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第七話(完結)


 心の中で何かがふっきれた気がした。


 「団長殿、ディーナ殿。オレにありったけの魔力をぶち込んでくれ。美咲と一緒にオレも死ぬ」

 オレは返事も待たずに駆け出していた。


 「おい、カズマ! 貴様何を言っているのか分かっているのか」

 アルティナの叫び声が聞こえる。


 美咲も一瞬、面食らったようだが直ぐに戦闘態勢に入ると、オレに向けて炎の魔術を発してきた。これはさっきオレが受けきった魔術なのに、再度これで攻撃してくるとは。もう本当に残された手がなかったようだ。


 ますますオレの決意は固まる。炎に包まれたままオレは突進を続け、美咲を捕らえるとがっちりと抱き締めた。


 相変わらず、爺さん言葉で美咲がわめきだす。

 こいつを操っている人物は爺さんだったということか。中身が爺さんだと思うと、抱き締めた腕が少し緩んでしまいそうだ。


 「すまない、お前を助けることが出来なかった。オレも一緒に死んでやる」

 爺さんではなく、美咲本人に言葉が届くことを祈ってオレは叫んだ。


 「団長! 早くしてくれ」

 オレが促すと、ようやくアルティナ達から魔術が飛んできた。今までで一番強い衝撃だった。この魔術を外部に吐き出しては意味が無い。オレは逆に体の中心に向かうよう魔力を調整し、全てのものを体の中に取り込んだ。


 自分の体の内部で爆弾を破裂させるために。



 上手く行ったらしく、オレの意識はそこで途切れた。


          ◆


 天国とは、この世と同じように空があり、森や木があり、草原があるものだろうか。そんな光景がオレの目に入った。


 いや、待てよ。

 果たして天国に行けるだけの良い行いをしたんだっけ? いや、してないな。

 とすると、ここは地獄か。いや、そうは見えない。


 目の前にいる鎧に身を固めた人物は、天使には見えないし、地獄の鬼にも見えない。オレに向けて一生懸命ヒールを流し込んでくれている。


 ヒール?


 オレは体を起こして辺りを見回した。

 さっきまでの戦場だ。


 何故生きているのか。

 「おお、気がついたようだな。全くなんて無茶しやがる」

 ヒールを掛けてくれていた騎士が軽くオレの頭を小突いた。


 !


 美咲はどうなった。


 「はは、心配するな。あいつも死んじゃいない。お前の爆発のお陰で操り草は死んで、無事解決さ。本当にとんでもないヤツらだな。操り草が死ぬくらいの爆発を受けて生き残るとは」


 なんとオレの破れかぶれの攻撃は、操り草だけ倒したという思いもよらぬ結果となったらしい。


 「向こうで手当てを受けている。動けるなら行ってみるがいい」


 立ち上がってみたが、特に違和感はない。ヒールでほぼ完全に回復したようだ。美咲のもとに駆け寄ると、ちょうどこちらも手当てが終わって意識が戻ったばかりのようだった。


 美咲は半ば呆けたような表情で空を見ていたが、次第にその瞳の中に光が芽生えてきた。視界にオレの顔を捉えると口を開いた。


 「あなたは…」

 「カズマだ。大丈夫か?」


 美咲が激しく咳き込んだため、近くにいた兵士が水を持ってきてくれた。


 一息ついたあと、涙がこぼれ落ちる。


 「わたし、とんでもない事をしちゃった…」

 どうやら体を乗っ取られている間の記憶は残っているようだ。


 「何を言う。すべては操り草のせいだ。キミは悪くない」

 気休めにしかならないと分かっているが言葉を掛ける。


 「団長達は?」

 精神的な部分はともかくとして、美咲が無事だと分かったオレはシモーヌ達の事を考えた。


 「先に馬で城に向かったよ。オレ達は残った魔物の掃除をしつつ、城にもどる」


 ヒールで手当てしてくれていた騎士が答えてくれた。


 歩兵もいるし、荷を積んだ馬車もある。進軍速度は遅いだろう。だから団長達は先に馬で向かったのか。


 「馬を借りれないかな」


 「それはいいが、あんた乗れるのかい?」

 あああ、そうだった。オレは馬に乗れないじゃないか。


 「あらかた魔物達は片付いたから、先に何人か城に戻っても大丈夫だろう。よかったら乗っていくか?」

 騎士が気を効かせてくれた。


 「待って。わたしも連れていって」

 美咲だ。せめて手伝いたいと言う。


 もちろん城を攻めさせたことが記憶にあるからだろう。しかし素の美咲が役に立つのだろうか。オレもこちらの世界に来てそれなりに実戦を重ねて訓練した結果、ある程度戦えるようになった。今まで全くの別人に体を乗っ取られていたので、実質、これが初陣のはずである。


 「戦えるのか?」

 「わからないけど、このまま放っておけないわ」


 責任を感じているのだろう。止めても無駄のようだ。

魔術師ディーナの言葉によると、彼女も耐性が強いらしいから何とかなるか。


 オレ達は城に向かって急いだ。


          ◆


 城下町は悲惨な状況だった。魔物達によって完全に破壊し尽くされ、生存者はいないように見えた。美咲がこれをどんな気持ちで見ているのか、想像に難しくない。


 そのままテスタ城に向かうと、まだ魔物と戦闘中であった。


 が、ほぼ終戦間際だった。

 アルティナ達の援軍によるものかもしれない。


 早速オレ達も加わり、残った魔物を殲滅した。


 「カズマ、もう良くなったのか」

 アルティナだ。

 「ああ、美咲も無事だ。とにかく魔物を殲滅できてよかった。城下町は残念だったが」


 「仕方が無い。町の住民達の被害が少なかったのが、不幸中の幸いだ」


 どういうことだろう。町は全滅していたように見えたのだが。

 「町の人は無事なんですか?」

 美咲が心配そうに尋ねる。


 「魔物の大群が押し寄せてきたので、城に非難させたらしい。なんとか間に合ったのだとか」

 それはよかった。

 住む家もなくなって不憫ではあるが、命さえあれば何とかなるな。

 それを捨てようとしていたオレが言えるこっちゃないが。


 「しかし、兵士達の被害は相当なものだ」


 アルティナが深刻な顔で言う。

 「城に残った兵士達と、各村々から駆けつけてくれた兵達はほぼ壊滅した」


 なんだって?

 オレは思わず城内に向かって走り出していた。シモーヌが無事でいてくれることを願いながら。


 城の中では、手当てを受けている負傷者で溢れ返っていた。オレはシモーヌの名を叫びながら探し回る。


 「カズマ、無事だったのか!」

 声を掛けられたほうを見ると、見覚えのあるような、無いような男だった。おそらくマニラから来た男だろう。そこに、床に横たわるシモーヌの姿があった。


 「シモーヌ!」

 シモーヌは変わり果てた姿となっていた。


 「彼女は勇敢だったよ。城の騎士たちに負けないくらい頑張って魔物を退治したさ」

 「まさか…」

 「いや、かろうじて生きている。しかし、ダメージが大きすぎてヒールではもう回復できないらしいんだ」


 この世界では、少々攻撃を受けたくらいでは出血したり体が破損したりしない事は身を持って分かっていた。しかし、今のシモーヌは体のあちこちに魔物から受けた傷があり、相当な出血もしている。


 オレは随分と冷たくなったシモーヌの手を掴み、涙を流した。この世界で一番多く接した人物がシモーヌ親子だった。オレに魔術の事も教えてくれた。もう少し早くオレが覚悟を決めていれば助かったかもしれないと思うと、申し訳無い気持ちで一杯になってしまった。


 「知り合いなのか?」

 オレの様子がおかしかった事を心配してか、アルティナが探しに来てくれたようだ。


 状況を話すと、もう一度やってみようと言って騎士を呼んでくれた。

 呼ばれた騎士は一目見て首を横に振る。

 「これでは延命はできても回復は見込めません」

 「延命?延命ならできると?」

 オレは詰め寄った。

 「はい、しかし二〜三日が限界でしょう」


 二〜三日なら延命できる。これはもしかして希望が持てるかもしれない。


 「団長殿、お願いがあります」

 「申してみよ。お前はこの度の戦ではそれなりの成果を上げた。褒美をもらう権利は十分にある」

 「できるだけ早い馬車を一台と、手当てのできる兵を一人。彼女をある場所に連れて行きたいのです」


 何をしようとしているのか彼女にはわからなかったようだが、了承してくれた。

 「我が城で一番早い馬車を用意させよう。外で待っておれ」


 この世界では基本的に体力が尽きたらお終いのようだ。常に魔力で身を守り、攻撃を受けても実際に身体が傷付くことはない。逆に、魔力が尽きた状態で更に攻撃されると身体が本当に傷付けられてしまう。


 そして、体が傷ついてしまったら、自然治癒以外に治療する手段は存在しないようだ。というか、単に文化が無いだけだと思う。


 見たところシモーヌの体は確かに酷い状態だが、元の世界では交通事故等でもっと大きな怪我を負っても治療することが出来ている。

 これは賭けだが、シモーヌを向こうの世界に連れて行って手術すれば助かるんではないだろうか?

 住む世界は違えど、同じ人間なのだ。人体の構造に変わりはないはずだ。

 魔法とか使うのでちょっと自信がないが。


 しばらくすると、アルティナが馬車を準備してくれた。

 「私も同行させてもらおう」


 へ?


 「お前は、この者を回復させるつもりだろう? いったいどういう手段で治癒するのか確認したい」


 魔術師ディーナも一緒にいる。

 いや、単に向こうの世界に連れていくだけなので、一緒に来ても見ることはできないのだが…。

 時間が惜しいのでとりあえず馬車に乗って中で説明することにした。


 「先にテスタの騎士団長として、美咲とやらに確認しておくことがある」


 アルティナは出発するなり詰問体制に入った。


 「お前にマナリアの茎を植え付けた人物が誰かを知りたい。万一この国の人間だとしたら間違いなく反逆罪だからな」


 しかし美咲は覚えていなかった。

 転送され、気がついたときには既に魔物に襲われていたのだそうだ。転送された場所はオレと同じ場所のようなので、おそらくラス君だと思うが。


 そのまま兵士達に保護されるまでの記憶は無いとのこと。

 「当時この女を保護した兵達は複数人で行動を共にしていた。見つからずにマナリアの茎を植えつけることは不可能だろう。保護されたときは既に植えられた後と見たほうがよさそうだな」

 「私もそう思います」

 ディーナも頷く。


 「操作されている時の記憶はあるといったな。何か手がかりになるような事はないか?」

 「時々、魔術師のような人物の顔が頭の中に流れ込んできました。高齢の男性でした」

 「絵に描くことはできるか?」

 「いいえ、イメージだけなので姿形まではわかりません。ただ、『我が一族の栄光を取り戻す』という感じの言葉を発していた記憶があります」


 アルティナとディーナがお互いに顔を合わす。

 「どう思う?」

 「おそらく間違いはないかと」


 何か思い当たるところがあったようだ。

 「おおかた予測はしていたが、その老人はかつて我が城にいた人間に違いない。罪を犯し城から逃れ、隣国のエクレカに潜伏したと聞いている。我が国に対する復讐なのか、エクレカに取り入るための手柄を得るためなのか、いづれにしても相変わらず卑劣な男だ」


 転送されて魔物に襲われていたところに偶然居合わせたのかは分からないが、美咲の耐性が強い事を知って何とかっていう操り草を植えつける事を思いついた訳か。まさに卑劣だな。


 この国に大きな思い入れの無いオレですら、殺意を覚える。騎士団長という立場からすれば、その思いはどれほどのものだろう。今すぐにでもエクレカとやらに乗り込んでこらしめてやりたい所だろうが、今はシモーヌが先だ。


 一刻も早く例のセーフゾーンに行きたいが、シダ爺に無断で行くわけにはいかない。オレ達は先に村に寄ってシダ爺を馬車に乗せ、先を急いだ。テスタ城最高峰の馬車は、すばらしい能力だった。ラス君どころからグリーンワームも物ともせず、目的の場所まで僅か一時間足らずで到着した。


 森に入ると早速ペンダントを握り締めて婆さんを呼び出す。


 「カズヤか」


 もはや突っ込む気すら起きない。早速目的を告げる。

 「婆さん喜べ。美咲が無事見つかって連れてきたぞ。ただ、先に頼みたいことがあるんだ」


 オレは事情を話してシモーヌを先に転送させ、救急車を呼んでくれとお願いした。

 「分かった。じゃが転送は一度に複数人が可能じゃ。皆ペンダントに手をかざしてくれればよい」

 それは好都合だ。


 シモーヌの手を取りペンダントに触れさせる。あとはオレと美咲が触れ、婆さんに準備ができたことを告げる。


 しばらくするとペンダントが輝きだした。あちらの世界の水晶のように。


 アルティナ達が驚いているのが分かる。なお一層輝きを増すとオレの意識が徐々に薄れていった。




 バシッ


 痛てて。顔面に強烈な衝撃が走った。何だ?何が起こった。

 慌てて起き上がると婆さんが居た。


 「ようやく目を覚ましたか。苦労したわい」

 婆さんだった。


 「おいおい、もうちょっと優しく起こしてくれよ」

 「時間がないんじゃ。救急車は呼んだぞ。もう直ぐ来ると思うから、この子を頼むぞ」


 ちゃんとシモーヌもこちらの世界に来ていた。容態も特に変わりは無いようだ。ひとまず安心というところか。

 「美咲は?」

 「おるよ。この子はもうちょっと寝かせてあげんとな。さっきみたいに無理矢理起こすのは体にあまり良くないからの」

 「…おい」


 まあよしとしよう。なんだかんだ言っても、孫が無事に戻ってきてくれてよっぽど嬉しいようだ。顔をみれば分かるし、救急車が来てオレ達が出て行く間際に小さな声で礼を言ってくれた事をオレは聞き逃さなかった。


 オレは、気持ち悪いからよしてくれと返したが。


          ◆


 シモーヌの手術は無事に終わった。不審な怪我ということで警察に通報されてしまったため、非常にややこしい事になったが、何か知らない動物のようなものに襲われたということで貫き通し、凌いだ。シモーヌの戸籍も無いし、怪しい事この上ないな。


 しかも、ある程度回復したら向こうの世界に送るつもりだ。こんな怪しい人物が入院中に蒸発したら、更に追及されることは目に見えて居るが、婆さん達には耐えてもらうしかない。


 そう、オレもシモーヌと一緒に向こうの世界に行こうと思う。


 もともと妹を悲惨な事件で失い、絶望して自殺を試みた身だ。このまま生き続けるにしても、こちらの世界に居るつもりは全くない。美咲の存在は、いくらかオレに生きる力を与えてくれたようで、とにかく向こうの世界で生きてみようと言う気になった。


 シモーヌを返す日が来た。体も随分と良くなり、本来ならまだ入院が必要ではあるが、あとはヒールで回復することが出来るらしい。病院から出る訳には行かないので、婆さんに道具を一式持ってきてもらうことにした。


 「なんだコレ?」

 オレは婆さんが取り出したビー玉を見て言った。

 「水晶の代わりじゃ。あんな大きなもの持ってきたら、また警察沙汰になるわい」

 「そんな物で出来るんかよ」

 「ああ、何でも良いんじゃ。いつもは気分を出すために使っとるだけじゃからの」


 …なんて適当な。

 じゃあ最初からそれでいいじゃんかよ。


 「カズマ、私も行くから」

 美咲が言った。

 「え?」

 「あのね、前にも言ったと思うけど、向こうの人達にお詫びがしたいの。操られていたのは確かだけど、でも実際にこの手であんな事をしたのも事実なんだし、せめて町の復興だけでも手伝いたいの」


 美咲、お前はなんていい奴なんだ。


 「おばあちゃん、行ってくるね」

 美咲は婆さんを抱きしめて挨拶した。

 「ああ、体に気をつけるんじゃよ」


 オレ達は、あまり見たくは無い婆さんの涙に見送られて空間を超えた。


 ここからがオレの第二の人生だ。



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