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夢を、見ていた。
毎日見る同じ夢。
過去の出来事なのか未来の出来事なのか、はたまた俺が作り出した夢の中だけの世界なのか、まったく検討がつかないが、毎日同じ夢を見る。
深々と降り積もる雪景色の中、焼けるような赤色に包まれた俺と見知らぬ女。
まったく知らないはずの女の顔は何故だろうか、どこか懐かしさを感じさせるものがある。
展開はいつも同じ。毎日見てるはずなのに記憶が曖昧な部分が多い事が不思議なくらいだ。
そして、いつも同じ会話を繰り返す。
……話の内容は一つも思い出せない。
ただ、最後に眼を覚ます直前、いつも聞かれる一つの問いははっきりと覚えている。
それまでは表情どころかどんな顔をしているかすら思い出せない女の顔がニヤリと弧を描き、真っ赤に染まった口がゆっくりと開かれる。
「ハヤクヨコセ」
その言葉を境に、まるで吸い込まれるかのように俺の意識は現実に引き戻される。
いつも同じ夢。
それが何を意味するのか、何のために見せられているのか、俺はまだ理解していなかった…
ああ、今日も一日が始まる------
朝。眩しい日差しがベッド脇の窓から降り注ぐ。
古めかしいが、丁寧に使われてきたであろう洋式の室内がキラキラと照らされる。
神薙学園第四寮。通称「死寮」と呼ばれる建物の一室。その部屋の現在の住居者である大和夏目は額を伝う汗を拭いながら、ベッドから起き上がる。
朝日に照らされる横顔は寝起きとは思えない程強張っている。
「っ……また、か」
はぁはぁ、と大きく呼吸を何度も繰り返す。
毎日見る夢は何百回見ても慣れる事無く、毎朝夏目を恐怖に追い込む。
ドクドクと鳴り止まない心臓を直接掴むかの如く、シャツの上から爪を立てる。汗で張り付いた白いシャツに薄っすらと血の赤がにじむが、その痛みによって少しずつ現実に引き戻されるような感覚に陥る。
目が覚めてから何分経った頃だろうか。痛みに集中し、少しでも悪夢から逃げるように目をつむり、うずくまっていた時だった。不意に扉からノック音が聞こえる。
コンコン、と控えめに叩かれていたそれは、夏目から返事が無いとドンドンと音を次第に大きくしていく。そしてそれはついにはバンバンとまるで扉を突き破るかの如くの音に変わる。
夏目はチラリと振動に揺れる扉を一瞥すると、最後に自身を落ち着けるべく「ふぅ」と息を吐くと、ノロノロと扉に向かい歩き出す。
バンバンと扉を叩く音は続いていたが、夏目が内側から鍵を開ける音が聞こえると、その音はピタリと鳴り止んだ。特にそれを確認する事もなく、内開きの古びた扉を夏目はゆっくりと開ける。
「……うるせぇ、ドア壊れんだろうが」
不機嫌そうに顔を歪めている夏目とは裏腹に、扉を叩いていた人物……夏目の同級生であり幼馴染でもある吉良悠知は、夏目より頭一つ分高い所にある顔にニコニコとした笑みを貼り付けながらT特徴的な関西弁で爽やかに挨拶をする。
「おはよう、夏目……って、今日もえらいひどい顔してるで。またあの夢見てたんか?」
夏目の異変に心配そうな顔をする。しかし、いつもの事で慣れているのであろう悠知は「とりあえず学校行く準備すんで」と言いながら夏目を部屋に戻すとベッドに座らせる。
続いて自身も部屋に入ると、まるで自分の部屋かのように壁に配置されているタンスの引き出しを次々と開き、中から必要な物を取り出す。出された物は次々とベッドに投げられ、夏目の隣に山を作る。
夏目は最初に投げられたタオルを手に取ると、シャツを脱ぎ大人しく汗を拭う。
夏目と悠知は小学校からの幼馴染である。昔から無愛想で口の悪い夏目をどこか放っておく事ができず、悠知が昔から世話を焼き続けた結果、気づけば高校生になってもその関係は変わらないままであった。
初めは悠知の気遣いを煩わしく思っていたが、十年近くの付き合いともなれば既に慣れたもの。今となっては周囲からは悠知がいなければ夏目は生きていけないのではないかと思われている程であった。
「夏目、早よ着替えなメシ間に合わんくなるで」
ゆっくりと準備を進める夏目を横目に見ながら、悠知は壁に背を預ける。すでに悠知が行える準備は全て終わっており、あとは夏目が着替えるのを待つのみとなっていた。
「別に朝くらい食べなくても…」
「今日の朝食当番、もみじちゃんやで。しっかり食べたらな泣かれてまうで」
ニシシ、と意地悪く悠知は笑う。その言葉に苦虫を噛み潰したような表情をした後、チッと舌打ちをしながら準備の手を早める。
数分後、準備を終えた夏目は悠知から鞄を受け取ると、いやな音を立てながら軋む廊下を食堂に向かい歩いていく。