ヴァンディットストーリー「言えなかった言葉」
そうして・・・・・
私たちはたくさんの犠牲を出しながらもエルムナードに勝利した。
王都に凱旋するとたくさんの市民たちが歓声をあげ、街は祝賀ムードに包まれる。
だが、大切な者の訃報を聞き、その場にくずれおちる人が視界に入ると
単純には喜べなかった。
地方騎士団も王宮騎士団も、負傷者の手当てや亡くなった人の埋葬など、
しばらくは後始末に追われ、目の回るような忙しさだった。
でもクライストのおかげで負傷者の手当ても手間がなく、だいぶ早めには落ち着きそうだ。
命を落とした騎士たちを丁重に弔い、ガイアの森で手を合わせる。
たくさんの人が亡くなってしまったけれど、これでもう、
異形に苦しめられることはなくなるのだろう。
王都の復興もきっとうまくいく・・・。
私はそう願いながらも、命を賭した英雄たちに敬意を表し目を閉じた。
それから、数ヶ月後。
人々は悲しみをなんとか乗り越え、街は復興も波にのり、
以前のようなにぎやかさを徐々に取り戻し始めている。
まだまだ元通りには程遠いが、ルシアが倒されたのもあって、
希望の光が見えてきたのは確かだった。
そんなある日のこと。
「はあ・・・どうしよう・・・」
私はため息をつきながら、騎士団本部の廊下を歩いていた。
ルシアが倒されてからは、たまにモンスターが出たりするくらいの話で、騎士団の仕事はそうそう忙しいわけではない。
とすると・・・忙しいって断るわけにもいかないよね・・・。これ・・・。
私は手にした封筒を見やる。
上質な紙でつくられた白い封筒には、王家の紋章。
王宮からの通達であることが、一目でわかるようになっていた。
「はあ・・・」
もう一度ため息をつく。
つい数時間前。
私は団長に呼び出されて、一通の手紙を受け取った。
手紙は、婚約式の招待状。
師匠のランスロットと、王族の姫であるユリア様のものだ。
そういえば、前に出席して欲しいと師匠に言われたことを思い出した。
だが・・・。
こういうのって・・・ドレスとか着ていかなくちゃなんだろうけど・・・私着たこともないしなあ。
そもそもどうやって手に入れればいいのかも・・・。
騎士団は男所帯で、そんなことを相談できる人間もいない。
せめてセレさんが戻ってきてたら・・・。
そんなことをうんうん考え込みながら廊下を歩いていると、ふいに声がかかった。
「イレイン!」
あれ、この声・・・
よく通る澄んだ声に顔を上げると、懐かしい顔がそこにある。
「セレさん!!!」
もうずいぶん会ってなかった気がする。私はセレさんに駆け寄った。
「セレさん、フランチェスカから戻ったの?」
セレさんはルシアとの戦いが始まる前、フランチェスカに出張していたのだった。
セレさんはうなずいた。
「ああ。父さんからの手紙で、エルムナード侵攻がはじまると聞いて・・・
すぐに駆けつけたかったのだが、こちらも落ち着かなくてな・・・」
「セレさん・・・」
「結局、戦いに参加することはできなかった。・・・申し訳ない・・・」
セレさんが目を伏せて謝る。私は首を振った。
「いいよ。だってそれに、フランチェスカの人たちもセレさんがいて助かっただろうし。
ルシアにも勝てたし。セレさんが気にすることないよ」
「イレイン・・・」
セレさんが感慨深げに私を見つめる。
私がうんとうなずいて見つめ返すと、セレさんはふと気づいたように手に持った袋を
差し出した。
「ああ、そうだ、これを」
「?」
私は袋の中を覗き込んで・・・
「あ!フランチェスカパイ!!やったー!!!」
「お詫び・・・などというわけにもいかないのだが、
たくさん手に入れてきたから、あとで一緒に食べよう」
「うん、うん!!」
このパイ、クリームがたっぷり入っててすんごく美味しいんだけど、
フランチェスカまでいかないと手に入らないんだよね・・・
「しかし・・・・父さんもお前も皆・・・無事でよかった」
セレさんが心底安堵した表情で言う。私はうなずいた。
「セレさん・・・そうだね、トリスタンもね」
「え?」
「あ、あ、ううん、なんでもないの。これから、団長のところ?」
「いや、もう父さんに報告は終わっているんだ」
「あ、そうなんだ・・・」
「イレイン?」
ちょっとだけうつむいた私の顔を、セレさんが覗き込む。
今、ちょうどいいから、相談してみようかな・・・。
「あ、あのね、セレさん・・・」
不思議そうなセレさんの顔。私はおずおずと、婚約式のことを切り出した。
「婚約式か・・・」
「うん・・・」
立ち話もなんだからと、セレさんは私を自室に招いてお茶を入れてくれた。
「・・・なるほどな・・・で?結局、どうするんだ?」
セレさんが袋から2つめのフランチェスカパイを出してほおばる。
私はパイの包みを中途半端に開けたまま、うつむいた。
「・・・どう、って・・・どうしようかなあ・・・」
セレさんの直な質問に、私はちょっと考え込む。
やっぱドレスとか・・・用意しなくちゃだよね・・・あと、靴も?
ヒールのついたああいうの・・・私履いたことないなぁ・・・
「イレイン?」
「ね、セレさん、出席するってなったら、
やっぱりドレスとか、着ていかなくちゃならないんだよね・・・」
「そうだろうな。剣を持って出席するわけにはいかないだろう」
当然のようにいって、セレさんは紅茶を口にする。
「そういうのって、仕立て屋さんに頼むの?」
「そうだな。王都にはいくつか仕立て屋があるから、好きな店を選ぶといい。
店によってできるドレスは違うからな」
「そっか・・・ドレスか・・・私よくわからないな・・・着たこともないし・・・靴だって」
そういいつつ、私はパイを一口かじる。
特製のカスタードクリーム。甘すぎしつこすぎず、すごく美味しい。
「あー!おいしいー!」
「本当だな。私もはじめて食べたが、結構いける。たくさん買ってきた甲斐があった」
「でもあんまり食べると太っちゃうよね・・・」
「それだけ訓練に熱をいれればいいだけの話だ。食べたぶんだけ動けばいい」
そ・・・そう・・・なのかな??
「まあお前はほどほどにしておけ。
婚約式に出席するなら、仕立てたドレスが入らなくては元も子もないからな」
「ううー・・・ドレスか・・・そういえば、セレさんは着たことあるの?」
「ああ、以前に一度だけ。だがあれほど動きにくい服もないな。
いつもの服が一番落ち着く」
「そっか。私も動きにくいの苦手だな・・・転ばないといいけど」
なれない服で慣れない場所・・・緊張しそうだしな・・・
不安を感じつつ紅茶を飲むと、セレさんが思い出したように付け加えた。
「そうだ、イレイン。婚約式に必要なのはドレスと靴だけじゃないぞ」
「へ?どういうこと?」
セレさんはテーブルに紅茶のカップを静かに置くと、改めて私に向き直る。
セレさん?
なんだかもったいぶった仕草を不思議に思いながら私もセレさんに体を向けると、
セレさんが口を開いた。
「イレイン、・・・ああいう場所に行くときには、女性はひとりで出席してはいけないんだ」
「えっ!?ど、どういうこと?」
「その・・・男性のエスコートが必要だ」
え・・・えす、こーと??
「えすこーとって?」
「ま、まあ・・・知らないのも無理はないか・・・男性と一緒でなくてはならない、
ということなんだ」
「え・・・・えええええ???」
男の人と一緒に!?・・・いったい誰と!?
というより、恥ずかしすぎる・・・そんなの!!
みるみるうちに顔が熱くなる。気が動転しながらも私はしどろもどろに言った。
「だ、だってそんな、一緒に行くような・・・お、男の人とかいないし・・・」
「いや、それは、恋人や夫がいる女性は彼らと行くが、そうでない場合は
誰かにエスコート役を依頼するんだ」
「も、もっと無理だよ~!!恥ずかしすぎる・・・」
混乱する私の肩をセレさんはなだめるように叩く。
「大丈夫だ、イレイン。エスコート役を頼むのは、普通のことだ。
別に恋人になれと言うわけではないのだから」
「そ、それでも・・・」
「だが、そうでないと婚約式には出席できないぞ?
女性ひとりで行ったら間違いなく浮く・・というか、非難される」
「うう・・・非難か・・・」
「ああいう場所はな、いろいろ細かくうるさいんだ。困ったことに。一種のマナーだからな」
うーん・・・一体・・・誰に頼めばいいんだろう・・・
というかそもそも、出席か、欠席か・・・出たほうが、いいんだろうけど・・・
「・・・まあそれほど気張る必要もない。
気軽に行ってくればよいとは思うが・・・どうする?イレイン」
「ううーん・・・」
欠席したら、ランスロットもユリアさんもあんまりいい気分しないよね・・・
特に忙しいわけでもないのに、断るのも気がひける・・・
それに断って罪悪感を抱えるのも嫌な気がする。
私はセレさんに向かって、躊躇しながらもうなずいた。
「い、一応・・・出席、してみようかな・・・」
「イレイン・・・無理はしなくてもいいと思うぞ?」
セレさんが心配そうに眉を寄せる。私は首を振った。
「ううん、無理ってわけじゃないんだけど・・・初めてだからちょっと・・・不安なところがあるだけ」
「イレイン」
「ランスロット、前から出席してほしいって言ってたし、お祝いしてあげなくちゃとも思うし」
「・・・そうか」
「うん!」
まだちょっとだけ心配なところはあるけど、悩んでいても仕方ない。
元気に返事をすると、セレさんは微笑んだ。
「・・・それなら、私もできるだけ協力しよう。ドレスを着るのはひとりじゃ難しいだろうしな」
「ありがとう、セレさん!」
よし、決めたからにはちゃんと用意しなくちゃ・・・
「ああ・・・イレイン、だが、エスコート役は誰に頼むんだ?」
「え、えーと・・・」
・・・男の人に頼むんだよね・・・
男性に頼むのも恥ずかしいが、そもそも引き受けてくれるのだろうか。
私が惑っていると、セレさんが助け舟を出した。
「もし頼むのなら、ライオネスあたりがいいんじゃないか?奴なら、ランスロットと兄弟だから、正式に招待もされているだろうし」
「ら、ライオネスかあ・・・」
「まあ・・・招待されていない男性でも、王宮側に申請すればいいだけの話なのだが」
そういってセレさんはひとくち紅茶を飲む。
ライオネス・・・でも引き受けてくれるのかなあ・・・
そもそも、招待されていても行かないような気がするが・・・
そこまで考えてふと、頭をヴァンディットの顔がよぎった。
ヴァンに・・・なんて・・・。う、ううんヴァンはそんなとこ頼んだって行ってくれないかもだし
・・・私だって一緒には・・・。
「イレイン・・・どうした?」
セレさんが不思議そうに私を見ている。
私は慌てて首を振った。
「な、なんでもないの、なんでも・・・」
「そうか?」
ちょっといぶかしげな表情を浮かべつつ、セレさんは5つめのパイに手を伸ばす。伸ばしながら口を開いた。
「・・・てっきり、エスコートを頼みたい男性でもいるのかと思ったが」
「へっ!!??」
どきっと、心臓が跳ねる。セレさんがパイの袋を開けながら私を見た。
「・・・わかりやすいな」
「そ、そんなんじゃないよ、そんなんじゃ・・・そもそも、頼みたい人なんていないし・・・!
わ、私だって一緒にいきたいなんて全然思ってないし・・・」
「・・・そうなのか?」
セレさんは、冷静に私を見ている。なんだか気持ちを見透かされてしまったような気もして、私はうつむいた。
「・・・ただ、ちょっと、思い出した、だけだし・・・」
そう。思い出しただけだ。ほんの少し、彼のことを。
私は胸元を握り締める。どうしてなんだろう。なぜだか・・・ヴァンディットのことを思い出すと・・・胸が苦しいような、感じがする。
あんなこと、されたあとなのに・・・。
あのエルムナードの平原で、帰れといったヴァンディットの顔。あのときの彼の言葉、私の気持ちなど無視したかのような、自分勝手な言葉。思い出すとイラついて、もう顔も見たくないと感じる。
なのに、最近は彼の顔が頻繁に脳裏によみがえるのだ。
思い出したくなんてないのに・・・
私は息をついて、膝の上のこぶしを握り締めた。
「・・・イレイン・・・」
セレさんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ご、ごめんなさいセレさん・・・」
「いや・・・でもお前、本当に、いいのか?」
「えっ・・・」
顔を上げると、セレさんは困ったように笑った。
「あとから後悔、しないようにな」
「セレさん・・・」
目を見開いた私に、セレさんが微笑んでくれる。
「ほら、パイも早く食べないとなくなってしまうぞ」
紅茶をいれながら、いたずらっぽく言った。
「あ、あー!もうこんなにないの!!??」
「当たり前だろう。ぼうっとしているからだ」
「ええーー!!??」
セレさんは声をあげて笑って、パイを手渡してくれた。
ほおばったパイのクリームは甘くて、それだけでしあわせな気持ちになれる。
だけどその気持ちには少しだけ影がかかっていて・・・。
それがなんなのか、どこから来るのか、私には・・・痛いほどわかっていた。
わけのわからないこの気持ちをどうすればいいのか、なんて知らない。
でもセレさんが言ったように、後悔しないように、今は行動するしかないって思えた。
顔も見たくないし、会いたくもないって思っているはずなのに、毎日毎日彼のことを思い出す。
エルムナードのことも落ち着いたし、気にしなくたって彼との接点はもうないはずなのに。
わざわざ思い出さなくても、いいのに。
王都で一番大きな酒場は、毎日混んでいて大繁盛だ。
それでもいつでも、彼は決まった席で黄金色のお酒を飲んでいた。
あの出来事から、だいぶたっている。もしかしたらいないかもしれないが・・・。
「あ・・・」
いた・・・ヴァン・・・
いつもの席に、ヴァンディットがいた。なにやら憂いた表情で、ジョッキの酒に口をつけてはいない。
ヴァン・・・?
ゆっくりと近づくと、話しかける前に彼のほうが気づいた。
「イレイン・・・」
彼は目を見開いた。とび色の瞳が、私の姿を映しだす。
あれからだいぶ時間はたっているのにしろ、ちょっと・・・いやかなり、気まずい。
「あ、あの・・・ヴァン・・・あの・・・」
「なにか・・・用か」
ヴァンディットの声はいつもより・・・低めだ。その声音に気持ちも萎縮してしまう。
私が言葉につまっていると、ヴァンディットは黙って酒を飲みはじめる。
やはりくるべきではなかったかもしれないと、後悔の気持ちまでわいてきた。
でも、ここまで来て帰るわけにもいかない。私はここに来た目的を思い出す。
・・・やっぱり、言わないと・・・!
大きく息を吸って・・・切り出した。
「あの・・・そのう・・・ヴァンに、頼みたいことが、あって・・・」
「・・・頼みたいこと?」
「あ、あのね・・・今度、婚約式、があって・・・―――――・・・その―――――」
しどろもどろに婚約式の話をすると、ヴァンディットは目を丸くした。
驚愕、としかいいようのない顔だ。
「こ、婚約式のエスコートお?俺がか??」
「う、うん・・・」
ヴァンディットは難しい顔をして腕を組んだ。
「・・・・・・・・・。なんで・・・俺なんだ?」
「そ、それは・・・」
「俺なんかより、あの弟のほうがいいじゃねえか。
あいつなら兄弟だから、正式に招待もされてるだろうしな」
・・・やっぱり・・・ダメ、なのかな・・・
ちょっときつめなヴァンディットの言葉に、直接でなくても拒否されたような感じがする。
私はうつむいた。
「っ・・・・・。ま、まあ・・・その・・・だ・・・。
どうしてもっていうなら・・・つきあってやらねえことも・・・」
するとヴァンディットは狼狽したように、歯切れの悪い口調でおずおずと切り出す。
「本当!?」
顔を上げると、彼はうなずいてくれた。
「お、おう・・・。しかしなんだってお前さん、俺なんか・・・」
・・・それは・・・
「それは・・・ヴァ、ヴァンと一緒に、い、行きたかった、から・・・」
――正確には、行かずに後悔するのがいやだから。
だけどそれは結局は・・・こういうことなのだ。
そう・・・私、ヴァンと一緒に・・・行きたかったんだ。
ヴァンは、違うのかもしれないけど・・・
しかし・・・ヴァンディットはその途端はっとしたように目を見開いて私を見た。
え・・・?
「ヴァン・・・?」
「い、いや・・・それで、その式ってのはいつなんだ?」
いぶかしげな私に、ヴァンディットはまるでごまかすように式の日取りを聞いてくる。
こころもち・・・さっきより乗り気?気のせいかな?
「半月あとだよ。・・・その、ヴァン・・・大丈夫なの?」
「ああ。特に仕事も入ってねえしな・・・。・・・そろそろ王都を出ようと思ってたが、少しくらい伸ばしても問題はねえよ」
あ・・・
王都を出る・・・その言葉に、改めて彼が傭兵であることに気づく。
・・・そっか・・・ヴァンは・・・
「それじゃあ、当日騎士団本部に迎えに行けばいいか?」
「あ・・・うん、夕刻だから、そのときに・・・」
「わかった。・・・ったく、懐かしい顔ぶれに会うことになりそうだなぁ」
「え?」
「いや、こっちの話だ。じゃあ、当日な」
「う、うん、よろしくお願いします!」
「・・・あぁ」
よかった・・・ヴァンが引き受けてくれて・・・あとは仕立て屋さんにいけば・・・
私は胸をなでおろす。とりあえず、引き受けてはもらえた。だが・・・
そろそろ王都を出ると言っていた彼の言葉を思い出す。
・・・近いうちに、王都を出ていっちゃうんだ・・・多分、婚約式が終わったら、だよね・・・
・・・ヴァン・・・いなく・・・なっちゃうんだ・・・・・・・・・・・
そして・・・婚約式当日。
「セレさん、ホントにおかしくない?」
「だいじょうぶだ、イレイン。まったく何度いったらいいんだ?」
セレさんの部屋でセットアップを手伝ってもらいながら、私はドレス姿を鏡に映す。
ううーん・・・
「な、なんだか窮屈な感じがするよ・・・」
「それはそうだろう・・・ドレスなんだから」
「靴もなんだかふらふらするし・・・」
「それはそうだろう・・・そんなに高いヒールなんだから」
「ううー・・・」
セレさんがため息をつく。初めてのドレスに、初めての靴。
想像はしていたけれど、それ以上に動きにくい。
「お、おかしくないよね?髪の毛、ほつれたりしてないよね?」
「大丈夫だ。しっかり編みこんだんだから、落ちはしないさ」
仕立て屋さんに頼んだのは赤いドレス。
最初、こんな目立つ色って思ったんだけど・・・エスコート役のヴァンのこと話したら、それならこういうドレスがいいってセレさんと店員さんに薦められて、でも・・・似合ってるかな・・・
というより、ヴァンが、どう思うか・・・
「ヴァン、なんていうかなぁ・・・」
セレさんがクスリと笑った。
「さあな。うまくいくといいな」
「う、うん・・・」
「ほら、時間だぞ」
そういってセレさんが部屋のドアを開けた。セレさんと一緒に門まで歩く。
夜だからそれほど騎士団員もいない。私は手伝ってくれたセレさんに門の前で手を振って、外へと急いだ。
雨、降ってなくてよかったな・・・
幸いなことに今日は晴天で星がよく見える。ついでにいえば気温も高めだった。
ドレスって肩出てるし・・・馬車もないしね。
他の貴族の女性とは違うから致し方ない。なれない靴でゆっくり歩いていくと。
「あ、ヴァン、もう来てる・・・」
あれ・・・?あれって・・・
ヴァンディットが早く来ていたこと以前に、私は彼の服装に目を見張った。
「よう、イレイン」
「ヴァ、ヴァン、それって・・・」
「どうした、なんかおかしいか?」
ヴァンディットはそういって、礼服のすそをつまんでみせる。私は首を振った。
「う、ううん・・・だけど・・・それって、王宮騎士団の礼服だよね・・・」
黒を基調とした、金縁取りの礼服は王宮騎士団のものだ。
「おお、これでもいいだろ?」
「い、いいけど・・・」
一体どこで手に入れたんだろ??
「お前さんもなかなか似合ってるぞ」
「そ、そう?」
ヴァンディットがさらりと笑顔で言う。
少しどきっとして、私は胸に手を当てた。
ヴァンが似合うって・・・。なんだかちょっと嬉しいかも・・・?
「おお。馬子にも衣装ってやつだな」
「もう!!ヴァンっ!!!」
前言撤回・・・
最初から気のきいたことを期待したわけじゃないけど、なんとなく悔しい。
でも・・・彼の晴れやかな笑顔で、そんな気持ちもどこかに吹き飛んでしまう。
「ははっ・・・」
ヴァンディットは声を上げて笑った。だがその直後、どこか切なげな表情を浮かべる。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・ヴァン・・・?」
「いや、なんでもねえよ。行くか」
「う、うん・・・」
・・・ヴァン・・・
なぜだろう。なぜか・・彼のその顔に・・・胸がちくりと痛む。
先を歩き出したヴァンディットのその広い背中が、すごく遠くに感じられて・・・
慌ててそのあとを追った。
王宮の門の前までくると、既に行列ができていた。
多分皆身分の高い人たちなのだろう、
きらびやかな衣装を見にまとった貴婦人やかしこまった姿の紳士たちが並びながら和やかに談笑している。
あたりは非常に混みあっていて、立ち話をする人や早く列に並ぼうとする人、知人を見つけては声をかける人など様々だ。
すっごい混雑だなあ・・・列の一番後ろはどこだろう?
きょろきょろしているといきなり誰かにどんっとぶつかられた。
「きゃっ・・・」
普段はかないような踵の高い靴だから咄嗟にバランスがとれない。
こ、転ぶっ・・・
「おっと。だいじょうぶか、お前さん。そんな靴なんか履かなそうだもんなあ」
ふわっと体が浮いて、気づいたらヴァンディットの腕が私を抱きとめていた。
「・・・ど、どうせ私はブーツしか・・・。それよりヴァン、そ、その・・・私は大丈夫だから・・・」
ヴァンディットとぴったりとくっついている。
それが恥ずかしくて、私はそっと彼から離れようとした。
だけど彼の強い腕はびくともせず私を離さない。
「お前さんのことだから、またふらふらしねえとも限らねえ。・・・俺の腕につかまってろ」
彼はそのまま、ぐいと自身のほうに私を引き寄せる。
胸の鼓動が・・・自然と早くなるのがわかった。
な・・・なんだろ・・・ドキドキして・・・どうしたらいいかわからなくて・・・・・・・・でも
・・・・・・・どうして・・・だろ・・・。・・・・・・・離れたく・・・ない・・・・・・・
密着しているせいか、礼服の上から、彼の体温を感じた。
もしかしたらヴァンディットも・・・同じなんだろうか。
私はほんのちょっとだけ、ヴァンディットのほうに頭を傾けて、彼の礼服に手を触れる。
ふっと微かに笑う気配。見上げると、優しく見つめ返されて胸がきゅっとなった。
「ヴァンディット!?・・・驚いたな、その姿は・・・」
ランスロットがヴァンディットの服を見て、目を見開く。ヴァンディットはにやっと笑った。
「昔を思い出すだろ?なあ」
「・・・ああ・・・」
つられたようにランスロットが微笑む。
・・・昔・・・?
「ごきげんよう、イレインさん」
ふたりを交互に見ていると、ユリアが笑顔で話しかけてきた。
「あ、こ、こんにちは・・・」
「ランスロット様、こちらの方はランスロット様のお知り合いですの?」
「ええ、まあ・・・昔、色々ありまして・・・」
・・・昔・・・色々・・・
ランスロットがユリアに説明する。
どこかお茶を濁したような言い方だったが、ユリアは納得したようだった。
「そうですの。ランスロット様の・・・」
ヴァンディットはユリアに向き直る。丁寧に頭を下げたあと、ひざまずいた。
・・・騎士が身分の高い人にする作法だ・・・。やっぱりヴァンは・・・
「はい。わけあって王都を離れておりましたが・・・
国外でもお美しきユリア様のお噂は聞き及んでおります」
「こうして直接お目にかかることができて、光栄にございます」
ヴァンディットはユリアの手をとって、手の甲に口付ける。
「このたびはご婚約、誠におめでとうございます」
「お、おめでとうございます!」
私も慌ててお祝いの言葉を述べると、ユリアは嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。ヴァンディット様、イレインさん」
ヴァンディットはもう一度ユリアに深々とお辞儀する。その姿は王宮騎士そのものだった。
・・・ヴァンは・・・昔、王宮騎士団にいたってことなの・・・?
やがて宴もたけなわになったころ、華やかなワルツの音楽が聞こえてきた。
「・・・あ・・・舞踏会、始まったね」
「・・・そうだなぁ。・・・踊りてえか?」
傍らでジョッキを傾けていたヴァンディットが尋ねてくる。
「ううん・・・私、あんまり踊るの得意じゃないし・・・一応は習ったけど」
「・・・お師匠様にか?」
「う、うん、騎士の、たしなみってことで、一通りは・・・」
「ふうん・・・」
「・・・ヴァン・・・?」
ヴァンディットは何やら思案するように黙って酒を飲んでいたが、やがて私を見て言った。
「それなら、一曲踊るか」
「えっ・・・な、なんで!?」
「いいじゃねえか。俺とは嫌か?」
「い・・・いやじゃ・・・ないけど・・・」
どうしていきなり・・・?ううんそれよりもヴァン・・・踊れるの、かな?
そう思うまもなく、ヴァンディットは私の手を取りホールへと歩き出した。
「久々だなあ、こういうの」
ヴァン・・・すごく・・・うまいんですけど・・・。ついていくので精一杯・・・
ステップがうまく踏めなくて、足がもつれそうになりながら私はヴァンディットの動きにあわせた。
「あせんな。お前さん、型にこだわりすぎだ。誰もチェックしてねえんだから、気楽にしろよ」
「え、えと・・・」
こう、かな・・・
「そうだ。うまいじゃねえか。・・・こっちのほうが全然いい」
ヴァンディットが私の目を見つめて微笑する。胸の奥がなんだかくすぐったい。
・・・ヴァン・・・。・・・なんだろ・・・この気持ち・・・
恥ずかしくなって目を伏せると、肌に触れる彼の体温をより強く感じてドキドキした。
一曲踊りきったあと、私たちはホールから王宮の広い中庭に出て休憩した。
庭の中央にある噴水を背にしてベンチに座る。
噴水の周りにあるともしびが雰囲気よく夜の闇を照らし、
ヴァンディットの精悍な横顔を浮き出させていた。
「少し疲れたか?」
息を整える私に、ヴァンディットが尋ねる。
「う、うん、ああいうのって、普段ほとんどやらないから・・・」
「だよなあ。俺も何年ぶりかって感じだ」
ヴァンってやっぱり・・・きっと、前に王宮にいたことがあるんだ・・・
ランスロットもヴァンの礼服見て、そんな感じだったし・・・
ヴァンディットは闇に浮かぶ中庭の花々を目を細めてみつめている。
聞いてみたいけど・・・なんか聞きづらいな・・・
「・・・・・・・・・・・」
ヴァン、何考えてるのかな・・・
普段は饒舌なことが多いヴァンディット。
だからこそ、彼の沈黙はどうしても私を不安にさせる。
・・・ヴァン・・・
意外に睫が長いことに、今気づいた。頬の傷は、一体どこでついたものなのだろう。
彼は傭兵として、一体どんな修羅場をくぐってきたのだろう。その目で何を、見てきたのだろう。
・・・もっと、知りたい、ヴァンのこと・・・
「イレイン」
「なっ・・・なに?」
ふいにヴァンディットが声を出して、横顔を見つめていた私は驚きのあまり声がうわずる。
だが、それには言及せず、ヴァンディットは前を向いたまま、話を続けた。
「・・・その・・・・・・・こないだは、・・・悪かったな」
「こないだって・・・あ・・・」
王都に戻れって・・・言われたときのこと、だよね・・・
「俺の勝手な判断で、お前さんを無理やり帰らせようとして・・・」
「ヴァン・・・」
「女子供に戦場にいてほしくねえなんていうのは、俺だけの自分勝手な考えで・・・
お前さんには・・・関係ねえもんな・・・」
ヴァンディットはため息をついた。膝の上に組んだ彼の両手のひらにぐ、っと力がこもる。
「・・・でも・・・なんつんだ・・・」
彼は少し思案するように視線をさまよわせた。
言うべきか否か迷っているような感じだったが、やがて口を開いた。
「・・・お前さんがあのとき、背中に痣つくってんの見た時・・・
俺はもう、これ以上お前さんを傷つけたくねえって・・・そう、思ったんだ」
「・・・え・・・」
「それは・・・お前さんが女だからなんだって、俺は思い込んでた。
女は男が守ってやらなくちゃならねえから・・・」
ここでヴァンディットは私の顔を見た。
どこかまぶしいものでも見るような彼の眼差しが、まっすぐに向けられる。
「だけどお前さんは戦う騎士だ。男と肩を並べて、勇ましい面して・・・普通の女とは、少し違う」
ヴァンディットはゆっくりと手を伸ばして、私の頬に触れる。
触れた頬が・・・どこか熱い。
「守ってやらなくちゃならねえか弱い『女』とは、違うんだ・・・」
私ではなく自分に言い聞かせているような言葉だった。
「ヴァ、ヴァン・・・?」
いつのまにか騒がしくなっていた胸を抑えて、私は彼の名前を呼ぶ。
ヴァンディットはふっと笑った。
「・・・格好悪い言い訳しちまったよなぁ・・・」
「言い訳・・・?」
「ああ。俺が『傷つけたくない』って思ったのは、お前さんが『女』だから、じゃない。
・・・俺は・・・ただ・・・お前さんが傷つく姿を見たくねえんだ。性別なんか、関係ねえ。
・・・俺は・・・お前さんが」
ヴァン・・・
ヴァンディットが私を見つめる。
熱を帯びたような・・・そのとび色の瞳が、私だけに向けられる。
こんなふうに見詰め合っているなんて、すごく恥ずかしいはずなのに・・・
・・・目が、そらせない・・・
「・・・イレイン・・・俺は・・・」
心臓の音が、自分の耳元で聞こえるようだった。
彼のその次の言葉を、熱い頬をもてあましながら私は・・・待った。
だが・・・
「いや、わりい・・・」
「えっ・・・」
「これ以上は・・・・・・言うべきじゃねえな。今のは、忘れてくれ」
ヴァンディットはここまで言って・・・すぐに目を伏せた。
わ、忘れてくれ・・・って・・・
絶句する私に、彼は笑いかけ、なだめるように頭を撫でてくる。
「・・・ともかく・・・悪かった・・・。
あんときはああいったが、女だからって、戦場に出るなってことじゃねえから。
それだけ、覚えといてくれ」
「・・・・・・・」
取り繕ったような明るさとその台詞。
私はただ茫然と、いつものように笑うヴァンディットを見つめた。
・・・なんだろう・・・この気持ち・・・なんだか・・・辛い・・・
ヴァン、大事なことを言おうとしてくれたんじゃないの・・・?
一言何か言ってやりたい気持ちだったが、言葉が見つからない。
「・・・イレイン・・・」
ヴァンディットがそんな私を見て、口を開いたそのとき。
「ヴァンディット」
ひとりの王宮騎士が、私たちのほうに歩いてきた。
ヴァンディットが騎士に気づいてにやっと笑う。知り合いだろうか。
「よう、警備隊長殿。今日は大忙しだねえ」
「正確には代理、だが。主役が何せ隊長だからな。
ランスロット隊長も大した美女に目をつけられたものだ」
微笑みながら騎士はヴァンディットに応対する。
・・・知り合い・・・?ランスロットのことを、隊長って言っているようだけど・・・
「いやー、あれは男冥利に尽きるってもんだろお。
なんでもないような面して全く憎たらしいもんだぜ」
「ははっ・・・。その礼服、なかなか似合うな。昔を思い出す」
「ああ・・・これ、ありがとな。エクター。ちょうどぴったりだったぜ」
ヴァンディットが礼服の襟をつまみつつそういう。
この人、エクターさんって言うんだ・・・
ぼうっと眺めていると、エクターがふと私のほうを見て相好を崩した。
「お前が隊長の弟子、イレインか。なかなかの腕だと、隊長からいつも自慢話を聞かされているぞ」
「あ、あの、あなたは・・・」
「私は副隊長のエクターだ。隊長の補佐を任されている」
ランスロットの・・・
「そ、そうなんだ・・・は、はじめまして・・・」
なんと挨拶したらよいかわからず、とりあえず頭を下げるとエクターが私のドレスを見て微笑む。
「しかし、そうしているととても剣士には見えないな。
可愛らしいお嬢さんといった感じだ。なあ、ヴァンディット」
「・・・・・・・・・・・。そだな・・・」
ヴァンディットは優しい瞳で私を見つめていた。さっきのことが思い出されて、思わずドキリとする。
エクターはそんな私たちを交互に見つつも、少し真顔になるとヴァンディットに切り出した。
「・・・・・・・・・。ヴァンディット」
「あん?」
「お前・・・王宮騎士団に戻ってくる気は、ないのか」
「ないね」
「ふっ・・・即答か」
ヴァンディットは笑った。
「当たり前だろ。じょーだんじゃねえよ。それに・・・俺は自由の身が性にあってる」
「私も以前はそうだったが・・・そう思い込んでいるだけではないのか。
好きな女でもできれば気も変わるだろうに」
好きな女・・・
「お前と一緒にすんな、エクター。俺は根っからの放浪もんなんだよ」
ヴァンディットのはっきりした物言いに、諦めたのかエクターは肩をすくめた。
「・・・そうか、それは残念だ。・・・近いうちにまた王都を発つのだろう?」
・・・・・・・
胸がずきんと痛んで、私はうつむいた。私の頭上を、二人の会話だけが通り過ぎていく。
「ああ。まあまた、気が向いたら王都に寄るさ」
「・・・礼服は返してから行けよ」
「はいはい」
ふたりはきっと、長いつきあいだったのかもしれない。
エクターもヴァンディットも、お互いのことをわかっているようだった。
「それでは、私は警備の仕事に戻る。・・・邪魔してすまなかったな、イレイン」
「あ、い、いいえ・・・」
「では、失礼」
エクターは私にも頭を軽く下げると、ホールの方へ歩いていった。
「まあったく、相変わらず口のへらねえ・・・」
ヴァン・・・やっぱり以前に王宮騎士団にいたんだ。ううん、そんなことよりも・・・
私はヴァンディットを見つめた。彼はエクターの去っていったほうを見て何やらぶつぶつ言っている。
『俺は根っからの放浪もんなんだよ』
ヴァンディットの言葉が思い出される。彼は傭兵で、王都へは立ち寄っただけで・・。
・・・そうだよね・・・そうなんだよね・・・ヴァンは・・・もう、王都を出ていっちゃうんだ・・・
どうしてかわからない、わからないけど、ただ胸が苦しかった。私はうつむく。
目頭が熱い。
膝の上で握り締めた両の拳が、滲む。慌てて目元をぬぐった。
式はあれからまもなくお開きになり、ヴァンディットは私を騎士団本部の門の前まで送ってくれた。
「・・・ありがとう。ごめんね、送ってもらっちゃって・・・」
「当然。ここまでがエスコートだろ?」
「・・・・・・・・・」
明るく笑うヴァンディット。その笑顔を見られなくて、私はうつむいてしまった。
「・・・どした」
「・・・・・・・・・・その、ヴァン・・・。・・・・行っちゃうの・・・?」
顔は上げられないまま、私はなんとか言葉を搾り出す。思ったよりもか弱い声しか出ない。
「イレイン・・・」
「王都を・・・発つんだよね・・・」
「・・・。ああ」
直接ヴァンディットの口から出る肯定の返事に、私は唇をかみしめた。
・・・そうだよ・・・ヴァンがいなくなるなんて、分かってるのに・・・なんでこんなに・・・
自分の気持ちが全然わからない。ただ苦しくて仕方ない。
・・・なんでこんなことくらいで・・・
何か言わなくちゃならないのに、言葉が出ない。
・・・ヴァン・・・どんな顔してるんだろ・・・でも、見れない・・・
まただ。顔が熱くなって、みるみるうちに視界が滲む。
ヴァンディットが、ぽつりとつぶやくように言った。
「・・・少しは、さびしいと思ってくれてんのか」
「・・・あっ・・・当たり前だよ・・・」
かろうじて出した声が涙に濡れる。
「・・・そうか・・・」
「・・・っ・・・・」
私は目をごしごしこすった。泣いていたのは・・・きっともう気づかれているだろう。
「・・・なあ、そう、しんみりすんなって。世界は意外に狭いもんだ。また会えるさ」
元気付けるようなヴァンディットの声が聞こえる。涙を拭いて、私は彼を見上げた。
「・・・ヴァン・・・」
「な、そうだろ?」
そういってヴァンディットは晴れやかに笑う。これはきっと・・・彼なりの気遣いだ。
・・・・・・
私は・・・無理やり笑顔を作った。
「・・・そう・・・だね・・・。うん・・・また、会えるよね・・・」
「そんときまで、俺のこと忘れんなよ?」
「わ、忘れないよ!ヴァンこそ・・・」
ヴァンディットがいたずらっぽく笑う。
「俺は大丈夫だ。お前さんほどインパクトのある女はいねえ」
「どういう意味!」
「ははっ・・・」
思わずつっかかると、ヴァンディットが肩を抱いてくれる。目を見開いた私に微笑んで言った。
「今夜は誘ってくれてどうもな・・・。楽しかったぜ」
「・・・うん・・・・」
「じゃあな、元気でいろよ」
彼はそのまま私の肩を優しく叩いてから、躊躇もなく背中を向けた。
・・・ヴァン・・・また会えるなんて・・・言ったけど・・・
ヴァンディットの後姿が、夜の闇に消えていく。
・・・だけど・・・私は・・・。やっぱり・・・やっぱり・・・
・・・・・いなくなるなんて・・・嫌だ・・・嫌だ・・・私――!!
思うと同時に足が勝手に動いて、気づいたら走り出していた。彼の背中が近づく。
「―?イレインっ・・・!?」
ヴァンディットが振り向くと同時に、その腕に、なりふり構わずしがみついた。
頭上で、彼の声が聞こえる。
「・・・おいおい、どうした?子供みてえに・・・」
「・・・・・・・」
「・・・イレイン・・・」
今更何も言うことができなくて、私はただ、彼の服に顔をうずめる。
どうしたらいいかわからなかった。
だけど、ヴァンディットと離れること、それだけが・・・どうしても嫌だった。
そんな私の頭に、ヴァンディットの大きな掌がそ、と置かれる。
見上げた私に彼は微笑み、口を開いた。
「・・・お師匠の言うこと、よく聞くんだぞ。お前さんはきっともっと・・・腕のいい剣士になれるさ」
「ヴァン・・・」
「・・・じゃあな」
ヴァンディットはしがみついた私の手をそっとはずすと、背中を向けそのまま歩き出した。
「ヴァン!!」
私の声には振り返らず、ただ手だけ振って返してくる。
あ・・・
私はそのままその場に崩れ落ちて、顔を覆った。
「・・・い・・・・・・・・行っちゃ・・・やだよ・・・ヴァン・・・」
こらえきれない涙はあふれて、本音とともに頬を伝う。どうしてこの台詞を、彼にいえなかったんだろう。
・・・言えるわけない・・・。言ったらヴァンの、重荷になる・・・
なんの戸惑いもなく、自由な身が性にあうと答えるヴァンディットのことだ。
私が我侭を言っても、彼を困らせるだけだから・・・。
それでも悲しくて悲しくて、涙はとどまるところを知らない。
部屋に戻って床に入り、泣きながら眠りに落ちた。
○次話 ヴァンディットストーリー「新たなる旅立ち」へ続く