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少し不思議系短編

赤い糸

作者: 楠瑞稀

 ひとりの男がいる。

 この男、一人前に屋根よりも峰よりも高い自尊心を持ち合わせている。

 結婚はせず、長らく気ままな一人身暮らしを続けていたが、壮年を向かえそろそろ妻を持ちたいと思うようになった。

 しかし、なかなかこれと思う女性に出会えない。ようやくどうかと思う相手を見つけても、やがて想像と違うことに気付いて別れてしまうことがほとんどだ。さもなければ女性の方から愛想を尽かされるか。

 それもそのはず。男は自尊心も高かったが、それ以上に女性に対する理想が人並みはずれて高かった。

 顔も性格も能力も家柄も、条件を事細かに定め、そこにわずかでも満たない女性には見向きもしなかった。

 いや、彼としては自分に釣り合う女性を探しているだけとのことだったが、自己評価と現実が釣り合わないのはよくあること。結果として彼の理想は高望みも甚だしかった。

 そんなわけだから、知人に頼んでお見合いをしてみても駄目。結婚相談所に依頼して女性を紹介してもらっても駄目。とうとう神社仏閣に足を運び、縁結びの神様に頼ってみても駄目だった。

 男は途方にくれてしまった。これはどうしたものかと思い悩んだ。

 せめてなにかしらの点で妥協をすればまだ望みはありそうなものの、男はそれを良しとはしなかった。どこかに自分の理想にぴったり当て嵌まる運命の女性がいるはずだと、それを信じて疑わなかった。

 ある日、男はふと見下ろした自分の右手に、赤い糸が絡まっていることに気付いた。小指の付け根から伸びた糸は、そのままどこか遠くのところまで続いている。

 男は不思議に思ったが、はたと「これこそが噂に聞く運命の赤い糸に違いない」と気がついた。そしてこの糸を辿っていけば、その先には自分の理想そのものの女性がいるに違いないと思い到った。

 喜び勇んでその糸を辿っていこうと思った男だが、再びふと見下ろした左手の小指にも同じように糸が絡まっていることに気がついた。しかもそちらの糸は、右手の糸とはまったく違う方向へ伸びている。

 男は驚いた。

 そして、自分はどちらの糸を辿るべきなのだろうか、とひどく困惑した。

 果たしてどちらが本物の赤い糸なのだろうか。糸はどちらも同じように見える。伸びる方向を異にしているが、何処に伸びているのか分からないのは双方同じ。

 男は悩んだ。悩み喘いだ。

 まるで片方の糸は地獄に、もう片方の糸は極楽に続いているかのような悩み様だった。

 悩みに悩んだ男はある日とうとう、左手の赤い糸を選ぶことを決めた。何の根拠もない、困りきった末のただの当てずっぽうだ。

 男は左手の赤い糸を辿り始めた。右手の赤い糸にも未練があったが、ただひたすらに左手の赤い糸の先を追い続けた。

 しかし、どれだけ辿っても糸の先には追いつけない。追いかければ追いかけるほど、相手が遠くに行ってしまっているようにさえ感じた。何日も何年も追い続けた男は、とうとうくたびれ果てて座り込んでしまった。そしてふと良案を思いついた。

 男は機械仕掛けの糸巻き装置を用意した。糸をそれに掛け、糸の先を自動的に手繰り寄せることにしたのだ。

 あとはただ待ちさえすれば、相手のほうからやってくるに違いない。男はそう考え待ち続けることにした。

 しかし、そうした予想とは裏腹に、どれだけ待っても相手が現われることはない。そしてついに、男は待ち飽きてしまった。

 自分にこれだけ手間を掛けさせ、待たせ続け、それでも現れないとはなんて奴だ。そんな相手はこちらのほうから願い下げだ。

 男は見たことも会ったこともない、左手の糸の先にいるはずの相手を憎らしく思うようにさえなっていた。

 そんな時、ふいに男は右手の小指が引っ張られる感覚を覚えた。だれかが右手の赤い糸を引っ張っているのだ。

 ああ、なんだ。男は気付いた。

 自分の本当の運命の相手は、右手の小指の先にいたのか。男はあっさりと左手の赤い糸に見切りをつけた。小指の付け根で赤い糸を引きちぎり、そして動き続ける糸巻き機械はそのままに、右手の赤い糸の先を追っていった。

 男は赤い糸を辿り続けた。途中、自分の理想にいくつか当てはまる女性と知り合う機会もあったが、自分の辿る先には理想そのものの女性がいるはずなのだと、相手にはしなかった。それを勿体無いとすら、思いもしなかった。

 いったい何年追い続けただろう。

 すでに老年の域に足を踏み入れていた男は、ついに古びた機械の元にたどり着いた。

 自分の小指の糸の先はその機械に繋がり、巻き取られている。

 男は、運命の相手は自分に待ちくたびれて、機械を置いてどこかにいってしまったのかと思い青ざめたが、そうではなかった。

 男はその機械に見覚えがあった。それはいつかの日に男が用意した、糸巻き装置だったのだ。

 男はがっくりと肩を落とした。

 自分はいもしない相手を求めて、どれだけ多くの時間を無駄にしてしまったのかと、頭を掻き毟りたいような思いにかられた。

 うつむき視線を落とした男はその時、自分の両足にわずかに引っ張られるような感覚を覚えた。見れば、男の右足首には赤い糸が絡まりどこかに伸び、そして左足にも同様に糸が絡まり、左右別々の方向に引っ張られているのだった。

 





【終】

この作品は、「覆面作家企画5」提出作品であり、作者のサイト「飛空図書館」で掲載されているものと同一の作品です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです 一体男はこの後どうするんでしょう? ……自分なら諦めちゃいそうですけどねw
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