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第五話

 「え?」

 オレはまた驚いて呆けてしまった。


 「奴は無害の人間の振りをして我が城内に入り込み、当時の騎士団長以下、数十名を殺害して城外に逃亡。私は副団長として奴と戦ったがもう少しのところで取り逃がしてしまった。今でも責任を感じている」


 非常に重たい現実が突きつけられた。


 状況からして、美咲に似た別人という線は無くなったに等しい。

 マニラの近くで倒れていた、という状況はオレと同じく向こうの世界から転送されてきたとしか考えられない。


 「オレは何も事情を聞かされず、婆さんから美咲を探して欲しいと頼まれただけなんだ」


 婆さんに話を聞くしかない。


 !


 「オレのペンダント?」

 いつの間にか無くなっていた。


 「これのことか?」

 アルティナが手に持っていた。


 「それで婆さんと会話ができる。オレをマニラの近くのセーフゾーンに連れて行って欲しい」


 そこでしか会話ができないから、と願い出た。


 「ディーナ、どう思う?」

 アルティナは隣にたたずむ老人に尋ねた。老人はとんがり帽子をかぶり、グレーのローブのようなものを羽織った爺さんだった。手には杖を持っている。


 これは、どこからどう見ても魔術師だ。


 「とりあえずはこの若者の言う通り、その婆さんとコンタクトを取るのが良いかと思いますが、念のため、先に試しておきたい事がありますじゃ」

 「なんだ」

 「団長様、この者を魔力で拘束していただけますか。あのときの魔女のように、牢から出したとたんに暴れだして被害がでると大変危険です」

 「確かにな」


 そう言うとアルティナは、オレに左の掌を向けて何か念じるような仕草を見せた。


 「ぬあ!」

 痛みはそれ程ではないが、体がきしむ程に縄でぐるぐる巻きにされるようにオレは拘束されてしまった。指一本すら動かす事ができない。


 一体何が始まるんだ。隣のディーナとかいう魔術師らしき老人も、杖をオレのほうに向けてくる。オレは恐怖しつつも、せめて防御だけでもするために体の中に魔力を一生懸命込めた。


 老人が杖を振りかざすと、稲妻がオレを包む。

 今度の痛みはハンパなかった。

 魔力無しの状態でゴブリンから攻撃を受けたときの比ではない。


 「ぐあぁぁぁ」


 思わず声が漏れる。


 「やはり思ったとおり、この者も魔女と同じく耐性値が異常に高いようです」

 「ぐっ、ディーナ、こいつが私の拘束を破ろうとしているぞ。ものすごい力だ」

 「なんですと? おい誰か! 誰でもいいから拘束が使える者を呼んでくるのだ。急げ!」


 老人がさらに力を入れたのか、稲妻の威力がさらに増した。


 死ぬ。


 痛みは限界を通り越し、まるで体中から血が噴出しているかのようだ。視界もなくなり音も聞こえなくなる。


 オレは何故、こんなところに来てしまったのか。

 元はと言えば、あのビルから飛び降りようとしただけだった。あのとき飛び降りていれば、こんなに苦しい目に遭う事もなかっただろう。別に死に方なんでどうでもよかった。だから異世界に行って、少し珍しいものを見てから死んでもいいや、位の考えだった。


 しかし、理由も分からずこんなに苦しめられて死ぬなんてまっぴらだった。


 二十年以上生きてきて、めったに外にでなかった怒りの感情が久しぶりに顔を出した。

 オレはあきらめかけていた体に再度魔力を込めなおし、さらにアルティナと老人から受けている魔力を一気に体の外に押し出した。


 オレの体から爆風が発生し、あたりを吹き飛ばす。

 徐々に戻ってくる体の感覚と視界。


 見回すと、そこには何人かの倒れた兵と、呆然と立ち尽くすアルティナ達が居た。

 牢は破壊されて、もはやその役割を果たしていない。


 「ディーナ、ここは私が食い止めておくから、すぐに騎士たちを招集するのだ」

 「団長様、しかしお一人でどうやって…」

 「うるさい! 早く行け」


 ディーナを急がせながら、アルティナは剣を抜いた。

 「ここは私の命に替えても通さん。覚悟しろ」


 まさに命を投げ打つという決意が込められた表情だった。


 「あの、一体何が起こったんでしょう」

 オレのきょとんとした表情をみて、アルティナも何かが違うことに気がついたらしい。


 しばらく対峙していると老人が騎士たちを率いて戻ってきた。


          ◆


 結局オレはアルティナ達と一緒に、婆さんとコンタクトできるセーフゾーンに行くことになった。


 「よろしいのですか?」

 魔術師の老人が団長に尋ねる。

 「ああ、この者達の謎を解くには、その婆さんに会って情報を得る必要があるからな。しかも、さっきは仕掛けたのはこちらだ。この者はそれを防いだだけで攻撃はしてこなかった」


 ようやく分かってくれたようで一安心だ。

 騎士も十人くらい一緒なので丸っきり信用されたわけではなさそうだが。


 騎士団の馬車というのは、ものすごく高性能らしい。

 森までは僅か一〜二時間程で到着した。しかも馬車自体に魔力が掛けられており、グリーンワームでも蹴散らしながら進んだので一度も馬車を停めることはなかった。


 オレはアルティナからペンダントを受け取ると、早速婆さんと通話した。


 「カズヤか」

 「いや、もうそれは聞き飽きたから。それよりも、美咲が見つかったぞ。何でも暗黒の魔女とか言って、こっちの住民を襲っているらしいぞ。どういうことなんだ?」


 オレが少し怒った口調で問い詰めたにもかかわらず、婆さんは相変わらずのとぼけた口調で答えた。

 「はて、そんなはずは無いんだが。人違いだろう。美咲は大人しくていい子じゃよ」


 と、申しておりますが。

 オレはアルティナにペンダントを渡してみた。もしかすると、これでアルティナも通話ができるかもしれない。


 「騎士団長のアルティナだ。そのほうは何者だ」

 ペンダントを握り締めて、空に向かって叫びだした。こうやって横から見ると、案外間抜けだな。


 でも、ちゃんと会話ができたらしい。婆さんの声が聞こえないので、イマイチ会話の内容が分からないが、そっちの世界は何処にあるだとか、転送とはなんだとか言っている。


 随分と長い間話をしていたようだが、アルティナが諦めた様に話を終えた。


 「いかがでしたか」

 魔術師の老人が聞く。

 「わからん。全く分からんが、あの婆さんが二人を転送したことは間違いなさそうだ。おそらくワープゾーンがなくても転送する力を持っているのだろう」


 そういえば、最初に助けてもらったおっちゃんがワープゾーンが見つかったとか言ってたな。文字通り、遠くに転送してくれる場所なのか。


 「それは大変めずらしい魔術ですな」

 「ああ、しかし向こうの土地には魔力を使える人間は存在しないとか、魔物も存在しないとか。本当なのか?カズマ」


 確かめるようにアルティナが問いかけてきた。異世界という概念はなさそうだから、おそらく、遠い土地からワープしてきた、とでも思っているのだろう。

 「ええ、本当です」

 たぶん、魔力そのものが無いと思うのだけれども。


 「お前達の言うことが本当だとすると、結局、何も情報が無いことになるな。突然変異か何かで普通の人間が魔物率いる魔女になったのか」

 少し嫌味を込めてアルティナが言った。


 オレに対する警戒は解かれたわけではないが、このまま開放するよりも近くで監視したほうが良いと思ったらしく、騎士団に加わってテスタ西の魔物討伐を命令された。


 「言ったとおり、オレは魔物や騎士団どころか、城や貴族も存在しない場所から来たので、全く勝手がわかりません」

 「ああ、その辺りは融通するようにしよう」

 「しかも剣を握ってわずか一週間。戦い方も知りません」

 「基本能力はディーナのお墨付きだ。問題ない。同じ騎士団員同士でサポートさせよう」


 拒否する理由がなくなった。

 衣食住が確保された訳だし、美咲へ近づくチャンスもあるわけだし、考えようによっては良い方向に進んでいるのかもしれない。


 討伐軍は、三日後に出発が決まった。騎士団長アルティナ率いる直属の軍である。騎士五十人、兵士三百人。辺境の小さな国テスタの壮大な決戦が幕を開けた。


 騎士団に加わるからには、本格的な武具がもらえるかと期待したが、そんな余分な金はない、と一蹴された。自分で調達しろとのことだ。


 「しかしオレは貧乏だ。三日後の出発までに、せめて少しでも金を稼いで武具を購入したい。町の外で魔物を退治する許可をいただきたい」


 オレはしごく尤もな意見を言った。

 アルティナが呻く。

 「仕方が無い。防具は兵士達がつけているものをまわそう。武器はそのままで良いだろう。騎士達が使っているものより良い剣だからな」


 やはりまだ信用されていないらしい。一人にはしてくれないと言うことか。どちらかというと、金よりも経験を積みたかったんだが。仕方が無いので、魔力を込める練習でもして過ごすか。


 それにしても、この剣はテスタ城の騎士が装備しているよりも良い物らしい。あのおっちゃん、どれだけ豪勢なんだよ。いかにも要らなくなったからやるわ、ぐらいの感じだったのだが。


 オレはそれから二日間、魔力を込める練習ばかりしていた。シモーヌから言われたように、四六時中魔力を込めたままにすることを心がけた。食事中も、風呂中も。睡眠中も込めたままにしたつもりだったが、眠っていたので出来ているかどうかわからない。


 あの魔術師の爺さんみたいに、杖から電気みたいなものを出すのもやってみたいが、教えてくれないだろうか。何か、皆討伐の準備に追われてバタバタしてるみたいで声を掛けるタイミングがない。


          ◆


 討伐に出る日が来た。結局魔力の練習のみしかできてないオレは不安な気持ちのまま出発することになった。


 騎士は馬に乗っているが、兵士は徒歩だ。オレも馬に乗りたいところだったが乗り方がわからん。アルティナの取り計らいで野営設備を運搬する馬車に乗せてもらえた。


 テスタ城から西に向かって丸一日進軍すると、魔物の種類が明らかに変わってきた。ゴブリンやパウンドドックのような、オレでも一人で何とかなりそうな魔物ばっかりだったのが、サイズも一回りでかくなり、魔術を使う魔物も増えて来たみたいだ。


 そして前方にまとまった数の魔物達が見えてきた。その中心には見覚えのある魔物がいる。


 サイクロプスだ。少なくとも十匹以上もいてる。マニラの村でも腕の立つ連中がいれば一匹くらいは何とかなると言っていたが、果たして騎士達の実力は更に上を行くのだろうか。


 アルティナが叫ぶ。

 「前方のサイクロプスは、第二部隊が応戦しろ。私と第一部隊は右手のサイクロプスにあたる」


 右手にもサイクロプスがいるのか。


 「ディーナ、第三部隊を率いて上空の敵にあたれ。残る兵士はここで雑魚から荷を守るのだ」

 上空だと?

 目を凝らすと、確かに遠くから何かが飛んでくるのが分かる。結構な数みたいだが、大丈夫なんだろうか。


 「カズマ、お前もここで兵士達と一緒に荷を守ってくれ」


 オレは雑魚担当ということらしい。しかし、オレにとっては雑魚じゃないんだが。


 魔力を使えるようになったのでゴブリンぐらいだったら問題ないはずだが、こいつらは確実にワンランク上の魔物だと思う。


 まずは目についたゴブリンを一回り大きくしたような魔物に切りかかる。


不安な気持ちは、一瞬で吹き飛んだ。魔力を込める修行が効いたのだろうか、僅か一撃で仕留めることができた。相手の動きも非常にスローに見える。


 これなら行けるぞ。


 ここでオレは魔力を絶やさないように心がける。同じ失敗はしないのだ。

 案の定、後ろから魔物の攻撃を受けた。

 甘いな。オレに死角は無くなったんだよ。魔力を込めていたので当然、受けたダメージは少ない。


 こちらも見たことの無い魔物だが、とにかく手当たりしだい倒すのだ。その魔物も一撃のもとに切り下し、そのまま突進する。横から後ろから攻撃を受けつつも、確実に魔物を倒しながら進んでいく。ろくに考えもせず暴れまわったので反撃も受け放題だ。


 オレは知らない間に相当な攻撃を浴びていたらしい。気がつくと、随分と体力が減っていることが実感できた。更に、知らず知らずのうちに仲間から離れた場所まで出てきてしまっていたようだ。


 「おい、あまり一人で飛び出すんじゃない」

 仲間が叫んでいる。

 その声と同時に、体中に焼けるような痛みが走った。


 か、体が燃えている。魔術を受けたのか?


 「気をつけろ、ランドフレイムがいるぞ。手の空いているものはこっちに回ってくれ」


 亀だ。間違いない、このバカでかい亀が火を噴いたのだ。オレは体を燃やされたまま、亀に向かって突進すると、剣で切りつけた。


 堅い。見たとおりだったが甲羅に阻まれてあまりダメージを与えれていない。堅い甲羅に攻撃するなんて、なんてオレは馬鹿なんだ。亀はさらに火を噴いた。


 「ぐあ」

 至近距離の火炎放射は結構効く。


 「大丈夫か?下がって手当てしてもらえ」


 兵士達が駆けつけて来てくれた。彼らに任せて一旦引くことにする。

 馬車の近くまで戻ると、アイテムボックスからポーションを取り出して口に含む。


 ん?


 今までと感覚が違う。何か全快していないみたいだ。ダメージを受けすぎたのだろうか。夢中だったからかな。


 「あら、薬をのんでしまったのね」

 声のしたほうを振り向くと、杖を持った女兵士がいた。この服装は、もしや僧侶か。

 「私はヒール専門よ。必要だったら声を掛けてね」

 思ったとおり。さすがは軍隊だ。衛生兵完備!


 「回復してくれるの?」

 「ええ」

 「じゃお願いできるかな。薬を使ったけど全快じゃ無いみたいなんだ」

 「オーケー」


 女兵士の杖から光が発せられ、柔らかくオレを包み込む。


 「あなた結構体力があるのねえ。一度で回復しないなんて、騎士並みだわ」

 「そうなの?」

 「ええ、私の魔力でも大体は一度のヒールで回復できるんだけどな」


 さっきポーションを飲んだときの違和感はコレだったのか。

 テスタ城周辺での戦いで強くなったのか、それとも魔力を込める練習なのか、理由は分からないが。


 ヒールにより全快したオレは、急いで前線に復帰した。さっき駆けつけてくれた兵士たちも、ランドフレイムには苦戦しているようだ。


 「なあ、こいつにはどうやって攻撃したらいいんだ?甲羅が堅くて全くダメージが通らねぇ」

 兵士に尋ねる。

 「そのまんまさ。甲羅じゃない部分に剣を差し込めばいい」

 「顔か?」

 「ああそうだ。だが顔から火炎の魔術が発せられるから、なかなか大変だ」


 皆、逃げながら切りつけるタイミングを計っているようだ。


 「よし、オレが行こう」

 ヒールで全快になったから、多少くらっても大丈夫なはずだ。



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