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ヴァンディットストーリー「すれ違う想い」


それから数日。

地方騎士団も王宮騎士団も通常の業務を最低限にして、

来るべき戦いの準備に専念するようになった。

街には物騒な姿の傭兵たちがあふれ、街の人たちの表情も皆不安げだ。

私も不安な気持ちは同様だったが、彼らとは立場が違う。

私はもう、守られる者ではなく、守る者となったのだ。

鍛冶屋のおじさんが寝る間を惜しんで磨いた双剣を、腰にしっかりと固定する。

心の中の弱い自分を押し込めて、グレッグ団長の話す訓示に耳を傾けた。



そして・・・作戦当日。

決戦の火蓋が、今ここに、切っておとされる―。



これまでの静寂はなんだったのだろう。

一度、王都に異形が襲ってきてからは、静かな日々が続いていたと思う。

だが、今私の目の前に広がる光景は―王都から関所までの、あの平和で広い草原は―

まさに、地獄絵図・・・そういいきっても言いすぎではないほど、凄惨たるものだった。

偵察に行った騎士が、死に物狂いといった形相で逃げてくる。

関所からあふれ出てくるのは、どれもこれも、異様な姿をしたものばかりだ。

例の、鋭い牙のついた口蓋の化け物、それから異様に腕と足の長い顔なしの巨人、

体中が棘のようなもので覆われた人のようで人でないもの、なんとも形容しがたい者たちが、

遠目にも見えて背筋が震える。

そうしてその化物たちは皆、きっと一様にあの腐臭の体液を

皮膚から染み出させているのだろう。


「・・・ルシアも、もしかしたら勘付いたのかな?偶然かな?でもいいタイミングだよね」

背後でクライストがそんなことを言っている。

「・・・く、クライストさん・・・?

どうしてここに?確か王宮の指示に従うからってあっちに・・・」

クライストは作戦の要だった。

王宮の直接の指示に従うため、さっきまで王宮騎士団の陣にいたはずだが・・・

ちなみに王宮騎士団の陣は、ここ地方騎士団の陣の少し離れた真横に展開している。

関所から出てくる異形をちょうどふたつの騎士団ではさみ打つような布陣を敷いていた。

「あんなところじゃ息もつまるし精神集中もできないよ。

どうせ手順はわかってるから、いいんだよ」

そういいながらクライストはうーんと伸びをする。

私を含め、並んで関所を見ていた騎士たちがクライストをうさんくさげに見やった。

緊張感なさすぎ・・・

多分、皆そんな思いを抱いたことだろう。

だが、その余裕はいかに、彼が凄まじい力を持っているか、ということの証明でもあるのだ。

異形たちがどんどんこちらに近づいてくるのが見える。

「くるぞ!弓兵構え用意!!!!」

「あー!ちょっとまってちょっとまって、トリスタン早すぎだよ!まずは俺が先!」

「なんだと!?作戦の指示どおりに・・・」

トリスタンの掛け声に、クライストがストップをかける。

トリスタンが振り返ってクライストをにらみつけた。

「違うよ、指示どおりなら俺が先!先に矢なんか放ったら王宮連中からサボったって

煩く言われる」

するとグレッグ団長がすかさず叫ぶ。

「クライストの言うとおりだ、トリスタン!弓兵構えやめ!!!」

・・・大丈夫なのかな・・・

初めての戦場。一抹の不安がよぎった。

トリスタンが短気でそそっかしいことは知っていたが、こんなところでドジを踏むなんて・・・

といったら彼に失礼だろうか。

「全く困るよ・・・ただでさえ王宮の連中はうるさいんだからさ・・・」

クライストがぶつぶつ言いながらも前に出る。

地方騎士団の陣の最前列、グレッグ団長の前まで来ると彼はうつむき、

地面に視線を落としてぐっと両の拳を握り締めた。

そうして、ゆっくりとその掌を広げ、地面にかざす。

微かに彼の体が、蒼く発光したような気がした。

皆がそれを固唾をのんで見守る。最後列の傭兵団には見えないが、

異形たちが近づくともあって騒いではいないようだ。

「な、なんだありゃ・・・」

騎士のひとりが声をあげた。

クライストの前方、遠くに山々を望む広い草原の、その地面にそして空に、

蒼い光線で描かれた巨大な『魔方陣』が姿を現していた。

そう・・・あれはクライストさんが魔法を使うときに出る、魔方陣だ・・・そしてルシアも・・・

だが、あそこまで巨大なものは初めてだ。

人間なら30人ほどはゆうに入れるだろう広さがある。

その魔方陣は一度かき消え、今度は分裂して異形たちの足元に出現した。

同時にそれと連動しているのか、空にも地面のと同じ位置に魔方陣が現れる。

「さあ・・・まずは第一弾と行こうかな」

クライストがうつむいたままぼそっとつぶやく。

いつのまにか地面にかざした手はそれが見えないほどに青き光に包まれ、

彼自身の足元にも小さい魔方陣が光を放っていた。

グレッグ団長も、トリスタンや他の騎士たちも目を見開いて言葉もなく彼を見つめている。

『・・・あらゆるものを形どる秩序の霊よ、契約によりわが言霊に答え、

その地に立つものを粉々に砕きつくせ・・・』

クライストの低くうなるような声が、私の耳にも聞こえてくる。

だけどこれは本当に彼の声なのだろうか。

そう考える暇もなく、クライストが地面に勢いよく、だんっと両の手をついた。

体が鋭い光を放つ。まぶしさに目がくらんだ。

「きゃっ・・・」

『わが声にこたえよ!』

耳をつんざく轟音が、クライストの叫び声と混じる。

地面が大きく揺れて、転びそうになり慌てて足を踏ん張った。

くらんだ目をかばいながら異形たちのほうを見ると、あの巨大な魔方陣から

白い光が天にのぼり、そこに立っていた異形たちが忽ちに掻き消えていく。

・・・す・・・すごい・・・

見たこともない『魔法の力』に、ざわつく騎士たち。

王宮騎士団のほうからも馬のいななきが聞こえ、あちらも騒然となっているようだ。

だが、関所からはまた次々と異形たちが姿を現す。

魔方陣から放たれた光で、こちらに向かっていた大部分の異形は倒されたようだが、

うまく回避した者もいる。

身の毛もよだつような大きな咆哮をあげ、猛然と近づいてくる異形。その数は少なくない。

10・・・20・・・ううん、それ以上いる・・・!!

関所からもまだまだ出てくるようだし・・・

「きりがないって、こういうことかな。

やれやれ、あとは頼んだよ。俺は本命を潰してくるから」

クライストが言って、右手に例の魔剣・・・アグレアスを出現させる。

そうか・・・クライストさんは、ルシアを直接倒しに行くんだ・・・

魔剣に対抗できるのは、魔剣しかないものね・・・

その表情はいつもと変わらないようだが、ちょっとだけ疲れが見えていた。

やっぱりさっきの大きな魔法だったから、疲れはするのかな・・・

「ひるむな!今のうちだ!!弓兵!構えっっ!!!」

ここぞとばかりにトリスタンが大声を張り上げる。

「・・・ライオネス!!クライストに同行しろ」

グレッグ団長がクライストに声をかけ、ライオネスを呼んだ。

ライオネスが愛馬を連れて後ろからグレッグ団長の前に出る。

「了解してます。クライスト、変な真似すんじゃねえぞ」

「監視役ってこと?全く信用されてないなあ」

「・・・すまんな。王宮からの命令でもある・・・。

ルシアを倒してくれ、頼んだぞ、クライスト」

グレッグ団長は申し訳なさそうな表情でクライストに謝りつつも、戦意を鼓舞する。

「・・・団長も、どうぞご武運を」

クライストは勝気な笑みを浮かべ、うなずいた。

瞬間、地方騎士団、そして王宮騎士団の弓兵たちが一斉に弓を引き絞り、

号令に合わせて矢を放つ。

何本もの矢が放たれると同時に、クライストはその矢の風に乗るように駆け出した。

「ちっ・・・行くならいくって言えっての!!!つか、足速すぎだろあいつ!!」

ライオネスが慌てて馬に乗ると彼の背中を追いかける。

クライストさん、馬に乗らなくてもあんな速さで走れるの!!??

「・・・ほんとに人間なのかよ・・・あいつ・・・」

トリスタンが何気なくつぶやいた言葉。何故だか知らないが、妙に引っかかった。

大勢の弓騎士たちから放たれた矢は、異形たちに次々と突き刺さっていた。

刺さった箇所からあの汚い体液を噴出して、緩慢にもがく異形。

それでも、倒すまでには至らない。腕や触手のようなものを伸ばして矢を抜き取り、

怒りを感じたのか突進してくるものもいる。

思ったより速い・・・!!

私はいつでも攻撃できるよう、腰の双剣を抜いて身構える。

迫る大勢の異形。あの独特の異臭が鼻をついてくる。

緊張のあまり、早くなる鼓動。汗ばむ掌。

・・・クライストさんがルシアを倒すまで、ここで持ちこたえないと・・・!!

私は改めて異形たちを睨みつけた。

負けるわけには・・・いかないっ・・・!!!


異形との戦いは、過酷を極めた。

血で血を洗う、という言葉があるけれど、本当にその通りだと思った。

握り締めた剣の柄は、もう異形の体液でべとべとだ。

だがそれを気にしている暇もない。私はとびかかってきた小型の異形を剣で振り払った。

「ギュェッッ」

手足が不自然な形に変形した、幼児の姿をした異形が、地面に叩きつけられる。

びちゃっっと、内臓か何かだろうか、茶色い何かが潰れて飛び散った。

「うぐっ・・・」

吐き気を感じて、口を手で押さえようにも異形の体液まみれで体に触れることすらできない。

「はあ・・・はあ・・・」

一体私は、どれくらい戦っているのだろう。

大分長い時間のようにも感じるが、クライストが戻ってこないところを見ると

そう大した時はたっていないのかもしれない。

あたりを見回せば、茶色い体液にまみれた異形の死体と、

赤い血にまみれて倒れた騎士たちの姿がある。

みずみずしい緑の草原は、茶色と鮮やかな血の色に埋め尽くされていた。

倒れた異形と、並んで息絶えている騎士の姿を見ていると、

異形も、人間も、死体になれば変わりがないように思えて・・・思わず首を振った。

王宮騎士も、地方騎士ももう関係ないようだった。

異形の群れに襲われて、地方騎士団と王宮騎士団とで挟み撃ちにしたが、

それよりも異形の勢いは凄まじかったのだ。

もう・・・乱戦状態、だよね・・・みんな・・・どこにいるのかな

草原は広い。

遠めに誰かが剣を振るっていたり、巨大な異形を倒しにかかっている姿が見える。

だけどそれが見知ったものであるかは判別がつかなかった。

・・・まだまだ・・・くるっていうの・・・!?

私は関所のほうを見やった。

異形たちがのっそりと姿を現すのが目に入る。

エルムナードの人たちが・・・全員・・・って、言ったら・・・

気が遠くなるような戦いだった。ともすればくじけそうになる心を無理やり奮い立たせる。

だけど、剣の切っ先は正直だ。自分でも、動きが鈍ってきたのがわかる。

ダメ・・・ダメだ、こんなことじゃ、いずれ負けてしまう・・・!!

焦る気持ちに、だが体はついていかない。

「うわああああっっ」

すぐ近くで悲鳴が聞こえて、そちらを見ると人型の異形の錐のような触手が、

傭兵の体をぐさりと貫いていた。

その背中からバッと血が飛び散る。

「ぐはっ・・・あっ・・・」

そのまま口から血を噴出し、がくりと頭を垂れ絶命した。

異形は錐の触手から傭兵の死体を振り払うと、顔のない顔をこちらへと向けて―。

反射的に、体が動いていた。

反動をつけて、後ろへと飛び退る。今までいた場所に、触手がぐさっと突き刺さった。

それを見る間もなく、私は異形の懐に飛び込む。

「やああああっっ!!!」

身を翻して体をひねり、次々と斬りつけられる・・・はずだったが・・・

・・・・えっ・・・!?

固い衝撃。耳に響く金属音。

双剣の刃は確実に異形をとらえたのに、異形の驚くほど硬質な肌がそれを跳ね返したのだ。

それはまるで魚の皮膚のように半円形の鱗が何層にも重なり構成され、

鱗と鱗の間から、あの体液がじくじくと染み出しているのが見えた。

硬いっ・・・これでは、傷をつけることさえ・・・

そう気づいたときには、もう遅かった。

衝撃が走って、体が浮いたかと思えば地面に叩きつけられる。

「うっっ・・・」

かろうじて、双剣だけは手放さずにすんだ。武器をなくしたら、戦場では死んだも同然だ。

異形は私を殴り飛ばしたのだろう長い触手を振るい、こちらへゆっくり近づいてくる。

「っ・・・く・・・・うっ・・・」

・・・ここは・・・とにかく逃げるしか・・・

体中が激しい打ち身の痛みに悲鳴をあげる。もしかしたら、弱点はあるのかもしれないが・・・

それを探している余裕は、私にはなかった。

「う・・・ううっ・・・」

膝を立て、歯を食いしばって立ち上がる。後ろは振り向かず必死に駆け出した。

途中、二、三度転んだが、とにかく走る。

しばらく死に物狂いで逃げたあと、息をきらしながら後ろを振り向いた。

・・・よかった・・・なんとか巻いたのかな・・・

異形の姿はない。他の人間に目標をうつしたのかどうか知らないが、逃げ切れたようだ。

「はあ・・・はあ・・・」

汗びっしょりになりながら、私はその場に膝をついた。

すると・・・そのすぐ横に・・・

『顔』があった。

「っっ!!!」

おそらく、傭兵のひとりだろう。

すでに絶命しているようだ。半開きの目のまま、息絶えている。

「ひ・・・」

思わず後ずさった。

死んでいる者はそこここに倒れていたが、こんなに近くで見ることはない。

それに懸命に戦っていて、他の兵を気遣うこともできやしなかった。

・・・本当は怖くて、見ないようにしていたのかもしれない・・・

私は傭兵の死体から目をそらした。

そのとき、同じ傭兵であるヴァンディットのことが頭に浮かぶ。

・・・そういえば・・・ヴァンディットさん・・・

ヴァンは・・・この戦いに参加してるの・・・?

王宮の、自業自得だと言っていた彼。戦いには参加していないかもしれない。

何しろ騎士とは違い、フリーの傭兵だ。

仕事を請け負えば戦うが、そうでなければわざわざ来ないだろう。

それに、こうなったのは王宮のせいだっても言ってたもの・・・

王宮に加担するようなことはしないかも・・・

『お前は本当にあの子を、戦場に出すつもりなのか』

酒場でそういっていた彼の表情を思い出す。

責めるようにランスロットに言っていた、ヴァンディットのあの顔。

『俺がお前だったら・・・出さねえけどな』

あの言葉。そして、夜の林で私に『おやすみ』と言った、その優しい声音。

「・・・っ・・・」

なんでだろう・・・なんか・・・

彼のことを思い出すと同時に、急に心細さが襲ってきた。

まるで張り詰めていた緊張の糸が、切れてしまったかのように・・・

私は戦場に・・・たったひとりでいる。

むせかえるような血のにおい。横たわる死体。

広い戦場に・・・仲間はどこにも見えない・・・。

「・・・・・・・・」

視界が滲む。

こんなところでこんな気持ちになって、どうするの・・・!!

涙をぬぐい、感傷を振り払うように頭を振った。と・・・その刹那。

「っ!?」

気配を感じて振り返ると・・・あのさっきの異形が、錐の触手を振り上げて立っていた。

「あ・・・あ・・・」

もうこの近すぎる間合いでは、逃げられない。

動き出したその瞬間に、触手は私の体を貫くだろう。

逃げられたと思っていた。完全に・・・油断していた。

・・・ここで・・・終わるの・・・?

さっきの殺された傭兵の姿が脳裏をよぎる。

異形が振り上げた触手を真っ直ぐに私に向けて・・・・・・・。

もう・・だめっ・・・・・

死を覚悟して、目を閉じた・・・そのとき。

「イレイン!!!」

誰かの声が響いて、ぬくもりに包まれた体が宙に浮き、風を切る。

気がついたときには、私は彼の腕の中にいた。

「間一髪だな。嬢ちゃん」

「ヴァ・・・ヴァン・・・!!!」

どうやら、触手が私を攻撃する直前、

ヴァンディットが私を横抱きにして飛び退ったようだった。

「大丈夫か?けがねえか?なんて、言ってる暇もねえな」

彼はそういって、獲物を逃しどことなく悔しそうな異形を見やる。

「どうも、あれだな。硬すぎて剣が入らねえ。だいぶこいつには騎士連中も手を焼いてる」

「は、はい・・・私も、さっき双剣が効かなくて・・・」

ヴァンディットの腕に抱かれながら、私はそう応えた。

その暖かさに、さっきの心細さが消えていく。

・・・なんだか・・・胸が騒がしいような・・・気のせい・・・?

「だが、どっか弱点はあるはずだ。

・・・硬い体だが、触手を自由自在に動かすってことは・・・継ぎ目がいけるかもしれねえ」

「継ぎ目・・・」

ヴァンディットはうなずいた。

「触手と胴体の関節部分だ。早速やってみんぞ。嬢ちゃんもそこを狙え」

「わかりました!」

言った瞬間、異形の触手が襲い来る。

「ちっ・・・」

ヴァンディットは私を抱えたまま、異形の攻撃をよけ、私を地面に下ろした。

「行くぜ!!」

「はい!!」

ヴァンディットの掛け声に、ふたりで一斉に異形めがけて駆け出す。

異形が体勢を整える前に、私は手にした双剣を、触手の付け根・・・関節部分につきたてた。

ぐさり、と音がして、確かな手ごたえ。

異形が咆哮をあげる。

見ると、ヴァンディットも反対側の触手の継ぎ目に、その剣をつきたてていた。

突き刺さった剣が抜けず、そのままに異形から離れた直後、

あの茶色い体液がぶしゅっと噴出す。

異形の悲鳴が響き、ゆっくりと地面に倒れふした。振動が足に伝わり、思わずよろめく。

「・・・やった、の・・・?」

警戒しつつも様子を伺うと、異形はぴくりとも動かない。どうやら絶命しているようだ。

「・・・継ぎ目が弱点だった、ってことなんだろうな。いちかばちかやってみて正解だったぜ」

ヴァンディットがそういいながら異形に近づき、その体から双剣を引き抜いた。

私も慌てて双剣を異形の体から抜く。

その途端、ほっとしたのか急に力が抜けてその場にペタンと座り込んでしまった。

「おいおい・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」

ヴァンディットが抜き身の剣を持ったまま私に近づき、顔を覗き込む。

「・・・これくらいでへたってもらっちゃ困るぜ」

「わ、わかって・・・ます・・・」

精一杯強がって見せても、動けないものは動けない。

すると彼はふっと笑って、土まみれの私の頬を指で優しく叩いた。

「・・・どうした。間抜けで元気なお前さんは、どこ行った?」

「ま、まぬけなんかじゃ・・・あ」

「ほれ、しっかりしろ」

ヴァンディットは双剣をしまうと、私の手を掴んで立ち上がらせてくれた。

・・・・あ・・・・

足がふらつく私の腰に腕を回して、支えてくれる。

抱き寄せられたような形になって、心臓が跳ねた。

・・・ちょっと・・・恥ずかしい・・・かも・・・

「とりあえず異形はこのへんにはいねえようだな。

関所のほうも落ち着いてる。そこの木陰で休むぞ」

「は、はい・・・」

草原にはところどころに大きな木が生えているところがある。

私たちはそこまで歩いて、木の根のところに腰を下ろした。

「しっかし・・・ひでえなあこりゃ・・・ここら一面、血の匂いとくせえので一杯だ」

「・・・はい・・・」

草原は人間の死体と、異形の死体が散乱し、ヴァンディットの言うとおり酷い有様だった。

服も剣もべたべただ・・・気持ち悪いな・・・戦ってるときは気にしてる暇もないけど・・・

「鼻も馬鹿になっちまったな。しばらく匂いがわからねえぞこりゃ」

それにしても・・・ヴァン・・・戦いに参加してたんだ・・・

「・・・・・?どしたあ嬢ちゃん?俺の顔はそんなに酷いか?」

「あっ・・・ちがっ・・・その・・・。そうじゃなくて・・・」

「ん?」

「あの・・・ヴァンも、ここに来てたんだな、って、思って・・・」

「・・・どういうことだ?」

「その・・・王宮の自業自得、なんても言ってたし・・・

参加はしないのかもって思ってたから・・・」

「何言ってんだお前さん。王宮が馬鹿でも、王都の奴らは関係ねえって、前言っただろ」

「あ・・・」

「ま、到底納得できねえ戦いではあるけどな」

ヴァン・・・。・・・?あれ、左腕の怪我・・・まだ白い布が・・・

「ヴァン、その怪我・・・」

「そりゃ一日やそこらで治るわけねえだろ。

多少の痛みはあるが、剣は振るえる。問題ねえよ」

・・・クライストさんに頼めば、治してくれるかな・・・

「今んとこ、これ以外は無傷だしな。・・・嬢ちゃんも見たとこ、大した怪我はないようだな」

ヴァンディットが私の体を見て言う。

「う、うん・・・さっき体をぶつけただけで・・・っ・・痛っっ」

「・・・どした・・・?見せてみろ」

体に鈍痛がはしって、私は先ほど異形の触手に殴り飛ばされたことを思い出した。

地面に打ち付けた背中が熱をもってじんじんと痛む。

ヴァンディットは私の服を少しめくった。

背中とはいえ、肌をじかに見られるのはちょっと恥ずかしい。

でも今は、そんなこと考えてる場合じゃないんだし・・・

「・・・ああ、打ち身か・・・。痣は残るかもしれねえが、骨は折れてねえ。

痛みさえ我慢すりゃなんとかなる」

「・・・はい・・・」

ヴァンディットが服を元に戻して、私に向き直る。

その鳶色の瞳が少し悲しげに見えて、どきりとした。

「・・・まったく、当たり前みたいにお前さんが戦場に出るなんて聞いて・・・

俺は気が気じゃなかったぜ」

「気が気じゃない・・・って・・・」

「それくらいの傷ですんだからいいけどな・・・お師匠様は何を考えていらっさるやら」

「・・・・・・」

ヴァンディットは心配そうに私の顔を見つめる。

それから草原の様子を見渡しながら、こういった。

「・・・やっぱり、いまのうちにお前さんは王都に戻って待機してろ」

「えっ・・・!?ど、どうして・・・」

目を見開く私。ヴァンディットが顔をしかめて口を開いた。

「当然だろうが。お前さんは女で、しかもまだ子供だ。

ここはお前さんがくるような場所じゃねえ」

「な、なんでそんなこと・・・!子供じゃない、私は騎士だよ!それにまだまだ戦える!」

「ダメだ!!お前さんは戻れ。俺が送ってってやる、だから・・・」

思わず反発した私に、ヴァンディットがぴしゃりと言い放つ。

どうして・・・?どうしてそんなこと言うの・・・?

胸がつまる。悔しいような、悲しいような、よくわからない。

「前にも言った。俺は、お前さんの腕を認めてないわけじゃねえ。

だけど、ここは女子供のいる場所じゃねえんだ」

「・・・・・・・」

「こっちの被害もすごかったが・・・異形の勢いも落ち着いてる。

今なら王都へも戻れるだろ、行くぞ」

ヴァンディットが私の腕をとって、強引に無理やり立ち上がらせる―。

「っ・・・ヴァ、ヴァン・・・っ」

一瞬・・・ほんの一瞬、ヴァンディットの言うとおり、王都へ戻ってしまおうかという気持ちになる。

本当はここから抜け出したい、皆に任せて逃げてしまいたい、

そう思っていたのかもしれない。

だけど・・・だけど・・・―

脳裏に、王都の人たちの笑顔がよぎる。

だめだ・・・こんなところで・・・逃げるわけには・・・いかない・・・

「いやっ!!!」

私は彼の腕を振り払った。

そうして、茫然としたヴァンディットの顔を真正面からにらみつけた。

「お前っ・・・」

彼の表情が怒りに変わる。一瞬ひるみながらも、大きく息を吸って言い返した。

「これまで八年も、訓練してきたのは・・・こんなとこで逃げ帰るためじゃない!!!」

「そういう問題じゃねえ、これは・・・」

「私は帰らない!ここで帰ったら、王都の人たちに合わせる顔がないよ!」

「おいっ・・・」

胸の思いを吐き出すと、私はヴァンディットのほうを見ずに関所のほうへだっと駆け出した。

「イレインっっ!!!」

私を呼ぶヴァンディットの声が聞こえる。

彼はどうしてこんなときだけ、名前で呼んでくるのだろう。

ヴァンディットはわかっていない。

私がどんな思いで騎士になったかを知らないんだ・・・

ただ自分の気持ちだけ押し付けようとして・・・!

関所からのっそりとまた新しい異形が姿を現す。

子供なのはどっちよ・・・!

「いやああああああっっ!!!」

私は背中の痛みも忘れ、ただ単身異形に向かっていく。

大きく見開いた目に、繰り広げられる血の惨劇。

立ち向かい命を奪われる者、引けた腰で逃げ回る者、ぴくりとも動かない・・・人間の死体。

おぞましい光景。それでも―

私は決めたんだ、この剣で戦うって、だからどんなことを言われても、

どんなことをされても、この意志は揺るぎはしない!

何度も何度も身を翻し斬りつける。怒りで我を忘れたように、ただ、ひたすら。

戦いの場で冷静でいられないことは、危険極まりない。

だけど今の私には自分を省みる余裕などなかった。

自分勝手なヴァンディットへの怒りだけが、どうしてか胸の中全部を支配していた。


やがて・・・どれくらいの時がたったのだろう。

剣を振るい続けてくたくたになった頃、クライストとライオネスが戻ってきた。

王宮騎士団とグレッグ騎士団長への報告を終えて、

私の打ち身を治療してくれたクライストは・・・

あのルシアを倒したとは思えないほど、いつもの平然とした態度だった。

対するライオネスはずいぶんとぐったりしていたが・・・。

「・・・ひどいめにあったぜ・・・」

ライオネスは愛馬から降りると、その場に倒れるようにして座り込んだ。

「・・・お・・・お疲れ様・・・」

「・・・ああ・・・お前も無事だったか・・・よかった・・・。

だけど、結構被害はでちまったようだな・・・」

ライオネスは顔をしかめて、草原を見渡し・・・。と、その視線がある一点で止まった。

「あれ、ヴァンディットの奴も来てたのか・・・

あいつのことだから、またどっか旅にでも出たのかと思ってたが・・・」

「・・・そ・・・そう、だね・・・」

答えながらも、私はヴァンディットのほうを向けない。

背中に視線を感じるような気がしたが、振り返ることなんかできなかった。


○次話 ヴァンディットストーリー「言えなかった言葉」に続く


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