ヴァンディットストーリー最終話「新たなる旅立ち」
翌朝。
「イレイン、いるか?」
こんこんと、自室のドアがノックされる。
ランスロットの声だ・・・人と会うような気分じゃないけど・・・
でなくちゃダメだよね・・・
仕方なくベッドから這い出て、ドアを開ける。
開けた先には、制服姿のランスロットが立っていた。
「・・・ランスロット・・・」
「昨夜はありがとう。ユリア様も喜んでおられたぞ」
「・・・う・・・うん・・・」
「・・・・・・・・・。どうした」
「え?」
ランスロットが私の瞼に触れる。
「酷い顔をしているな。目が真っ赤だ」
「あ・・・・・き、昨日は興奮して、あんまり眠れなかったから・・・」
「・・・・・・・・・・・」
・・・気、気まずい・・・きっとばれてる・・・よね・・・
だけど言うわけにはいかないし・・・
「ヴァンディットのことか」
「えっ」
単刀直入に言われて、ぎくりとなる。
な、なんでわかるの!?
「ち、ちがうよ、全然違う!!!」
「・・・嘘をつくのが下手だな」
「・・・・・・・・・・・」
黙り込んでうつむく。心の中は情けない気持ちでいっぱいだ。
ランスロットはそんな私をしばらく見つめていたようだが、やがて一つ息をついた。
「・・・気晴らしだ。私も今日は休みだから、久しぶりに打ち合いするぞ」
「・・・そんな、気分じゃ・・・あ」
ぽつりと言ったそばから、ランスロットは私の腕をつかんで無理やり立ち上がらせる。
「気が乗らなくても、剣の腕をなまらせるわけにはいかないだろう」
目の前には、師匠の厳しい顔があった。
ランスロット・・・
「・・・わかり、ました・・・」
・・・そう、だよね・・・剣の稽古は、関係ない。ちゃんと、しなくちゃ・・・
・・・・・私は・・・騎士、なんだから・・・・・・
潰された心はそのままに、私は師匠の背中を追う。
手にした双剣は、いつもよりずっしりと重かった。
外はすごくいい天気だった。
稽古場としている東の森にも、木々の間からキラキラとまぶしい光が差し込んでいる。
春真っ盛りといった陽気に草花の緑が鮮やかに映え・・・でもそんな景色も、
私を元気付けるまでには至らなかった。
剣など到底振るえるような状態じゃなかったけど、打ち返すランスロットの双剣は
いつもよりも厳しい。
必死に彼の剣を受けているうち、いつしか雑念を払い、技に集中する自分がいた。
「・・・ここまでだ。休憩にするぞ」
そうして・・・息もだいぶあがってきたころ、稽古用の双剣をしまって
ランスロットが言った。
「はい!・・・ありがとうございました!」
私が頭を下げると、師匠は満足そうに微笑んで、歩き出す。
いつもの風景だ。ずっとここで、私は稽古に明け暮れていた。
疲れれば丘の上の木陰で休んで、夕方になれば王都へ戻って。
異形のことがとりあえず片付いてから、徐々に日常が戻ってきている。
変わらない毎日。
そう、『彼』のことがなければ・・・
「双剣の手入れはちゃんとしているのだろうな?」
「してる・・・けど、最近あわただしかったからちょっと・・・」
「・・・そうか。まあしばらくは大きな戦いはないと思うが・・・
鍛冶屋には早めに見てもらえよ」
「・・・はい」
答えると、ランスロットはひとつ息をついて快晴の空を見上げた。
心地よい風が木々を揺すり、汗をかいた体をちょうどよく冷やしてくれる。
・・・ヴァン・・・どうしてるかな
・・・もう・・・王都を発っちゃったのかな・・・
胸が苦しいような感じがして、私はうつむいた。彼のことを思い出すたび、
こんな気分にさせられる。
それが一体なんなのか、私にはもう・・・わかりきっていた。
私・・・ヴァンのこと・・・
「イレイン」
「あっ・・・はい」
ふいに呼びかけられ、慌ててランスロットに向きなおる。
ランスロットは私を見つめて、意味ありげに口を開いた。
「・・・―ヴァンディットのことだが」
その名前にどきっと、胸が跳ねる。動揺しながらも私は返事を返した。
「・・・は、い・・・」
「・・・あいつは明日の早朝、夜明けとともに王都を発つ」
「え・・・」
・・・まだ、行ってなかったの・・・?まだ王都に・・・
「私は、あいつを門のところで見送るつもりだったが・・・」
「ら、ランスロット・・・」
私の表情から何を読み取ったのだろう、ランスロットはふっと微笑んで、
風で乱れた私の髪をそっと直した。
「私よりも、お前が行ったほうが、よさそうだな」
「で・・・・・・でも・・・・・・・・」
ランスロットは・・・私の気持ち、知ってるんだ・・・私がヴァンのこと、って・・・
でも・・・
「お前は、どうしたい?」
「・・・!」
私は目を見開く。ランスロットが遠くの木々に視線を移した。
「・・・ヴァンディットは、ひとところに留まるような男ではない。
それは、誰がなんといおうと、この先もおそらく変わることはないだろう」
「・・・わかって・・・ます・・・」
痛いほどにわかる。だから、私は本音を彼に言えなかった・・・。
「・・・・これは、お前の覚悟の問題だ」
「ランスロット・・・」
「自分がどうしたいのかよく考えて、結論を出せ」
「ら、ランスロット・・・わ、私・・・」
すがるように彼を見つめると、冷静な紺の瞳が、私を射抜いてくる。
ランスロットは口を開いた。
「どうしたらいいのかなど、聞くなよ」
「・・・・・・・・」
彼はおもむろに立ち上がって、顔を上げる私を見下ろす。
「・・・お前はもう、子供じゃないんだろう?」
・・・ランスロット・・・
「・・・・はい・・・」
肯定の返事しか、できなかった。できるはずがなかった。
ヴァン・・・離れたくない・・・だけど・・・一緒にいるなら、
きっと騎士団をやめなくちゃならない・・・
私はヴァンディットが中庭で言いかけてやめた言葉を思い出す。
『・・・イレイン、俺は・・・』
もし、もしも、あの言葉の続きが予想したとおりなら、そんなふうにうぬぼれても
いいのなら・・・
ヴァンディットも私と、同じ思いのはず。
・・・ヴァンはきっと、私がどんな思いで騎士団に入ったかわかってる。
だから・・・言わなかったの・・・?
八年も死に物狂いで修行して、ようやく正騎士になれた。
ヴァンディットについていくのなら、それを全部捨てなくてはならない・・・
そういうことだ。
ランスロットは、私の覚悟の問題だって、言った。・・・私は・・・決めなくちゃ・・・
ヴァンディットについていくのか、王都に残って騎士を続けるのか・・・
1ヴァンディットについていく→エンディングA
2そんなことできない→エンディングB