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「少しからかっただけなのに可愛いだろう、わたしの兄は」
ころころと笑いながら、操は楽しげに校舎までの道を歩く。その足取りは軽く、とても愉快そうである。
「美咲先輩は…大丈夫なんですか?」
偶然朝食の席を隣にした成り行きで一緒に登校する事となった夏目と悠知は、先ほど走り去ってしまった美咲の様子を心配していた。
しかし、操がそんな二人の様子など気にする事はない。
「なに、心配は無用。美咲はああ見えて真面目だから授業には必ず出席するよ。夏目君は優しいのだな」
「優しいというか…」
「あんな美咲先輩みたのは初めてやったからなぁ」
苦笑をこぼす二人を一瞥し、操はくすりと微笑を湛える。
「美咲は恥ずかしがりやなんだ。まぁ、先ほどの事は見なかった事にでもしてやってくれ」
では、そろそろ行くよ。そう言って、操は二人から離れるように足早に校舎に向かっていった。
三つの寮と学園をつなぐメインストリートに差し掛かっていた操の後姿はみるみるうちに人ごみに紛れて見えなくなっていた。
残された二人も顔を見合わせお互い美咲への同情の色を見せると、人の流れに沿って校舎に向かい足を進めた。
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神薙学園には三つの寮がある。
第一寮は男子寮。その名のとおり、神薙学園の男子生徒のみが生活を許された寮。
第二寮は女子寮。男子寮同様、女子のみが生活を許された寮。
そして三つ目は第四寮。どうして第三寮がないのかと言うと、第一寮と第二寮は昨年改築工事が行われ、その際隣接していた第三寮を取り壊して第一、第二寮を拡大したからだ。
第四寮はいわばあぶれ者の寮。寮への居住申請が期限に間に合わなかった者が集まる男女共同寮だ。
第一、第二寮と違い改築工事が行われなかったそこは、学校設立当初である約六十年前の姿をそのまま残している。
その外観の気味悪さと、どこから来たのか確証の無い気味の悪い噂が飛び交い、第四寮はいつしか「死寮」と呼ばれるようになっていた。
そんな事情もあってか、はたまた偶然ではあるが変わり者が多い事もあってか「死寮」の寮生は他の生徒からはどこか避けられている節があるのであった。
キーンコーンカーンコーンと学内にチャイムが鳴り響く。
時間は十二時三十分。授業担当の教師への挨拶が終わり昼休みに突入した学内はどこもかしこも活気に溢れている。
そんな中、夏目は教室で一人寂しく菓子パンをむさぼっていた。
青春真っ只中の高校生活において、昼休みに一人寂しく昼食をとるのは何とも寂しい事である。
死寮生という事もあり奇異の目で見られる他、夏目自身の口の悪さもあってか高校生活が始まって数ヶ月しか経っていないにも関わらず、教室内に友人と呼べる存在は一人もいなくなっていた。
しかし、夏目にとってはその方が好都合と言わんばかりに周囲に他人を寄せ付ける事を嫌っている。
理由は至って単純。人間関係を保つ事が苦手な事もあるが、一番の理由は死寮での生活が騒がしく学内でくらい静かにすごしたいと考えているのが理由である。
スマートフォンでアプリゲームを進めながら昼食をとる。いつもの自分の理想通りの昼休みを過ごしていた夏目であった。
しかし、その平穏は無残にも昼休み開始五分で打ち切られる事となる。
昼休み恒例の放送部による音楽放送の音が突然切れた。その後、ハキハキとした放送部員の声が音楽の代わりに校内に響く。
「二年A組夏目大和さん、二年A組夏目大和さん。至急理事長室までお越しください。繰り返します…」
突然の呼び出しに夏目は思わずパンを喉に詰まらせる。手元にあったペットボトルのジュースに口をつけ一気に飲み干す。繰り返しの呼び出しが終わり、音楽放送が再開したあたりで息をつく。
呼び出しに嫌な予感を感じながら顔を上げると、教室に残っていたクラスメイトの視線が痛いほど突き刺さる。職員室ならともかく、理事長室に呼ばれるなどただ事ではないだろうと察したクラスメイトの視線は興味と恐怖の色でいっぱいである。
流石にここまで注目を浴びてしまっては動かざるをえない。夏目は小さく舌打ちをした後、大人しく教室をあとにした。