺は良かったのか、悪かったのか。
ただ、素直な気持ちとして…俺はこの4人で、また音を合わせたかった。
初めてやったバンドの形。それに手ごたえを感じ、興奮している。バンドって全部こういう気持ちになるのか、それともこの4人だったからなのか。
「しかしお前、すげえな。あんなに準備してくるやつ、今まで見たことねえよ。」
ジョッキをあっという間に干したゴンちゃんが言った。
「まさにオタクだな!ベースオタク!」
ショージの言葉、半分は当たってる。ベースだけじゃない、俺は本物のオタクだ。
…それを知ったら、彼らはどう思うんだろう。
スタジオでの雑談そのまま、3人は息の合った掛け合いで漫才のような会話を繰り広げていた。俺はそれが心地よく、ただニコニコしながら聞いていた。
ゴンちゃんが聞いてきた。
「酔っ払った?」
「少し。」
「そうか、変わらねえな。ショージなんか、ほれ見てみろ。」
ショージはスタジオでも演奏していない時はよくしゃべっていたが、酒が入るとさらにマシンガントークが止まらない。
「お前よ、そのアタマどうにかなんねーか?」
唐突にショージが俺に絡んできた。
「アタマ?」
「おうよ。」
確かに俺は散髪の時期を逸してしまい、髪はマッシュルームカットみたいになっている。
「パンクなんだからよ、もうちょっとビシッと決めてくれねえと困るんだよな、俺みたいによ。」
「えーっ。ラモーンズっぽいじゃん。別にいいと思うけど。」
「ショージ、人の趣味にとやかく言うなよ。」
別に趣味ではなく面倒なだけだったのだが、とにかくアイヴィーとゴンちゃんがたしなめてもショージは止まらない。
「おめーよ、それじゃジャッキー・チェンみてえだろうが!そういや、顔もジャッキー・チェンみてえだな!」
ジャッキー・チェン似とは初めて言われた。ゴンちゃんは全然似てないと言った。アイヴィーはジャッキー・チェンを知らなかった。
「いや、似てる!こんなジャッキー顔のやつは見たことない!今日からお前はジャッキーだ!」
ショージは引かなかった。俺はニコニコしていた。
アイヴィーとタイプは違うけど、彼のペースに振り回されるのも楽しい。
「いいか!うちのバンドに入りてえなら、そのアタマをどうにかして来い!明日までに!」
「ショージお前、バカか。まだ彼がうちに入るって決まってねえし。」
ゴンちゃんがたしなめる。
「いや、お前はうちのメンバーだ!決まりだ!」
ショージが言い放った。さりげないひと言だったが、彼の気持ちが伝わるようで、俺は胸の底が熱くなった。
と、それまで一歩引いていたアイヴィーが口を開いた。
「アタシも、それでいいと思うよ。」
ショージとゴンちゃんがアイヴィーの方を向いた。
「な!そうだろ、アイヴィー!な!」
「確かに彼よりうまいベーシストは何人もいたけどさ。こんなに一生懸命練習してアレンジ作って、それでスタジオであんなに楽しそうに弾いてるやつは他にいなかったよね。アタシらにいま必要なのは、そういう存在だと思うんだけど。」
俺は黙っていた。血管がドクドクいっている。
「アイヴィー、でも明後日またセッションあるだろ。ほら、シンの知り合いだってやつ。」
「アタシが直接ワビ入れるよ、決まったって。もう彼でいいと思う。ジャッキー…ジャッキーで。」
そこまで言って、アイヴィーは吹き出してしまった。どうやら、ジャッキーという名前がツボに入ったらしい。ゴンちゃんもショージも笑っている。
俺もみんなと一緒に笑った。
「分かったよ、俺も文句なしだ。今までで、一番楽しいリハだった。」
ゴンちゃんも力強く認めてくれた。
アイヴィーは俺に向き直った。
「そんなわけでさ、ジャッキー。アタシたち3人の気持ちとして、アンタにうちのバンドでベースを弾いてもらいたい。どうかな?」
3人の視線が俺に向けられた。




