わたしの写真
わたしがなぜ、六年ぶりに高校の卒業アルバムを引っ張り出したかといえば、親しくもなかったクラスメイトの顔をウエブのニュースサイトで見たからだ。
ケチな詐欺事件の共犯らしい。
帰宅途中の終電の中で、今もつきあいのある高校時代の友人達数人と、SNSで話題にする。平たく言えばネタにした。
だけどそのやり取りで、詐欺師の名前を誰も思い出せなかった。
——名字は……中村だっけ?
——中野ジャネ?
——いや〜練馬でしょ。
——な行には違いないような気が.
——てかタイーホされて名前がワカンネってある意味スゲーな。
——だな。警察はなんで分からないんだ? ニュースにも自称平野某とか出てるけど、こいつ絶対そんな名前じゃなくて、俺らのクラスのあいつだよな?
——誰も警察に通報したりしてないわけ?
——事情聴取とかされたら面倒だし恨み買うのやだし。
——はげど
匿名で通報したとしても、今どきそんなの担保にならないからなあと思いながら、わたしは手のひらの中で流れていくタイムラインを見ていた。
* * * * *
「なにそれ卒アル?」
深夜二時の居間であぐらをかき、ローテーブルにアルバムを広げ、さて自分のクラスはとページに手を掛けたわたしに、いつの間に起きてきたのか背中から彼女が覆い被さる。同棲を始めて一ヶ月半。お互いにべたべたと、のべつまくなしによくくっついていると自分でも思う。
身体を少し斜にして、彼女がアルバムを見やすくする。
「いや、同級生が小っちゃな詐欺で捕まったってニュース見たんだけど、高校んときの奴らが誰もそいつの名前思い出せなくて。ていうか警察もまだ本名掴んでないっぽいんだよ」
彼女が、わたしの隣に腰を下ろす。わたしに肩から寄りかかってアルバムを見る。違うスイッチが入りそうになるが、平日だしと思い直す。自分が理性的であることは好ましい。
「ふーん。どの人?」
わたしは、校舎の階段を利用した集合写真の中ほどを指さす。
「こいつ」
彼女の指が、写真の下の余白に印刷された、集合写真の輪郭をなぞってその上に生徒それぞれの氏名を記した図に這う。
「××××じゃないの、これ」
「え?」
彼女が口にしたのは俺の名だ。
だがしかし、その位置で写真に写っているのは、間違いなくニュースサイトで見たクラスメイトだ。顔だって全然違う。
「でも顔は……違うよね」
彼女も、そう言って首を傾げた。
彼女の目が、アルバムの上を泳ぐ。分かっている。俺の写真を探しているんだ。
男ばかり四十人弱のクラス写真。誰かを探すなんて簡単なことだ。
おかしいな。なぜ俺は心の中の一人称が俺になっている? 口では俺と言っても、普段の心中では、わたしがデフォルトだ。俺が口に出して自分をわたしと言うのは、仕事や、改まった時だけだ。
「××××って、卒業して六年だっけ? それぐらいでそんなに変わるかなあ」
俺には彼女の声が、まるで水の底から聞こえてくるように感じられた。
まいったな。明日も平日で、時刻はもう二時半近い。早く始末をつけないと、明日の仕事に差し支える。
(完)