第二話
「そりゃあ、ドロップ品を売って金にしてるに決まってるじゃないか。あんた、本当に変な人だね」
翌朝、早速尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「パンとかを売るの?」
「ばかだね。パンなんて、ちーっとも金になりゃしないよ。もっと強い魔物が落とす高価なドロップを売るんだよ。食料だけじゃなくって薬の材料になったり、武器とか色々ね。そういえば、赤いドラゴンがたまーにレア肉をドロップするらしいんだけどさ、それがまた、おいしいらしいんだよ!柔らかくって口に入れたらとろけるんだとさ。はぁ。一度でいいから食べてみたいわねぇ。ああそうだ、あんた冒険者だろ。強くなっておばちゃんにご馳走しとくれよ!」
マシンガンのように話されてしまった。
しかし、そのちーっとも金にならんようなパンで泊めてくれたこの人は本当に良い人なんだな。
「で、これからどうするね?見たところ世間知らずのぼっちゃんが一文無しになって放り出されたって感じだけどさ」
上手いこと言う。
しかしオレも何の備えもなしに異世界に来た訳ではなかった。
「これを売ってお金にしようと思うんだけど、どうかな」
貴金属の類だ。向こうの世界では大した値打ちがない安物だが、この世界ではどうだろうか。
「あんたもしかして、本当に貴族だったのかい? 悪いけど、わたしら庶民はこんなもの見る機会もないからね、価値がよく分からないんだよ。まあとにかく、広場の近くの道具屋にでも見せてみたらどうだい?」
「うん、そうする。ありがとう」
オレは村の外で朝メシ(もちろんラス君のパン)を調達したあと、早速道具屋とやらに行ってみた。店は結構広くて、道具だけじゃなく、武器や防具も一緒に売られていた。何でも屋みたいだな。食料まで置いてある。保存食っぽいから、きっと冒険に行くための準備が一通りできる店なのだろう。
「うーん、これはウチでは買い取れないなぁ。確かに貴金属も取り扱っているんだが、こんなのは見たことがないぞ」
「…ダメか」
イミテーションのダイヤと、単なる金メッキの指輪だからなぁ。まぁ下手したら詐欺扱いされても不思議じゃないしな。あきらめるしかないか。しかしこれがダメとなると、いよいよ金策が難しくなってきた。
ラス君のお陰でメシは何とかなりそうだが、宿に泊まれないのがつらい。
「こっちの指輪は買い取れるぞ」
お、銀製の指輪は行けるそうだ。
「魔力は込められてない見たいだから、一個、三百ゴールドってとこだな」
交渉しようにも、相場は全くわからんし、とりあえず早く現金を手にしたかった。オレは十個あるうちの五個を売ることにした。ってか、魔力なんて込めれるのか。
「まいど」
道具屋の親父から、黄色いチョークのようなものを渡された。これがお金?しかも一本だけしかくれなかったぞ。これで千五百ゴールドなのだろうか。
「そっちのピカピカ光るやつは、テスタの城下町に持っていってみるといい。あそこなら、ここよりも人の行き来が多いから引き取ってくれる店があるかもしれん」
城下町という事は、城があるってことか。貴族があったり城があったり、どんな世界なんだろうなここは。テスタの城下町には馬車で丸一日くらいかかるらしい。とてもじゃないけど歩いては無理だろう。何日かに一度は商人の行き来があるらしいから、頼んで馬車に乗せてもらえばいいと教えてもらった。価格は交渉次第だそうだ。
色々と教えてもらっていると、何人かの村人たちが慌しく店に入ってきた。
「大変だ、シダ爺。ハーブの採取エリアがまた魔物に襲われている。すぐ応援に行ってくれないか」
シダ爺というのは道具屋の親父の名前らしいな。爺という年には見えないが。『少し白髪のおっさん』というくらい?
「なんだって? この前退治したばかりじゃないか」
「ああそうなんだ。てっきり、しばらくは大丈夫だと思って腕の立つ奴らは皆テスタ城の呼び出しに応じて送りだしちまった。ヤバイぞ」
「わかった。ワシも直ぐ店を閉めて行こう。すまんな兄さん、そんな訳で話はここまでだ」
シダ爺はそう言って店じまいにはいったが、ふとオレを見ていった。
「そうだ兄さん、あんた冒険者だろう。手伝ってくれないか。もちろんお礼はする」
なんと、とんでもない事を言い出した。
「おお、それはいい。戦える人が少なくて困った状況なんだ」
他の村人も乗っかる。
この村の人間ではない冒険者。ということは、どこか他所の土地から来た人間だ。しかも一人で旅をしている。であれば、当然、ある程度の魔物は簡単に倒す程の腕はあるはず、という図式なのだろう。みんなすっかり、貴重な戦力が増えたと思って舞い上がっていた。
オレはさんざん弱いアピールをしたが信じてもらえず半ば強制的に討伐隊に加わらされた。
非常にまずいことになった。
しかし、見たところ討伐対は十五人くらいいる。そして、この辺りの魔物はラス君だけのはずだ。であれば、何とかなるかなという気がしないでもない。
「ところで魔物は何匹くらいなんですか?」
目的のハーブ採取エリアに向かう馬車のなかでシダ爺に尋ねてみた。
「あんまり詳しくはわからないが前回は五十匹くらいだったな」
「ラス君が五十匹かぁ。まぁこの人数なら何とかなるかな」
独り言のようにつぶやいた言葉を聞いて、シダ爺が驚いたように言った。
「おいおい、ラス君な訳ないじゃないか。あんな奴ら百匹こようがこんなに慌てやせんよ。今回もたぶん、ゴブリン辺りだろうな」
何か聞いたことのあるような名前がでてきたが、それってラス君より強いんだろうな。大丈夫なんだろうか。シダ爺もオレを見て少し心配そうな顔をしていた。
ふ、オレが真の初心者ってことに今更気がついたか。
まぁいざとなったら、この男達に紛れて適当に戦う振りをするしかないな。女も何人か混ざっているので、情けない事このうえないが。
そんなけしからん事を考えをしていると、ハーブ採取エリアに到着した。
「やっぱりゴブリンか。ちくしょう、サイクロプスが居やがる」
村人達がざわめきたった。
「みんな落ち着くんだ。まずはゴブリンを全て始末しよう。サイクロプスは最後に全員で集中してやるんだ、いいな?」
シダ爺が声をあげた。道具屋の親父のくせして指揮する姿がさまになっている。もと腕利きの冒険者なのだろうか。
オレもとにかく村人にまじってゴブリンに向かっていった。たぶん向こうのほうに居てる三メートル以上ありそうなデカイ魔物がサイクロプスなんだろう。そしてうじゃうじゃ居てる小さい奴、といってもオレより少し小さいくらいだから百五十センチくらいはありそうな不細工な人型の魔物がゴブリンらしい。
ゴブリンは、ラス君より断然素早かった。ラス君相手に剣が空振りすることは皆無だったが、こいつにはなかなか攻撃があたらない。逆にゴブリンからの攻撃は避けずらく、オレは一匹も倒せないまま、リタイヤ直前だった。
まともな防具もつけてないから、一撃受けただけで体力の消耗が激しすぎる。
一つ分かったことがある。攻撃を受けても痛みはあるが一瞬だけで、感覚的には体力が奪われたという感じだ。ゴブリンの爪で引っ掛かれたら皮膚が破れて出血しても不思議ではないけれど、そういった変化は見られない。
しかし何度か攻撃を受けた結果、これ以上受けると命が危ない、という状況になった。何故かわからないが、なんとなくそう感じる。ここは、その感覚に従って戦線から離脱することにした。
「大丈夫?良かったらこれを使って。緑ポーションよ」
女の人から、なんだか緑色の小さなビー玉のようなものを何個か渡された。その女はすぐに戻っていってしまったので使い方を聞くことができなかったが、ポーションというからには飲むのだろう。これを飲んで再度戦えってことだな。試しに一粒飲んでみると、体の芯からパワーが生まれ、体力が回復した。味は旨くも無く、まずくも無く。
残念ながら体力が回復してしまったので行くしかない。見渡す限り今のところ、村人達は善戦しているようだ。腕の立つ人間が出払っていると言っていたが、まあ尋常なほどに強い魔物ではないのだろう。初心者のオレが何度か攻撃することも出来たくらいだしな。
オレは、再度ゴブリンに戦いを挑み、見事に返り討ちに会い、薬で回復を繰り返した。果たしてこれで役にたっているんだろうか。シダ爺は、とにかく人を集めれば魔物の攻撃がバラけるから初心者でもきてくれたら助かる、と言っていたが、これでは単に薬を消費するだけの足手まといのような。
そうこうしているうちに、何とゴブリンを全て退治できた。ちなみにオレは結局一匹も倒していない。
残るは一つ目の巨人、サイクロプスとかいう魔物だ。こいつが持っているでかい棒切れで殴られたら、一撃で逝ってしまいそうだ。当然オレは、一番遠い場所に陣取った。シダ爺指揮のもと、皆で巨人に向かっていく。
幸い巨人は一匹だけなので、皆で取り囲んで後ろの人間が攻撃し、前の人間はひたすら回避に徹するという作戦だ。何度か攻撃を当てることに成功したが、やはり全ての攻撃を回避するのは困難だったようだ。村人の一人が重い攻撃を受けてしまった。一撃で戦線離脱というやつだ。すぐさま三〜四人で抱きかかえてその場を離れる。
見るとそれなりに防具も付けていて丈夫そうな人だったが、一撃であのざまだ。他の人にあたったら、もしかしたら死んでしまうのではなかろうか。オレは迷っている場合ではないと判断し、アイテムボックスから拳くらいの大きさの黒い球体を取り出した。
昨日出会った旅のおっちゃんがくれた秘密兵器だ。魔物に投げつけると大爆発をおこし、並みの魔物なら瞬殺できるらしい。仮に生き残っても運動機能がしばらくマヒするため、その間に逃げるなり攻撃するなりができる。
オレはシダ爺のところへ行き、それを手渡した。
「これを使ってくれ」
「兄さん、これは爆魔石じゃないか。こんな高価なもの使っていいのか?」
「ああ、そんな事言っている場合じゃなさそうなんで。もともと貰い物だし」
シダ爺は、すまないと言うと早速行動に移った。
「みんな、一旦離れるんだ。これから爆魔石を使う!」
村人達が巨人から距離をとったのを見計らい、シダ爺が爆魔石を投げつける。見事にヒットした石が大爆発を起こした。いわゆる爆弾による爆発とは違い、破裂した際の衝撃波だけのような感じだった。
巨人は一旦膝を付いたあと、前のめりに倒れ込んだ。それを見て村人達が一斉に飛び掛る。動かない魔物なら何の問題もない。オレも威勢よく飛び出して剣でメッタ打ちにした。やがてサイクロプスは力尽きたらしく、大地に溶け込むように消えていった。残念ながらドロップは出なかった。
村に戻ったオレは、村長からお礼として五千ゴールドを貰った。村長によると爆魔石は希少品でほとんど売りものとして店にでることが無く、相場としては約三万ゴールドらしい。さすがに三万ゴールドは払えなくて大変申し訳ないとお詫びされたが、オレが勝手に使ったんだから気にしていないと言ってお礼を受け取った。
五千ゴールドは、やはり黄色いチョークのようなものだった。千五百ゴールドよりは長かった。二つをあわせると、何とくっ付いて一本になってしまった。もしかして、使うときは必要分だけ千切るんだろうか。あとで試してみよう。
ちょうど良い機会なので村長や村人達に美咲の写真をみてもらった。この世界では写真というものが存在していないらしく、非常に精密な絵だなと関心はされたものの誰も見たことがないとのことだった。
いやはや、とりあえず足手まといで終わらずに済んでよかった。
しかも、爆魔石はあと二つ残っている。昨日の旅のおっちゃん、名前すら忘れてしまったがエラく気前の良い人だったんだな。これを売れば六万ゴールドかあ。売っちゃおうかな。いやいや、いつ何時、強い魔物に出くわすかわからない。これは保険として持っておくべきだ。
早速情報集めも兼ねて、村の北側の駐車場に行った。
イミテーション貴金属を売ってさらにお金をゲットするため、テスタの城下町に行かないといけない。旅の商人が村に来ていれば、おそらくこの駐車場に停めているはずとのことだった。しかし残念ながら駐車場には一台も馬車がいなかった。待つしかなさそうだ。幸い、五千ゴールド手に入ったので一ヶ月くらいは宿に泊まれるしな。
一応、周りに居る人たちにも写真を見せてみるが成果はなかった。彼女がオレと同じ場所に転送されたなら、この村に寄る可能性は高いはずなんだがな。たどり着く前にラス君にやられてしまった可能性も捨てきれない。オレも剣がなかったらたどり着けなかったと思うし。
金が尽きない限り、時間はたっぷりある。婆さんには悪いがあせらずじっくり探そう。ペンダントを取りだすと、状況を報告するため念じた。
……。
反応がない。
そうなのだ。昨日の夜から気にはなっていたのだが、婆さんと連絡が取れなくなっている。最初は寝てるかトイレにでも行ってるかだろうと思っていたが、これだけ反応がないということは、通じていないと考えるべきだろう。
転送された事が分かった時点で覚悟はしていたことだ。
そう、元の世界には戻れないかもしれない、ということを。てか、もともと死ぬつもりだったので戻る必要もないわけだが。
念のため、明日、最初にいたセーフゾーンに戻ってみることにしよう。もしかしたら転送された場所でしか連絡が取れないのかもしれない。
日も暮れてきたので『しらかば』に戻った。
「どうも〜、おかみさん。戻ってきました」
「あら、カズマじゃないの。おかえり。あんた、今日は巨人相手に大活躍だったらしいじゃないか。おばちゃん見直したよ」
ものすごい情報伝達の早さだな。ちょっと何かが誇張されているけど。
「で、今日も泊まってってくれるのかい?」
明日は例の森にいったあと駐車場に行き、運がよければそのままテスタにいけるかもしれないので、とりあえずまた一泊だけにしておいた。三十ゴールドで夕食も付けれるとのことなのでお願いした。金もあることだし。この世界の食事は、基本的には魔物のドロップから作っているらしい。見た目は決して良い物ではなかった。というか、悪かった。味はそんなに悪くはないけど、明日からはまた、パンでいいや。毎日同じ味なのも退屈なので、食事はたまに買って食べるくらいでよいかな。
そういえば、おかみさんに写真を見せてなかったのでダメもとで見せてみる。
「憶えてるよ、この子は。随分前だったけど、テスタ城の兵士さん達と一緒に泊まってくれてね」
意外にも反応ありだ。
「街の外で倒れてたのを保護したので城に連れて行くとかいってたような。詳しくは忘れちまったけどね。そういえば、少しあんたに似てるねぇ。もしかして兄妹かい?」
「そういう訳じゃないんだけど…。生きてたんだ」
「ああ、それっきり見たことはないけどさ、テスタの城なら安心だね」
もしかして、すんなり見つかるんじゃないだろうか。そんな期待が少し出てきた。