第四話
やばい。
サイクロプスのような一体の敵なら多少強くても爆魔石で何とかなりそうだが、数が多くバラけていると厳しい。使ったところで一〜二匹くらいしか倒すことはできないだろう。個別撃破するしかない。最初のラス君に襲われた時以来の死の恐怖を押さえ込み、パウンドドックに切りかかる。
恐怖で足がすくんだためか、攻撃が浅くなってしまい、一撃で倒すことができなかった。
その隙に、残りのパウンドドックから一斉に攻撃をくらってしまった。
「ぐあ」
もう何がなんだか分からん状態だ。しかし、かすかに働いていた状況分析の脳によるとダメージは随分少ないという分析結果が出てきた。思わぬ形で魔力の効果を実感することが出来たが、決してうれしくない。
パウンドドックの攻撃が大したことないと判明したため、冷静に動けるようになった。オレは更に何度か攻撃を受けたものの確実に相手の数を減らしていった。最後の一匹を仕留める頃には、さっきの逃げて来た男が大丈夫かどうかを確認するくらいの余裕ができていた。
男は力尽きているように見えた。が、死んではいないようだ。アイテムボックスから緑ポーションを取り出すと男の口に押し込む。
「助けていただいて本当にありがとうございます。ポーションまでいただいてしまい申し訳ないです」
いや、オレとしては魔物をなすりつけた事の方を謝ってほしかったが。とも言えず、まぁ気にするなと返しておいた。
「冒険者の方ですよね?いやあ、あれだけ一気にパウンドドックを仕留めるなんてすごいです」
強者を見る眼差しだ。
この世界に来てから、初めて自分より弱い人に出会ったかもしれない。
「どうして魔物に追われていたんだ?」
なんとなく、口調もエラそうになってしまう。
「弓を手に入れたので、マンイーターを狩ってみようとしてたんです。でも弓だとパウンドドックは倒しにくいので、逃げていたらどんどん数が増えてしまって」
あまりこの世界の常識はよく分からんが、それなりに足の速そうな魔物を相手にして逃げるって作戦は良くないような気がするぞ。
「マンイーターって花の形をした魔物だっけ」
「はい、ドロップが結構いいお金になるので、マンイーターを狩るのが目標だったんです。僕弱いんですけど、奴らは足が遅いので弓であれば倒せるかなあと思って。でも失敗でしたね」
そういいながら、男は地面に落ちていた肉のようなものを拾った。
「ん?それはオレが倒したパウンドドックのドロップじゃないのか」
男はびくっとして土下座した。
「すいません! てっきり要らないから放置したのかと。本当にごめんなさい」
「そんなに謝らんでも。ちなみにそれは、どれくらいの価値があるんだい?」
「はい、パウンドドックの肉は三十ゴールドで売れます。ウチは貧乏なので、こうやって腕の立つ冒険者様が倒して放置したドロップ品を回収して生活してるんです」
なるほど。そういえばテスタに来る途中に倒したラス君のパンやグリーンワームのドロップは誰も回収してなかったな。安いものは放置するのが普通のようだ。
「よし、そのドロップ品はキミにあげよう」
腕の立つ冒険者と言われて、更にエラそうに言ってしまった。
「本当ですか!ありがとうございます」
「その代わりに教えて欲しいんだが、マンイーターのドロップはどれくらい金になるんだい?」
「はい、奴は魔力の込められた粉をドロップするのですが、黄色い粉は黄ポーションの材料になるので千ゴールド、青い粉は青ポーションの材料になるので三千ゴールドで売れるんです」
確かに、よい金になりそうだ。
「でも百匹くらい倒さないとでませんが」
がくっ。
レアなドロップなのか。まあでも、試しに戦ってみるかな。マンイーターの居た場所を聞くと、嬉しそうに案内してくれた。きっと、またドロップをもらえると思っているのだろう。残念ながら、オレも貧乏だから粉が出てもあげないけどね。
「ほら、あそこに赤い花が咲いた木があるでしょ。あれがマンイーターです。奴は魔術を使うんで、僕は離れて見ていますね」
おーい、聞いてないぞ。
「魔術って、どんな?」
「水系統の魔法です。冷気の渦をぶつけてきます。まぁ、あなたなら楽勝です」
「…。誤解してるようだから言っておく。オレは数日前に始めて剣を持って戦いを始めた初心者だ。つい昨日まで、魔力の存在すら知らなかった。当然、魔術も初めてだな」
男は絶句している。
が、突然笑い出した。
「ははは、そんな訳ないじゃないですか。もう、ほんとに脅かさないでくださいよ」
信じちゃいねぇ。
まあ、この弱そうな男が弓を使うとはいえ、狩ろうとしていたくらいの魔物だ。死ぬことはないだろう。オレは魔力を入念に込めて近づいていった。
マンイーターがオレの姿をとらえた。
ような気がした。単なる花なのでよく分からん。さらに近づくと、マンイーターが魔力を込めたのが分かった。何かしてくるぞ!
蜃気楼のようなものが見えたかと思うと、体中に衝撃が走った。これが魔術なのか?致命傷にはならないが、魔力無しでラス君の攻撃を受けたくらいのダメージに匹敵する。もたもたしていられない。オレは突進すると剣で切りかかった。その間も、二発、三発と魔法が放たれる。
緑ポーションを使っている暇は無い。オレは体力が尽きる前に倒すべく、剣でメッタ切にした。
何とかマンイーターを仕留めて戻ると、男は興奮していた。
「すごいです。真正面からマンイーターを倒した人を初めてみました!いやあ、やっぱりすごい人だったんですね。テスタ城の兵士ですら、マンイーターの攻撃をまともに受けて平気な人はいないですよ」
全然平気ではないのだが。
聞くと、普通は魔術を回避しながら戦うそうだ。マンイーターが発するカマイタチのような魔術は、発する瞬間に動けば回避できるらしい。問題は、その瞬間を察知できるかどうかだが、多分問題ないだろう。
オレは緑ポーションで体力を回復すると、もう一匹マンイーターを狩ることにした。
魔術を発するタイミングはさっきも分かっていた。あとは方向だが、これも集中すればだいたい分かった。結局、マンイーターは楽勝だった。回避するってことをもっと早く教えて欲しかったな。
腹が減ってきたので、町に帰りながらパウンドドックを狩ろう。あの肉は食えるらしい。パンに挟んでハンバーガーにするのも良いかも。
「今日は帰るわ。とりあえず、ありがとうな」
「い、いえ、こちらこそ大変ありがとうございました!」
男と別れ、町に戻った。
美咲の調査再開だ。こういうのは粘り強くやるしかないな。写真を見せて回っていると、堅い身なりをした男に呼び止められた。
テスタ城の兵士だという。写真を見せると、城まで来て欲しいと言われた。
「もしかして、美咲は城に居るんですか?」
「それには答えられない。とにかく来てもらおう」
何か嫌な予感がする。気付くと、同じような服装をした兵士人達に囲まれてしまっていた。
トラブルを起こしたくないので大人しく付いて行くことにする。
テスタ城は、中世ヨーロッパの城そのまんまだった。
城門に続く橋を渡り、中に入ると、とある一室に連れて行かれた。
「ここで暫く待っていてくれ」
取調べ室のような感じがしなくもない。少なくとも、あまり友好的な扱いではないようだ。美咲の写真と関係があるのだろうか。
ほどなくして、鎧をまとった騎士のような人物が入ってきた。顔を見ると、女性である。
「騎士団長のアルティナだ。貴殿の名前は?」
女性の騎士団長か。こちらの常識が良くわからないが結構驚きだ。
オレはカズマと名乗り、何故連れてこられたのかを質問した。
「それに答える前に先にこちらから聞きたい。貴殿は絵の人物とどのような関係か?」
関係か。これは困った。どう話せばよいものやら。
「彼女とは何の関係もありません。ある人物に、彼女を探してくれと頼まれたただけで」
「その人物とは?」
「単なる婆さんです」
アルティナの表情が僅かに険しくなった。その婆さんが、どのような人物かを知りたいという質問だというのは百も承知している。
「今の状況が全く分からないのですが。美咲はここに居るのですか?」
「ミサキというのは、この女の名前なのか?」
「ええ、そうです」
「我々は、この女のことを『暗黒の魔女』と呼んでいる」
なんだか仰々しい呼び名が出てきた。
「暗黒の魔女?」
「そうだ。こいつは、今まさにテスタに押し寄せている魔物達のボスだ」
オレは暫くその言葉の意味を理解できず呆然としてしまった。
「いいか、まさに今は危機的な状況なのだ。この暗黒の魔女が率いる魔物達は日に日に数を増やしている。もはや、この城の兵士達だけでは防ぎ切ることができん。近隣の村々からも兵を調達しているが、おそらく全く足りぬであろう」
アルティナは剣を抜くとオレの首に突きつけた。
「言え。この女は一体何なのだ? その婆さんとやらは何者だ」
「な、何かの間違いだ。きっと人違いだ…」
オレはどうしていいか分からず、半ば放心状態になりながらつぶやいた。
「拘留しろ」
アルティナが命じた。
◆
気がつくと、牢のような中に入れられていた。騎士団長アルティナの言葉が衝撃的すぎて、その後の記憶があまりなかった。
美咲は実は、凶悪犯罪者だったのだろうか?
そして警察の手から逃れるため、異世界に逃げ込んだ?
しかし、それなら身内である婆さんから探して連れ戻して欲しいと依頼がくるはずもない。いや、身内だからこそ、自首させようとしたのか。
ダメだ。
いくら考えても答えなんか見つかるはずがない。
そもそも、暗黒の魔女が本当に美咲かどうか確定したわけではない。似ているだけという可能性だってあるじゃないか。
オレは牢番にアルティナを呼んでもらった。
「どうした。ようやく話す気になったのか」
「マニラの村にある、しらかばという宿のおかみさんに話を聞いて欲しいんだ。オレが探している美咲であれば、数年前に、テスタの兵士に助けられてここに連れてこられたはず。その暗黒の魔女とは別人のはずなんだ」
「残念だが、その数年前に連れてこられた女がまさしく暗黒の魔女なのだ」
アルティナは冷たく言い放った。