第8話 ディーンの意思
私たちは日も暮れかけた頃になって、ようやくギルド前へ辿り着くことができたのだが。
「なんか……凄く混んでいるわね」
「皆さん~ここで足止めされていますからね~仕方ないです~」
狭い屋内には術士たちが、すし詰め状態だった。しかも建物の周りにも人が溢れている。
ただの「足止め」ではない。そのような理由だけで特定の村へ大勢の者が、押し掛けてくるわけはないのだ。
これらの大半は恐らく、討伐隊参加希望者だろう。この付近に魔物が大量発生しているということや、今日正式にギルドから発表があるという噂などを聞き付けて、事前に乗り込んできたとも考えられる。
討伐隊に参加するということは、特に傭兵を生業にしている旅人にとっては、路銀を稼ぐ一番の方法でもあるのだ。
「これでは温泉にも~ゆっくり浸かることができませんね~。物凄く~楽しみにしていたのですが~」
「あんた、入る気でいたのね」
「勿論です~。折角他所で~この村の温泉マップを手に入れたというのに~非常に残念です~」
エドは眉を顰めながら、青いマントの中から一枚の紙切れを取り出して見せた。
「そんなもの、いつのまに!?」
「この村を通るのなら~当然のことです~。エリスさんは違うのですか~?」
「……否定はしないけど」
ここの温泉は疲労回復や神経痛、筋肉・関節痛、打ち身などにも効くらしいと、何処かで聞いたことがある。
「でもそうなると、宿屋の確保も無理そうね」
「街中で野宿ですか~」
「うーん、どうかな。もしかしたら野営場所を、ギルドが提供してくれるかもしれないわよ。これだけ村中に術士が溢れていたら、村民も迷惑だろうしね」
その辺りのことは多分、なんとかなるだろう。今はそれより、ディーンたちを探すのが先決である。
「これだけ人が多いと、探しようがないわね」
「中へ無理矢理~突っ込んで行きますか~?」
「いや、それは止めておくわ」
私は即座にその提案を棄却した。この人混みの中でまた、酔いたくはない。
「取り敢えず、この建物の周りでも一周してみる? もしかしたら中には入っていなくて、外に出ているかもしれないし」
エドが私の提案に軽く賛成すると、私たちは建物の裏手へと回ってみた。
流石に裏の方は正面よりも薄暗かった。日が落ち始めているので、点灯係の精霊術士が疎らにある街灯へ、明かりを灯しに来ていた。
正面よりは人数が減っているようだが、それでも人影は途切れることがなかった。
私たちが辺りを見回しながら丁度角を曲がった時。
「えー? 水の社から来たんですかー?」
「はっはっはっ、そうとも。なんと俺は、水の精霊ウンディーネの加護を受けた英雄なのだ!」
「まぁ、すっごぉーい!!」
「超イケてるぅー」
「英雄だなんて、メチャメチャカッコ良すぎですぅ」
私と同年代くらいの女の子たち十人程が何かを取り囲み、賑やかな声で騒いでいる。私はそっと建物の陰に隠れた。
「エリスさん~アレックスさんがいましたよ~。でも何で僕たち~こんな所で隠れて見ているのですか~?」
「いや、なんだか急に他人のフリをしたくなっちゃって……」
私はモゴモゴと口の中で答えた。
あのような集団は昔から苦手なのだ。それに何となくではあるが、アレックスとパーティを組んでいると思われたくはないような気もした。
「エリス、エド、こんな所で何をしているんだい?」
聞き慣れた声で振り向けば、背後の暗がりから人影がヌッと出てきた。あまりにもそこに溶け込んでいたために、一瞬で心臓が飛び出しそうになった。それが事前にディーンだと分かっていても、突然その格好で現れたら誰だって吃驚してしまう。
「あ……えーっと、アレックスを見つけたんだけど」
「おや、女の子たちに囲まれているのか。仕様のない奴だ。人目につかないところへ隠れていろと、言っておいたはずなんだがな」
「ディーンさんは~今まで何処へ~行っていたのですか~?」
「ああ、ちょっとギルドに用事があったからね」
彼はそう言いながらスタスタと、アレックスたちのほうへ近付いていく。
「アレックス」
その声で一斉に振り向いた少女たちはディーンの姿を目にした途端、悲鳴を上げながら脱兎の如く逃げていった。
「ははは…あのコたち、面白いように駆けていくな」
彼女たちの後ろ姿を見ながら彼は不気味な笑み――というか、愉快そうに笑った。
「君たち、遅かったではないか。また迷子になったのかと思っていたぞ」
「その点はご安心を~。地図を持っていますし~それにエリスさんともはぐれないように~アレックスさんの仰った通り~しっかりと手を繋いでいましたから~」
「うむ。どうやら俺の発想が、功を奏したようだな」
アレックスは顎に手を置いて、ウンウンと満足そうに一人で頷いている。
そんな彼に向かって、ディーンは少し強い口調で咎めるように言った。
「とにかくアレックス、隠れていないと駄目だろ」
「む、何故俺がコソコソと隠れねばならんのだ。胸を張り威厳を保つことこそが、皆から尊敬され愛されるべき真の英雄たるものの姿であり、努めではないのか」
逆に反論するアレックス。続けて何かを言いかけた様子だったのだが。
「分かった、分かったよ。どうやらお前に言い聞かせようとした俺が、馬鹿だったようだな」
ディーンは降参したかのように肩を竦めると、溜息とともに両手を胸の辺りまで挙げた。それに対して「分かれば良い」とあっさり納得したアレックスは、それ以上何も言わなかった。
やはりこういう場面ではこちら側から折れ、即座に話の幕を下ろすのが効果的なようだ。また一つ、勉強になったような気がする。
「ところで~ディーンさんはギルドに~一体何の用事があったのですか~?」
「そのことなんだが、俺はこの村では君たちと別行動をとることにしたよ」