第六話
「お、おい…」
止める兵士達を無視してランドフレイムの真正面に向かう。炎に燃やされながらも亀の真正面に立つと剣を顔面に突き入れた。
手ごたえあり!
しかし、一撃では倒せないらしい。体力もあるのかよ。
二度、三度と剣を付きいれると魔物は力尽きた。オレは、まだ体を燃やし続けている炎を消すために、体の中心から魔力を使って外に押し出した。ちょうど先日、騎士団長達の攻撃を押し出したように。
オレの体から小さな爆風が放たれて、周りにいる数人の兵士を吹き飛ばしてしまった。
十分抑えてやったつもりだったが、失敗だった。
「すまない、大丈夫か?」
「あ、ああ問題ない」
吹き飛んだ兵士に駆け寄ると、抱え起こした。何とか大丈夫だったようだ。
「あんた何者なんだ? 騎士でもあんな戦い方はしないぜ」
「何でか知らないが、体だけは丈夫なんだ」
「そういう問題じゃないような気がするぞ。まあ無事ならいいんだ」
再度ヒールをもらうと、残った魔物の掃除に掛かった。
あらかた片付いたところで、他の部隊も戻ってきた。どうやらあちらも片付いたらしい。アルティナ団長をはじめ、騎士達が戦うところを見て置きたかった気がしないでもない。
「よし、もう少し進んだところにセーフゾーンがある。そこで野営だ」
アルティナが声を上げる。
セーフゾーンに着くと、騎士や兵士達は着々と準備にとりかかる。普段から訓練しているようで、見ていて気持ちが良いほどにテントのようなものが次々と建っていく。オレは何を手伝ったら良いかよく分からんので適当に働く素振りだけしておいた。
「カズマ、そっちは問題なかったか」
突然アルティナから話しかけられてびくっとした。小細工がばれたかと思った。
「あ、ああ。多分」
何のことか良くわからず生返事をする。
「さっきの魔物らとの戦いの事だ。聞くところによると、ガメラ相手に大暴れだったそうじゃないか」
「ガメラ?」
「ランドフレイムのことだよ。火を噴く亀の魔物だ」
何で知っているんだ?
そうか、監視か。兵士達の中に監視役を付けていたんだな。やっぱり未だ信用されてないみたいだ。美咲の事件を聞く限り当然といえば当然かもしれないが。
「初心者というから兵士達の部隊に入れたが、その様子だと問題ないみたいだな。明日からは私と一緒に戦え」
そう言って去っていった。
先生、さすがにボクには未だ早いと思います。
翌朝早くに叩き起こされたオレは半分眠りながら馬車に揺られていた。というか寝てた。アルティナの掛け声によって起こされるまでは。乗り心地は最悪だが睡魔のほうが打ち勝っていたらしい。
眠たい目をこすりながら前方を見ると、砦のようなものが見えた。もしかして目的地に到着したのだろうか。事前に聞いていた話だと、以前はテスタ城の西に砦があって、そこが魔物に対する防衛線だったらしい。しかし美咲率いる凶悪な魔物に破れてしまい、今は逆に魔物達の拠点になっている。
ここに来るまで、魔物達からのまとまった攻撃はたった一度だけだった。こんな物なんだろうか。やけにあっさり到着した感がないでもない。
「前回の戦いで砦はもはや防御の機能を果たしていない! 全部隊、正面突破で行くぞ!」
アルティナの叫びと共に全部隊が進軍を始めた。もちろんオレは団長アルティナの隣に置かれた。
団長のくせに、かなり先頭に近い場所にいやがる。オレは正面から来る見たこともないような凶悪な魔物達に恐怖しながらも、剣をふるった。後ろからディーナ達魔術師連中が援護してくれるというのもあり、何とかなっているような、別に役に立っていないような、とにかく混戦していて状況が把握できなかった。
ただ、確実なことが一つある。
やはり攻撃を受けると痛かった。ゴブリンや火吹き亀の比ではない。
もしかして、オレって肉弾壁として使われているんではなかろうか。後ろからヒールも飛んでくるので死ぬことは無かったが、これは罰ゲーム以外の何物でもなかった。
そして、もう一つ確実と思われることがあった。
オレの攻撃ってしょぼいみたいだ。
騎士達は一撃を与えただけで、それなりに魔物が怯んでいるのが分かる。オレの剣のほうが性能がいいはずなのに。剣にこめている魔力が違うのだろうか。
オレが切りつけても蚊に刺されたくらいにしか思っていないようだ。
「カズマ、ここの敵は騎士達に任せて、こっちへ回ってくれ」
アルティナの声が聞こえる。
呼ばれたほうに行ってみると、大変よくご存知な魔物がいた。
一つ目巨人のサイクロプスよりも、さらに大きかった。
全身が緑の鱗で覆われているそいつは、羽を少し羽ばたかせると得意のポーズで人間達を威圧した。今から灼熱の炎を吐くぞと脅しを掛けてくる。
ドラゴンだ。しかも三体いる。
「団長殿、オレはこの世界のドラゴンがどれだけ強いかわからない。教えてもらえないか」
オレはアルティナに尋ねたが、その深刻そうな顔が答えだと悟った。
「一体なら、騎士が十人もいれば問題ない」
隣にいたディーナが代わりに答える。
オレは周りを見渡した。
他に騎士は、三人しか居なかった。
「急いで応援を…」
駆け出そうとしたオレを団長が止めた。
「ダメだ。他の場所も皆危険な状況になっている。ここは我々だけで防ぐぞ」
「えっと、三人しか騎士様がいらっしゃらないようですが」
「ドラゴンは、私とディーナで食い止める。お前は向こうの魔女をやれ」
アルティナが指差した。
三体のドラゴンの向こうには、紛れもなくオレが探していた人物がいた。
美咲だ。ドラゴンの後ろで待ち構えている。
そしてオレは、今頃になって何も考えてなかった事に気がついた。
もし彼女が本当に暗黒の魔女なのであれば、オレが出て行ったところで「わあ、同じ世界の人間だぁ、よろしくね」とならない事は少し考えれば分かる。
少しも考えちゃいなかった。
一体オレは、ここに何をしに来たんだ?
アホだった。
「団長…」
「ところでカズマ、お前、爆魔石を持っているな」
「え?」
「二つとも私にくれ」
何故知っている?
「早くしろ!」
アルティナの剣幕に押されてオレは慌ててアイテムボックスから爆魔石を取り出した。
「さすがの私達も、この人数でドラゴン三体はちと厳しい。これを使わせてもらうぞ」
そう言って早速ドラゴンに投げつけた。さすがに大きなダメージは与えれていないと思うが、動きが少し鈍ったようだ。
「よし、この隙に行け!」
渇を入れられてオレは美咲の元へ走った。何をしたらよいか分からないまま。
オレが近くまでたどり着くと、美咲は明らかに不機嫌そうに言った。
「なんだ貴様は。雑魚は引っ込んでおれ」
お前こそなんだ、その爺さんみたいな喋り方は。
とにかく会話ができるのかどうか試してみるしかない。
「美咲! オレはお前を迎えに来たんだよ。お前の婆さんから頼まれてな」
美咲は聞いちゃいなかった。
めんどくさそうに杖をオレに向けると魔術を発してきた。
避ける自信がなかったので、魔力を体の前方に集中して防御に専念する。目の前で火花のようなものが散り、爆発が起こった。
成功だ。攻撃を防ぐことが出来た。
「ほう、まるっきり雑魚という訳ではなさそうだな。何者だ、小僧」
だからお前こそ誰なんだよ。オレと大して年は変わらんくせに。むしろオレより年下じゃないのか。
婆さんからは、確か十九歳と聞いているぞ。
「お前を迎えに来たって言ってるじゃないか。婆さんが心配してるぞ。忘れてしまったのか?」
オレは必死に訴えかける。
「ならもう少し強い魔術で行くぞ。貴様に防げるかな」
ちくしょう。あの婆さんにして、この孫ありだ。本当に人の話を全く聞かない奴らだな。
今度は杖から炎が発せらる。
オレは同じように防御しようとしたが、炎に飲み込まれてしまった。
「ぐああああ」
ガメラの炎より数段きつい。
「ふはははは。このまま焼け死ぬがいい。安心しろ、後で仲間達もまとめて送ってやるからな」
みるみるうちに体力が搾り取られていくのが分かる。長くは耐えれないだろう。オレはなすすべもなく燃え続けた。
「カズマ、何をしている。城で私達の攻撃を跳ね返した時のようにやってみろ」
後ろからアルティナの声が飛んでくる。
しかし、ここで爆発させたら美咲は大丈夫なのだろうか。たとえ暗黒の魔女となった事が事実だったとしても、唯一の同じ世界出身の人間をオレはまだ諦めきれない。きっと目覚めてくれるはずだ。
「み、美咲ーっ、目を覚ませ」
必死に叫ぶが、状況は変わらない。それどころか、美咲は杖から発する炎の威力を高めた。
やばい、本当に死んでしまう。
そうだ、さっき攻撃を防いだときのように、魔力の方向を調整できないだろうか。オレは体の中心から、後方に向けて魔力を押し出してみた。
ぱすん、という自転車のタイヤがパンクしたような音がした。失敗のようだ。
威力が全く足りないという感じだ。
もっとこう、体の一点に向けて集中しないといけないようだ。
再度、後方に魔力を集中して一気に押し出す。
成功だ。あの時と同じように体から爆風が発生し、後方に向けて大きな力が流れ出ていったのが分かる。しかし全ての力を完全に後方に流しきれたわけではなく、前方にいた美咲も吹き飛ばしてしまった。
「な…、アルティナ意外にもこんな奴がいたとは」
美咲は一旦離れると両手を天に掲げて何かを唱え始めた。
吹き飛ばしてしまったときは少し焦ったが、無事だったようで安心した。アルティナ達には申し訳ないが、やはりこいつに本気で攻撃するなんて出来ない。
そういえば、さっきは後方に向けて魔力を放出してしまった。よく考えると後方には味方がいたはずだ。後ろを見ると、二体の地面に横たわったドラゴンと、驚愕してこちらを見ているアルティナ達がいた。
仲間は無事だったようだ。それとも上手く避けてくれたのだろうか。しかも二体のドラゴンが倒れている。まさか今ので倒したとは考えられないが、とにかく残り一体なら何とかしてくれるだろう。
少し安心したオレは、再び美咲と対峙する。
美咲が掲げていた両手を振り下ろすと、天から落雷のようなものが落ちてきた。落雷の落ちた場所には二体の魔物が出現している。召喚魔法というやつだろうか。
召喚された魔物は、テナガザルのような毛に覆われたサルの形をしていた。人間よりも一回り大きいので、黒い色をしたホッキョクグマと言いった方が良いかもしれない。凶悪な顔をしている。
二体の魔物は、大きいくせに素早さもそれなりだ。こちらの攻撃はなかなか当たりづらく、更にさっきダメージを引きづったままのオレにとっては、もうそれ程の体力も残っていなかった。
美咲は、更に魔物を召喚すべく、呪文を唱えている。これではお手上げだ。一旦引くしかない。
と思ったら突然ヒールが飛んできた。振り返ると、残る一体を倒したアルティナ達がこちらに駆けつけて来てくれていた。そのまま、サルのようなクマのような魔物をあっさりと蹴散らしたあと、更に召喚された魔物も沈めてしまった。
さすがだ。
一対六。
数の上ではオレ達が有利になっている。
「ふはははは。何も知らないとは愉快なことよの」
美咲が爺さんのように笑い出した。
「今頃、テスタの城は大量の来訪者が押し寄せていることだろう。われらは単なる時間稼ぎじゃ」
「貴様っ、我々がいない隙に魔物にテスタを襲わせたのか!」
アルティナが怒りをあらわにした。
オレの脳裏にシモーヌの顔が浮かんだ。テスタを留守にする間、残った僅かな正規兵と共に城を防衛しているはずだ。無事でいてくれるといいが。
「団長様、すぐに引き返しましょう」
側近の魔術師ディーナが進言する。
「ダメだ。今引き返したところで、ヤツらの思うツボだ。後ろから追撃を受けるだけだぞ。それよりも一刻も早く魔女を倒すのだ。ヤツさえ倒せばおそらく残りの魔物は統制がとれず単に暴れまわるだけの存在になろう。ヤツも形勢不利になったから暴露したのだ。もはや手持ちの駒は無いと見た」
おそらく切り札であったドラゴンを沈められ、このように取り囲まれてはアルティナの言うとおり、美咲にはもはや手段が無いのだろう。
この期に及んでオレはまだ、美咲を何とか助けたいと思っていたが、さすがに口には出せない。暗黒の魔女として、実際にこの国に大きな被害を及ぼした張本人なのだ。
「団長様、私も話しに聞いただけで、正しい情報かどうか判断しかねるのですが…」
ディーナが遠慮がちに声を掛ける。
「何だ、言ってみろ」
「はい、魔女の瞳が少し緑がかっております。もしかすると、マナリアの茎を体に植えられたのかもしれません」
「マナリアの茎? 操り草か」
「はい」
アルティナは考え込む。
何のことだかさっぱり分からないが、操り草と言った。言葉通り美咲は誰かに操られているだけではなかろうか。一筋の希望が出てきた。
「そうだとすると辻褄が合うが、あれは魔物にしか植えることが出来ないのではなかったか」
「ええ、確かに人間に植えても体が茎の力に耐え切れずに死に至ってしまいます。しかし、この者達の耐性値は異常に高い。マナリアの茎の力に耐えれたとしても不思議ではございませぬ」
「きっとそうだ。美咲は操られているだけなんだ。何とか助けよう」
オレは我慢ができず言葉を発してしまった。
「ディーナ、可能なのか?」
「我が一族にはマナリアの茎を植えられた魔物を駆除する術が伝授されております。しかしそれは、母体もろとも葬り去る術でございます」
…そんな。
オレはあきらめ切れなかった。
何のために、この異世界に来たのか。もともと生きる希望を失っていたオレは、全てに対して無気力だった。婆さんから写真を見せられたとき、オレの心が僅かに動いた。妹とは別人だということは分かりきっていた。しかし、それでも会ってみたいという気力が生まれたことは事実だった。
それが今、この状況で彼女を葬ってまでオレが生き残る理由は全くない。そうだ、ここがオレの死に場所なのだ。
美咲と一緒に死のう。