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マレビト様がとおる!  作者: ごっぺぱん
こちら神薙学園第四寮
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2

古びた廊下の先にある、一際大きな両開きの扉。年季の入った木製の枠にはめ込まれているとは思えない、何色にもきらめくステンドグラスが特徴のそれが食堂への唯一の入り口となっている。

ステンドグラスの窓の奥から微かに影が動いているのが見える事から、二人には食堂にすでに先客がいる事がうかがい知れた。

先頭にいた夏目がドアを開く。見た目と違いしっかりと整備されている扉は、嫌な音を立てる事も無く静かに開く。


「夏目さん、吉良さんおはようございます」

二人が食堂に入ってすぐに挨拶をしたのは、本日の朝食当番としてキッチンスペースに入っている高垣紅葉(たかがきくれは)、通称「もみじちゃん」だった。あだ名の由来は勿論、下の名前の読み方である。誰がつけたあだ名か分からないが、寮内では彼女の事をこのあだ名で呼ばない人はいない。

紅葉はいつもは下ろしてある腰まで伸びた漆黒の髪を料理の邪魔にならないよう頭頂部で一つに纏めている。

本日は通常通り登校日であるが、エプロンの下は制服とはほど遠い黒と白を基調にしたワンピースを着用している。


「もみじちゃん、おはよう。今日も学校行かへんのか?折角同じクラスやのに会えへんの寂しいわぁ」

「おはよう、もみじ。あとお前は一言多い」

ニコニコと愛想の良い笑顔で挨拶する悠知とは裏腹に、無愛想ながらも微かに口元に笑みを含めながら挨拶を交わしてくれる二人の返答に、紅葉もクスリと上品に笑みを零す。


「夏目さん、ありがとうございます。でもお気遣い無用ですよ。いつもの事なので」

紅葉の言葉に「そうか」と夏目は控えめに返答する。

「それに、本日は学校には行きませんが外出予定があります。……久しぶりの外出の予定、楽しみです」

頬を少し赤く染めながら言う。

「そら良かった。久々の外楽しんできてな」

ポンポンと悠知が頭をなでると、これまた嬉しそうに「ありがとうございます」と紅葉は呟く。


「あ、そんな事よりお二人の朝食ですよね。お時間お掛けしてしまいすいません。すぐに準備しますね」

そう言うと紅葉はせかせかとキッチンスペースの奥に消える。そしてそれから一分経ったかどうかの短時間で二つのお盆を運んでくる。

お盆の上には綺麗に焼かれた塩鮭とほうれん草のおひたし、わかめの味噌汁に白ご飯といった純和風の定番朝食が並べられている。


二人はお礼を言いながらお盆を受け取ると、食堂内を見渡し空いている席を探す。

元よりあまり大きくない寮は食堂の規模もそれに合わせて小さい。すぐに空席を見つけた二人はまっすぐその場所に向かうと、向かい合わせで着席する。

いただきます、と手を合わせてから各々のお盆にのった朝食を口にする。

「やっぱりもみじちゃんのご飯が一番当たりやな。安心して食べれる」

「だな」

短く返事をしながら夏目はひたすら目の前のご飯に必死になる。


第四寮には管理人はいるが寮母はいない。しかも管理人といっても基本的に金銭や施設の管理のみで、寮生の生活は全て寮生達に一任されている。よって料理から掃除に至るまで全て寮生が交代で行っているのだ。

それなのだから、当然各々得意・不得意が分かれてくる。

特に料理に関してはそれが顕著で、中には食べれるかどうかも怪しいモノを作る者もいるのである。そんな事情もあって、寮内で料理上手一位二位を争う紅葉の料理が食べられる日は寮生にとってありがたい事このうえない。


「もみじちゃんの料理以外で安心して食べれる料理言うたら……安部先輩くらいなんちゃうか?」

ほうれん草のおひたしを頬張りながらボソリ、と悠知が呟く。


すると、まるでその言葉を待っていたかのように夏目の背後から高らかな声が聞こえた。


「ほうほう、よく分かっているではないか吉良君。そうだとも。私の料理が食べられないものなはずがない」


その言葉を聞くやいなや、悠知は「しまった」と顔を青ざめる。夏目も同様に今までの機嫌よい表情からげんなりとした風に顔を歪ませる。

片やそんな二人の様子は露知らず、といった風に言葉を発した安部操(あべみさお)は特に断ることも無くドカリと夏目の隣の椅子に腰掛ける。


「おはよう諸君、今日も素晴らしい朝だね」

テーブルに肘をつきながら、操は二人とは裏腹に大層機嫌良さそうに挨拶をする。

スッと高い身長に一つ一つの所作をどこか妖艶に見せる長い指。日本人離れした堀が深く形と配置が整った美しい顔。誰もが認めるであろう完璧な美人である操であるが、彼女を目の前と横目に見ている二人はただただ顔を歪めるばかりであった。


勿論、理由はある。彼女自身に。


「おはようございます、操先輩。……ところで、朝食は?」

話しかけられた以上、逃れることは難しい。そう判断した夏目は当たり障りのなさそうな疑問を投げかける。

言ったとおり食堂の席に座っているにも関わらず、操は食堂用のお盆どころか学校に必要な鞄一つ持っていない状態であった。

誰もが気になるであろう至極全うな質問である。しかし、疑問を投げかけられた当の本人は特に疑問に思う所がない、むしろ当然ではないのか?といった様子で返答する。

「勿論あるとも。私が可愛いもみじ君の朝食を食べないわけがないだろう?」

「え、でも朝食の盆は自分で取りに行かな…」

ないですよ。そう続けようとした悠知の言葉は新しく登場した人物によって遮られる事となった。


「てめぇは相変わらず自分の事も自分でできねぇのか!?」

ガチャン!と音を立てながら操の前に本日の朝食一式が揃った。食器がぶつかる音は大きかったが、中身は一切こぼれておらず綺麗な状態である。


「やっと来たか、美咲。遅いぞ」

「遅いぞ。じゃねぇ!何で俺が毎日毎日お前のパシリさせられなきゃならねぇんだよ」

文句をたれながらも操の向かいの席に腰をかけたのは安部美咲(あべみさき)。操の双子の兄である。

彼も操同様、世間一般では美形の類に入る顔をしているが、その顔は苛立ちの為か周囲にいる人を縮こまらせる程恐ろしく歪んでいる。

意図せず朝食を同席するかたちとなった夏目と悠知は同じ寮生として見慣れている部分はあるものの、それでもビクリと身体を揺らす。


「パシリをさせているわけではない。可愛い妹のワガママではないか」

そんな美咲の様子とは裏腹に、操は何を気にするでもなくハッハッハと高笑いを零す。既に運ばれてきた朝食には手をつけ始めていた。

「可愛い妹は兄に毎日荷物持ちさせたり飯買いに行かせたりしない。第一、俺の記憶に可愛い妹がいた覚えがない」

スッパリと言い切った美咲の目は冷たい。その様子に「フム」と操は言葉を漏らす。


今まで騒がしかった二人の間に沈黙が流れる。美咲は何を気にするでもなく朝食を食べ進めており、操は顎に手を当てて何かを考えているようである。

そこから二、三分程経った頃。美咲は一足先に朝食を食べ終え無言で席を立とうとした時であった。何を考えついたのかニヤリと不敵な笑みを浮かべた操がガタリと大きく音を立てながら席を立つと、そのまま身を前に乗り出した。

突然のそれに驚いた美咲が一歩後ろに引こうとするとその襟首をつかまれ、前に引っ張られる。お互いの顔が急接近する。

「な…んだよ」

近すぎる距離に困惑する美咲に対し、操は顔と目線を少し上げ、彼と目を合わせる。いわゆる上目遣いの姿勢である。

そのまま操はいつもはつり目気味の目じりを下げ、小首をかしげる。そして、通常では考えられないような台詞を吐く。


「おにいちゃん、みさおはただあまえたいだけなのにひどいよぉ」


…周囲の空気が一瞬にして凍りつくのが分かった。

いつもの美咲に対する操の態度と言えば、まさに「俺様何様操様」。彼らは寮に住んで二年になるが、その間に二人の上下関係が逆転する所など今まで一度も、誰も見たことがなかった。主が操で下僕が美咲。これが絶対だと思っていた。

しかし、先ほどの操の言動はどうだ。操が美咲に甘えているではないか…

これは、ある意味一大事である。

一瞬静まり返っていた食堂が少しずつざわめきだす。周囲からは「何があった」「どういう事だ」といった内容の言葉があふれ返っている。


それは勿論、兄妹の隣にすわっていた夏目と悠知にも同様の衝撃を与えている。

「おい、今何かそんなヤバイ事言ってたか?」

「…分からん。けど、操先輩が何かたくらんでるのは確かやろな」

悠知の言葉にお互い顔を見合わせた後、そっと隣を見る。


一瞬何が起きたか頭が追いつかなかったのであろう。

美咲は目下にいる操を凝視していたが、周囲のざわめきが強くなった頃にピクリと小さく肩を震わせる。

そのまま静かに一歩、二歩と距離をとる。掴まれていた襟首はいつの間にか手放されていた。

そして三歩目を踏み出し、後ろの席の椅子に足をぶつけた所でやっと我に返ったのであろう。何が起こったか理解した美咲の顔が急速に真っ赤に染まる。

その意外な様子に更に周囲がざわめきを大きくするが、そんなものは美咲の耳には入っていなかった。


「おっ…お、お前に言われても全然嬉しくねぇよ馬鹿!気色悪ぃ!」

そう言葉を残し、美咲は自分の鞄だけを掴んで食堂を急いで出て行った。


食堂を飛び出した美咲の目には、少量の涙が浮かんでいた。

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