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発売日は日曜日だったため、朝早く開店と同時に行くと決めていた。発売前からワクワクが止まらない。
そして、金曜日の放課後になった。さっさと帰る準備をしていた。明後日には新作を買うから一作目と二作目はしばらくプレイしないだろう。しばしの別れの前にゲーム史上最強の隠しボスの低レベル撃破にチャレンジしようかと思っていた。
「あ、あの、相川くん、ちょっといいかな」
「……え?」
振り向くと浅田さんが立っていた。なんかモジモジしてる様な気がする。どうしたのかな?
「明後日、買いに行くんでしょう? ロレイユ戦記Ⅲ」
「うん、行くよ」
「何時頃行く予定?」
「勿論、開店前に行く予定だけど」
「あのね、それならね……」
相変わらずにモジモジしている。顔も心なしか紅潮している気がする。どうしたんだろうと首を傾げていると浅田さんが言った。
「明日、一緒に行かない? 駅で待ち合わせて。あ、あのね、予約も一緒だから番号も前後だろうから。どうかな」
顔を紅潮させて上目使い気味に言ってくる。勿論断る理由がない。飛び上がるほど嬉しい。まさかの浅田さんからの誘いだ。
「うん、いいよ。待ち合わせは駅でいいな。時間は九時半で。発売が楽しみだな」
嬉しさと緊張で自分が何を言っているか分からなかった。でも、浅田さんには伝わったみたいで……
「本当に? じゃあ、九時半でね。バイバイ。また明後日にね」
手を振り友達の所に戻る。思いもがけない誘いに胸が踊る。二重の意味で明後日が楽しみになった。
……あ、また携帯番号を聞き損ねた。
家に帰ってロレイユ戦記Ⅱの電源を入れた。予定通りに史上最強の隠しボスの低レベル撃破にチャレンジする。
勝てなかった。明後日の事を考えるとゲームに身が入らない。こんな状態では判断は一瞬遅れる。いや一瞬どころではなく、全く反応が出来ないくらい集中力が切れている。
このままではゲームなんて出来ない為、テレビでも見ながらロレイユ戦記Ⅲの情報でも見て過ごそうと思い、パソコンの電源を入れた。
金曜日と土曜日はこんな感じで気が入らずに過ごした。親に心配されるぐらい気が入らなかった。
そして、当日。俺は駅で合流すると、早速店へ向かった。
入学時よりは痩せているが、可愛さは変わらない。二人で話しながら歩く。
「相川くん、楽しみだね」
「そうだな」
「買って、早く帰ってゲームやりたいよ」
「……そうだな」
今日は買った後にコーヒーチェーン店で話したりはしないんだろうか。早くゲームをやりたいが、ゲームは夜からやればいいから、今は少しでも長く浅田さんと一緒にいたい。というか、今日こそ勇気を出して携帯番号を聞こう。
店内は行列ができており、三十分ぐらい並んでやっと買えた。
「無事買えたね。早速帰ってやらないと」
「あぁ、楽しみだな」
買って店を出た。自然と足は駅へ。駅にはすぐに着いてしまうため、早くまた食事に誘わなければと事を考える。早くゲームをやりたいだろう。俺も一緒だ。でも、こんな機会は二度とない。思い切って誘おう!
そんな時だった。
「あぶなーい!!」
「キャー!!」
「にげろ~!!」
周辺に悲鳴が響き渡った。何だろうと周りを見渡す俺と浅田さん。
悲鳴と同時に大きな音が響き渡った。逃げ惑う俺達の周囲の人達。その時俺の目を、悲鳴の原因をとらえた。
暴走車だ。運転手は何をやっているのか、もう歩道を走ってしまっている。
ヤバい、逃げないと。でも明らかに逃げ遅れた。少しの怪我は覚悟しないと。そして、ふと浅田さんを見た。浅田さんも安全な所へ逃さないと。そう思ったが、浅田さんの異変に気づいた。
胸を抑えて震えていた。足もガクガクと震えている。
「浅田さんどうしたの? 逃げよう! ここは危ない」
顔を覗き込んだが、明らかに呼吸がおかしい。この時、浅田さんは驚きと恐怖で発作が出ていたらしい。今にも膝をついてしまいそうだ。
そう考えていると、車はもうそこまで来ていた。もうすでに何人か轢いてしまっている。もう避けられない。そう考えて俺は浅田さんの正面に入り、背中に手を回す。車の盾になった。このまま横に飛ぼう。車に当たるよりはマシだろう。
でも間に合わなかった。俺の背中に衝撃があった。物凄い力に俺は数メートル飛ばされた。
何となく分かる。出血が凄い。どんどん血の気が抜けていく。……死に向かっている。
「……あ、あい、あいかわく……ん……」
消え入るような浅田さんの声が耳に入った。一生懸命目を開けた。俺が抱き抱えているために、すぐそこのある浅田さんの顔。頭部が出血している事に気付いた。
「……ご、ごめんね。わたしの……せいで」
泣きながら言っている。いいよ、浅田さんが無事なら。出血しているがどうなんだろう、この騒ぎだからすぐに救急車が来るだろう。助かるといい。
「…………」
浅田さんが無事なら良かった。と言おうと思ったが、もう声が出ないことに気付く。瞼が重い。もう目も開けてられない。このまま死ぬんだと冷静に考えた。
「あい、かわくん、あいかわ、くん、あい……」
弱々しい浅田さんの声がどんどん小さくなっていく。
そして、聞こえなくなった。
――俺、死んだんだ――
すぐに分かった。そして冷静だった。そして気付いた。
――死んでも意識ってあるんだ――
目を開けた。そして立ち上がり、周りを見渡す。何も無い真っ白い空間だ。地面も天井も壁もない。ただ真っ白い空間だ。ここがあの世か。歩いてどこかに行けばいいのかな。でも方向が分からない。全面真っ白だから。
「わっ!!」
「うわ~~~!!」
急に後ろから驚かされた。
「び、びっくりした! 何だ? 誰だ?」
「ふふ~ん」
慌てて振り返る。目の前にいたのは一人の女性だった。